「ごめんなさい……」
 目を覚ましたサラは、これ以上なく落ち込んでいた。
「ハリー、大丈夫? 怪我しなかった?」
「この通り、平気だよ。サラこそ、具合はどう?」
「……最低の気分」
 サラは短く答える。ハリーはそれ以上、何も言おうとはしなかった。
 それから二人は、黙々と部屋を片付けていった。砕けたガラスの破片に、崩壊した棚。自分で起こした惨状の後片付けは、サラを猶更苦しめるには十分だった。
 どうしてサラだけが、こんな事になってしまうのだろう。ハリーはスネイプの開心術を受けても、力を暴走させたりしない。サラだけが、相手を傷付けようとする。
 ――同じ血を引く家族の中、サラが、その血を最も色濃く受け継いでいる。
 ハグリッドは、サラは紛れもなくグリフィンドール生だと、居場所はここにあると言ってくれた。ロンも、サラとリドルは似ても似つかないだろうと言ってくれた。ハーマイオニーは、サラがスリザリンの末裔であっても変わらず友達だといの一番に言ってくれた。……だけど。
 開心術によって引っ張り出された記憶。サラにとっての最悪の記憶であり、最も恐怖するもの。
 もしも再びルシウス・マルフォイが目の前に現れたなら、サラはやはり彼を討とうとするだろう。そもそも、そのためにアニメーガスになろうとしているのだから。現に、さっきも――
 そこまで考えて、サラは息をのんだ。
 そうだ。恐怖と混乱の渦の中で、サラはルシウス・マルフォイを手にかけようとした。ルシウス・マルフォイは学校の理事を辞めさせられたはずだ。この場に来たとは思えない。あれは、幻覚? どこからどこまでが? サラが、首を絞めようとしたのは――?
「……ねえ、ハリー」
 サラは意を決して顔を上げ、机の前に立つハリーを振り返った。
「ねえ、あの……さっき、誰か来たりした? えっと……混乱していたから、記憶違いかも知れないけど、例えばルシウス・マルフォイとか……ハリー?」
 ハリーは答えなかった。ガラスの砕け散った棚に置かれた何かに気を取られて、まるで聞こえていない様子だ。
 怪訝に思ってハリーへと歩み寄る。棚に置かれた物を見て、サラは心臓が波打つのを感じた。
「……憂いの篩?」
 すぐ隣で声がして、さすがにハリーも気付き振り返った。サラはハリー、そして棚に置かれた憂いの篩へと目を向ける。
「まずいわよ、勝手に触れると。きっとただじゃすまないわ」
 口ではそう言いつつも、サラも好奇心が沸き起こるのを否定出来なかった。
 スネイプの記憶。反撃を受けた時のために、スネイプが取り除いているもの。サラやハリーには見せたくないもの。
「……神秘部の情報かも知れない」
 ハリーは呟くように言った。
「ハリー。ダンブルドアはそれをあなたに見せたくないのよ」
「サラは気にならないのか? あの扉が、何なのか。どうして僕らが、閉心術なんて学ばなきゃならないのか。――僕らには、知る権利がある」
 サラは研究室の扉を振り返る。サラが目を覚ました時、スネイプはいなかった。ただ、戻って来るまでに部屋を片付けるようにと、そう伝言をハリーから聞いた。
「スネイプは、どこに? 戻って来るんじゃないの?」
「モンタギューが見つかって出て行ったんだ。たぶん、そう直ぐには戻らない……自分の寮のクィディッチ・キャプテンの無事を確認したいはずだ……」
 ハリーは杖を取り出した。サラは何も言わなかった。
 しん……と室内は静まり返る。自分の鼓動さえも聞こえて来そうだった。
「サラは、ここに残って見張っているかい?」
「それでスネイプが戻って来たら、どうやってあなたに伝えるの? 嫌よ、また一人でスネイプの嫌がらせを受けるなんて」
 ハリーはバツの悪そうな顔をした。
「……それについては悪かったよ。本当に、申し訳ないと思ってる」
「覗き見するなら、さっさと済ませた方がいいわね。私、憂いの篩って使った事はないのだけど」
「大丈夫だ。僕はある。ついて来て」
 ハリーは手を差し出した。その手を、サラは握る。
 ハリーは大きく息を吸い込み、篩の中へと頭を突っ込んだ。そのまま、吸い込まれるように篩の中へと入っていく。サラも引っ張られるようにして、憂いの篩へと飛び込んで行った。
 ――スネイプが隠したがっている記憶の中へ。





No.60





 暗闇の中を、ぐるぐると回転しながら落ちて行く。どちらが上なのか下なのか、いったいどちらから来たのかも分からなくなって来た頃、ようやくそれは治まった。
 サラは辺りを見回す。サラとハリーは、大広間の中心に立っていた。壁に掛かったカーテンも、大きな窓も、確かに大広間だ。しかし、そこにいつもの四本の長テーブルはなかった。代わりに、まるで教室のように机が並んでいる。その机も普段の授業で使っているような横に長く繋がったものではなく、日本の小学校と同じような各自一つずつの小机だった。
 講義を行う教師の声はなかった。皆、机に噛り付くようにして忙しく羽ペンを動かしている。試験の時間だと言う事は、迷うまでもなかった。
「あと五分!」
 声がして、サラは振り返った。そして、目を丸くした。
 声の主は、フリットウィック先生だった。そしてその直ぐそばに、見慣れたくしゃくしゃの黒髪の少年が座っていた。
「ねえ、ハリー。あなたがいるわ」
「僕じゃない……父さんだ」
 ハリーは繋いでいた手を放し、一目散に少年の席へと駆けて行った。その素早さたるや、憂いの篩の中であればホグワーツでも姿現しができるのだろうかと思うほどだった。
 サラは机の間を縫って、ハリー達の方へと向かう。そしてその途中、足を止めた。
 ハリーの父親より三つ手前の列に、見慣れた金髪の女子生徒がいた。サラは、彼女の正面へと回り込む。髪の色に似合わない