腹に強い衝撃を受け、エリは目を覚ました。眠った気がしない。外はまだ真っ暗だ。
エリのベッドを降りながら、アリスが言った。
「出発だって。皆もう、着替えてるわよ」
「もっと優しく起こしてくれても……」
「何度も揺すったわよ。皆で大声出したり。でもエリってば、全然起きないんだもの」
「凄い勢いで乗っかったけど、エリ、大丈夫?」
ジニーは気遣うような言葉を掛けつつも、苦笑していた。エリは肩を竦めて平気だと言う事を示す。
アリスとジニーは、連れ立ってテントを出て行った。ハーマイオニーも、既に外へ出てしまったようだ。
着替えを終えて荷物を詰め込んでいると、サラがこちらへとやって来た。きょとんと振り返るエリに、サラは頭を下げた。
「……ごめんなさい、昨日は。謝って許されるような事じゃないけれど……」
「昨日? えーと……」
「私、本気で貴女に攻撃したわ」
エリの手や顔には、火傷の痕が残っていた。
「ああ……」
「私、貴女を殺してしまうところだった……。もう、失いたくなんてないのに……」
サラは俯く。両の拳は、固く握り締められていた。
エリはすっくと立ち上がり、サラの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。サラは不快気に手を払い、睨み上げる。
エリはニッと笑った。
「バーカ。あたしが、そんな簡単にくたばるかよ」
「……そうね。貴女、ゴキブリ並みに粘り強いものね」
「なっ。てめえ、珍しく素直だと思ったのに――」
サラは背を向け、テントの出入り口へ向かう。
「まあ、もうこんな無茶はしない事ね。……そう言っても、貴女の事だからまた邪魔しようとするんでしょうけど」
言って、サラはテントを出て行った。
誰もいなくなったテントで、エリは立ち尽くしていた。
「もうこんな無茶はするな、か……」
――そりゃこっちの台詞だよ、バカ。
No.6
隠れ穴へと帰ったサラ達一行へ、ウィーズリー夫人は真っ直ぐに駆け寄って来た。
「ああ! 良かった。本当に良かった!!」
ウィーズリー夫人はスリッパのままだった。手には、「日刊預言者新聞」を握り締めている。彼女が夫に抱きついた拍子に新聞が落ち、一面に闇の印の写真が写っているのを見て取る事が出来た。
新聞記事は魔法省を散々叩いているらしく、くつろぐ間も無くウィーズリー氏はパーシーと共に魔法省へと向かった。
「ウィーズリーおばさん」
唐突に、ハリーが切り出した。
「ヘドウィグが僕宛の手紙を持って来ませんでしたか?」
サラはきょとんとハリーを見る。ウィーズリー夫人も、何の話だかよく分からない様子だった。
「いいえ……来ていませんよ。郵便は全く」
「そうですか。それじゃ、ロン、君の部屋に荷物を置きに行ってもいいかな?」
ハリーはロンだけでなく、サラとハーマイオニーにも意味ありげに目配せした。
「ウン……僕も行くよ。ハーマイオニー、サラ、君達は?」
「ええ」
サラも無言で頷き、立ち上がる。
ふっと思い出したようにアリスが声を上げた。
「手紙って言えば、お母さんとお父さんに無事を知らせた方がいいかしら。エリ、一緒に書きましょう。サラ、何かついでに伝言ある?」「あると思うの?」
アリスは苦笑する。サラ達が出て行く背後で、アリス達の話す声が聞こえた。
サラ達四人は階段を上り、ロンの部屋へ向かう。扉を閉めた途端、ロンが意気込んで尋ねた。
「ハリー、どうしたんだ?」
「君達にまだ話してない事があるんだ。土曜日の朝の事だけど、僕、また傷が痛んで目が覚めたんだ」
サラは息を呑んだ。
ハリーの傷痕が痛む時は、決まっていた。傷痕を付けた張本人、ヴォルデモートが近くにいる時だ。
でもまさか、プリベット通りにヴォルデモートがいたのだろうか? たまたま通りかかったとでも? 一年生の頃、ヴォルデモートはクィレルに寄生していた。今回もまたそうやって街中に紛れ込んでいる可能性も――
ハーマイオニーは本の名前を矢継ぎ早に上げていた。ダンブルドアに話しに行く事、ポンフリーに診せるべきではないか、あらゆる名前を挙げて意見を述べる。
ロンは当惑した表情だった。言葉に閊えながら、考えを口にする。
「だって――そこにはいなかったんだろ? 『例のあの人』は? ほら――前に傷が痛んだ時、『あの人』はホグワーツにいたんだ。そうだろ?」
「その時と同じだって事は? ほら、その時に奴が他人に寄生出来るって事は証明済みじゃない――」
「また寄生して、ハリーの近所に潜んでるって言うの!?」
ハーマイオニーは悲鳴とも似つかない声で叫んだ。ロンは真っ青だ。
「あいつは、プリベット通りにはいなかった」
ハリーはきっぱりと言った。
「どうして断言出来るの?」
「あいつの夢を見たんだ……あいつとピーターの――ほら、ワームテールだよ。もう全部は思い出せないけど、あいつら、企んでたんだ。仲間に引き込むとか、殺すとか……誰かを」
サラは無表情でハリーをじっと見つめていた。ハリーの言葉は、明らかに何かを伏せていた。
サラと目が合い、ハリーは視線を逸らした。
「たかが夢だろ」
ロンが、その場の空気をぶち破ろうと、努めて明るい声で言った。
「ただの悪い夢さ」
「うん。だけど、本当にそうなのかな? 何だか変だと思わないか……僕の傷が痛んだ。その三日後に『死喰人』の行進。そして、ヴォルデモートの印がまた空に上がった」
ヴォルデモートの名前に、ロンが反応し言うなと拒否する。しかしハリーは構わなかった。
「それに、トレローニー先生が言った事、覚えてるだろ? 去年の暮れだったよね?」
「まあ、ハリー、あんなインチキさんの言う事を真に受けてるんじゃないでしょうね?」
「君はあの場にいなかったから。先生の声を聞いちゃいないんだ。あの時だけはいつもと違ってた。言ったよね、催眠状態だったって――本物の。『闇の帝王』は再び立ち上がるであろうって、そう言ったんだ……『以前より更に偉大に、より恐ろしく』……召使があいつの下に戻るから、その手を借りて立ち上がるって……その夜にワームテールが逃げ去ったんだ」
サラも、他の二人も、何も言葉を返さなかった。
サラは、同じ日に自分が水晶玉に見たものを思い出していた。墓場に蘇る人影。ヴォルデモートに寝返るサラ自身。そして、ハリー達との離反。
「……ねえ、夢で見た会話って……本当に、誰の話か分からなかった?」
ハリーはぎょっとした表情で口を真一文字に結んでいた。ロンはきょとんとサラを振り返り、ハーマイオニーはサラとハリーとを見比べ察しがついたようだった。
「本当は聞いたのね? サラ、誰だか心当たりがあるの?」
「さあ……でも、スネイプとか怪しいんじゃない? スパイだったとか、ダンブルドアが信用しているとか言うけれど、果たして本当かしら」
「サラ。今はそんな感情論の話をしているんじゃないわ」
ハーマイオニーは呆れたように言って、ハリーへと視線を戻した。ハリーはまだ、サラを見つめていた。
……それではやはり、出てきたのはサラの名前だったのか。殺す標的は、恐らくハリーと言ったところだろう。
水晶玉で見た事が、徐々に近付いて来ている。
ハーマイオニーはハリーに尋ねた。
「ハリー、どうしてヘドウィグが来たかって聞いたの?」
「傷痕の事、シリウスに知らせたのさ。返事を待ってるんだ」
「そりゃ、いいや!」
ロンの顔がぱあっと明るくなった。
「シリウスなら、どうしたらいいかきっと知ってると思うよ!」
ロンの絶賛が、サラは何だかこそばゆい気分だった。シリウスは、サラの父親だ。
「早く返事をくれればいいなって思ったんだ」
「でも、シリウスが何処にいるか、私達知らないでしょ……アフリカか何処かにいるんじゃないかしら?」
言ってから、ハーマイオニーは問うようにサラを見た。サラは「知らない」と肩を竦める。
何処にいるにせよ、遠い事は確かだ。ヘドウィグが二、三日で戻って来る筈が無い。
不意に、ロンが立ち上がった。
「さあ、ハリー、果樹園でクィディッチして遊ぼうよ。三対三で、ビルとチャーリー、フレッドとジョージの組だ。君はウロンスキー・フェイントを試せるよ……」
「ロン、ハリーは今、クィディッチをする気分じゃないわ。心配だし、疲れてるし……皆も眠らなくちゃ……」
「ううん、僕、クィディッチしたい」
「ねえ、私もいい?」
サラも割って入った。
「エリも誘えば、四対四になるわ」
「もちろん!」
「サラまで!」
ロンとハーマイオニーの声が重なる。
ハリーも立ち上がった。
「待ってて。ファイアボルトを取って来る」
「私も、ニンバスを取って来なくちゃ。エリにも声をかけて来るわ」
サラと一緒に、ハーマイオニーも部屋を出た。ハーマイオニーとは反対に階段を降りようとすると、背後から声が掛かった。
「サラ、あの――」
「何? ハーマイオニーも一緒にやる?」
サラは目を輝かせて振り返る。
ハーマイオニーは黙り込み、そして安堵したような笑みを浮かべた。サラはきょとんとして目を瞬く。
「何でも無いわ……。皆疲れてるんだから、無理しちゃ駄目よ」
「ええ」
サラはにっこり笑って頷くと、階段を降りて行った。
それから一週間、ウィーズリー氏とパーシーは殆ど家にいなかった。魔法省は事後処理で忙しく、週末にも仕事が入るのはヴォルデモートの最盛期以来だとウィーズリー夫人は言った。
一方で、ハーマイオニーは屋敷僕妖精の扱いについてどんどん熱を上げているようだった。クラウチの話が出る度にウィンキーの話を蒸し返し、パーシーと議論になる事が常だった。サラにも屋敷僕妖精がいると知ったら、ハーマイオニーは一体どんな反応をするのだろう。ふとクリーチャーが普段どうしているのか気になったが、ハーマイオニーのいる傍で呼び出そうとは思えなかった。
新学期の朝、外は強い雨が降り頻り、休暇の終わりと言う憂鬱が満ちていた。ウィーズリー氏はマッド−アイ・ムーディなる人物が騒動を起こしたとかで、処理の為に急遽仕事へ向かった。パーシーも見送りには来ず、魔法省へと仕事に行った。
キングズ・クロス駅へ行くのに、ウィーズリー夫人はマグルのタクシーを呼んだ。三台のタクシーにサラ達はぎゅうぎゅう詰めに乗り、興奮したクルックシャンクスやリアにあちこち引っ掻かれながら向かった。荷物を積み込む際、フレッドの荷物にあった花火が、炸裂したのだ。
九と四分の三番線への障壁は、サラ、ハリー、ロン、ハーマイオニーの四人が最初に通って行った。
「サラは、今年もマルフォイと?」
「ええ、そのつもり」
ハーマイオニーの問いかけに、サラは頷く。三人は、一端荷物をコンパートメントへ置きに行った。
ホームには既に紅色の蒸気機関車が停まっていた。白い煙の向こうに、大勢の生徒達がひしめいている。喧騒の中から聞えて来るふくろうの鳴き声、既に着替えた生徒の服装。それらを見ると、「戻って来た」という感覚がしみじみと沸いて来る。
人ごみを眺めていたサラは、一点に目を留めた。ドラコが両親と一緒にいた。ビンセントとグレゴリーも一緒だ。
「あ、ドラ――」
かけようとした言葉は、途中で途切れた。
声は喉の奥に貼り付き、周囲から音が消える。どくんと脈打つ自分の鼓動の音が、やけに大きく聞こえた。
……駄目だ。
近づいてはいけない。
近づけない。
気付いてはいけない――
サラはふいっと顔を背けると、黙って汽車に乗り込んだ。足早に手近なコンパートメントに入り、荷物も纏めず座席にすとんと座る。
鼓動が速い。
この緊張は一体何か。緊張。恐怖。一体自分は、何に怯えているのか。
ふっと緑色の光が脳裏に浮かんだ。漆黒の空に浮かぶ闇の印。炎に包まれたキャンプ場。行進する仮面の男達。打ち寄せる波の音。長い杖を持った、冷たい仮面の死喰人。
『あいつ、父親があの狂った仮面の群れの中にいるって認めたも同然の言い方をしたんだ! それに、マルフォイ一家が『例のあの人』の腹心だったって、僕達皆が知ってる!』
思い起こされたのは、クィディッチ・ワールドカップの夜のロンの言葉。
サラは、頭を振ってそれを追い払う。
――私は、何を考えようとしているの。
ドラコの父親は、死喰人だったのだろうか。その疑いがあるから、声をかけられなかった。きっとそうだ。
けれど、それとドラコは関係無い。
サラが憎むべき死喰人はただ一人。祖母を殺したあの男――
――どうして、男と分かった?
サラは、瞬時に血の気が引くのを感じた。
何故、男だと分かった。相手の顔は見えないのに。キャンプ場で、奴は一言も発しなかったのに。
――駄目だ。考えてはいけない。
思考が、それをセーブする。気付いてはいけない。そう、囁き続ける。
きっと、七年前の声を覚えていたのだ。きっとそうだ。
あの時、サラは魔力の気配を探らなかった。それでも、七年前の人物と同一だと分かった。探らずとも、本能が反応したのだ。性別も、きっと同じ事。
……何故?
また新たな疑問が浮上した。何故、魔力の気配を探らなかったのか。探っていれば、次に会った時に特定する事が出来たろうに。仮面を被った姿でなく、素性を調べる事が出来たろうに。元死喰人だった者達に会う当てはあるのだ。ドラコに頼んで、またパーティーに呼んで貰うなり何なりすれば良いのだから。一年生の頃は七年前に会ったきりで分からなかったが、会ったばかりの今ならば確実に一致させる事が出来たろうに。
――考えては駄目。
サラの脳の奥で警鐘が鳴り響く。これ以上考えてはいけない。気付いてはいけない。
鼓動の速度はいや増し、息が苦しいほどだった。握り締めた手は、じんわりと汗を掻いている。
気付いてはいけない。これ以上考えたら――
「あれ? サラ?」
驚いたような声に、サラは顔を上げた。開け放された扉から、ロンが顔を覗かせていた。ロンの声を聞いたのか、彼の肩の向こうからハリーとハーマイオニーがひょこひょこと覗き込む。
「一人かい? マルフォイ達と一緒じゃなかったのか?」
汽車は既に動いていた。ウィーズリー夫人達との別れを済ませて来たところだろう。
サラは、精一杯笑おうとした。
「そのつもりだったんだけど……急に具合が悪くなって」
「本当だ。青い顔してるよ。大丈夫?」
三人ともコンパートメントに入って来て、ハリーがサラの顔を覗き込んだ。
ハーマイオニーが、ハリーとロンに話し掛ける。
「一人なようなら、私達もこっちに――」
「大丈夫よ。私が動くわ。その方が早いでしょう?」
サラは足の横のトランクを握り、膝の上に置いた大鍋とエフィーの籠を抱えて立ち上がった。そのまま、きびきびとコンパートメントを出て行く。
心配そうにしながらも、三人は後に続いて出てきた。
「どのコンパートメント?」
そう尋ねた時には、鼓動は落ち着いていた。顔色も大分戻っているだろうと、自分でも分かった。三人も、目に見えてホッとしたのが分かった。
「こっちだよ」
ロンが先導して、進行方向へと歩いて行く。ハリーは手を差し伸べ、大鍋と鳥籠を持ってくれた。
次の車両で、ロンは立ち止まった。ここだ、とコンパートメントの扉を開く。
トランクを運び込み、聞こえて来た声にサラは硬直した。
「――父上は本当は、僕をホグワーツでなく、ほら、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ」
ドラコの声だ。
ドラコは例によって、ダンブルドアを批判し父親から聞いた話を誇らしげに話していた。ハーマイオニーがコンパートメントの扉を閉め、ドラコの声をシャットアウトした。
「それじゃ、あいつ、ダームストラングが自分に合っていただろうって思ってる訳ね?」
「本当にそっちに行ってくれてたら良かったのに。そしたら、もうあいつの事我慢しなくて済むのに」
サラは、無表情で荷物を網棚に上げる。ロンやハーマイオニーのドラコに対する刺々しさに腹を立てた訳ではない。彼らが犬猿の仲なのはもうお馴染みの事で、サラも諦めがついている。
ただ、ドラコの声が胸の内で反芻されていた。
『父上は本当は、僕をホグワーツでなく、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ――』
『父上がダンブルドアをどう評価しているか――』
『父上がおっしゃるには、ダームストラングじゃ『闇の魔術』に関して、ホグワーツよりずっと気の利いたやり方をしている――』
ハリーが、誰にとも無く尋ねた。
「ダームストラングって、やっぱり魔法学校なの?」
「そう。しかも、酷く評判が悪いの」
答えたのは、ハーマイオニーだった。『ヨーロッパにおける魔法教育の一考察』の内容を持ち出し、ハリーに説明する。
三人がダームストラングや魔法学校の隠し方について話している横で、サラは閉じられた扉にそっと目を向けた。もう、妙な動悸は起こらなかった。あれは一体、何だったのだろう?
扉を見つめているのを勘違いされたらしく、ふとハリーがサラに尋ねた。
「やっぱり、マルフォイと一緒が良かった?」
サラは扉から目を離し、隣に座るハリーを振り返る。そして、肩を竦めた。
「別に。もうちょっと、貴方達がドラコと仲良くする事は出来ないのかしらって思って」
「それは無茶な話だな。あいつの家は、代々スリザリンなんだぜ? 血筋や家柄を鼻にかけてマグル出身者を馬鹿にするような奴なんて、到底仲良くなれないよ。スリザリンなんかと仲良くするつもりもないしな」
「突っかかって来るのは寧ろ、マルフォイの方だしね。あいつが態度を変えて今までの事を全部謝るって言うなら考えなくも無いけれど、そんなのトロールがホグワーツの校長になるようなものだろう?」
ロンとハリーの矢継ぎ早の返答に、サラはただ苦笑するしか無かった。
北へ向かうごとに、雨は激しくなっていった。雲ってしまった窓の向こうは暗く、景色なんて何も見えない。昼食のワゴンが来るよりも前から車内灯が点いた。
昼を過ぎると、シェーマスとディーン、それからネビルがそれぞれ顔を覗かせた。
ネビルは、クィディッチ・ワールドカップを見に行かなかったらしい。彼の祖母が行きたがらなかったそうだ。ロンが診せたクラムのミニチュア人形に、ネビルは歓声を上げた。
「それに、僕達、クラムを直ぐ傍で見たんだぞ。貴賓席だったんだ――」
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー」
ドラコがコンパートメントの戸口に立っていた。ビンセントとグレゴリーも一緒だ。どうやら、ディーンとシェーマスが扉を開きっぱなしにしたまま行ったらしい。
ハリーはドラコに冷ややかな視線を向ける。
「マルフォイ、君を招いた覚えは無い」
「ウィーズリー……何だい、そいつは?」
ドラコが指したのは、ピッグウィジョンの籠だった。騒がしかったからだろう。その上にはロンのドレスローブが掛けられていた。カビの生えたようなレースがひらひらと付いた、まるで女物のようないかにも古いドレスローブだった。
ロンがローブを隠すよりも、ドラコが袖を引っ張る方が早かった。吊るし上げ、ビンセントとグレゴリーに見せる。
「これを見ろよ!
ウィーズリー、こんなのを本当に着るつもりじゃないだろうな? 言っておくけど、一八九〇年代に流行した代物だ……」
ロンは悪態をついて、ドラコの手からローブを引っ手繰った。高々と嘲笑うドラコを、サラは軽蔑した目で見る。ドラコは全く気付いていないようだった。
いつもの事だ。ハリーに突っかかる事になると、他が全く見えなくなる。ロンも、ドラコの目にはハリーのオプションとして映っているようだった。
「それで……エントリーするのか、ウィーズリー? 頑張って少しは家名を上げてみるか? 賞金もかかっているしねぇ……勝てば、少しはましなローブが買えるだろうよ……」
三大魔法学校対抗試合の事を言っているのだと分かったが、ロンはその話を何も知らないようだった。不可解だという顔で噛み付くように問う。
「何を言ってるんだ?」
「エントリーするのかい?」
ロンの問いには答えず、ドラコは繰り返した。
「君はするだろうねぇ、ポッター。見せびらかすチャンスは逃さない君の事だし?」
「何が言いたいのか、はっきりしなさい。じゃなきゃ出て行ってよ、マルフォイ」
とうとうハーマイオニーも教科書から顔を上げ、突っかかるように言った。
しかし、ドラコは笑みを浮かべるだけだ。
「まさか、君たちは知らないとでも? 父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか? 驚いたね、父上なんか――」
「行くわよ、ドラコ・マルフォイ」
サラが立ち上がり、ドラコの腕を掴んだ。そのまま、有無を言わさずコンパートメントから引っ張り出す。ビンセントとグレゴリーが止めようとしたが、睨むと大人しくついてきた。
隣のコンパートメントに入って、サラは乱暴にドラコを放した。ドラコは少しふらつき、足を踏ん張って体勢を直した。
「いい加減にしたらどうなの?」
サラは腕を組み、戸口に仁王立ちになる。
ドラコは言い返そうとし、サラの射抜くような視線に口を閉ざした。サラは踵を返し、ドラコ達のコンパートメントを出て行った。
扉を閉め、溜息を吐く。どうしてこんな人を好きなのか、自分でも疑問が沸いて来る。
ハリー達のいるコンパートメントに戻ると、ロンの機嫌は最悪で、それは駅に到着するまで続いていた。
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2010/07/03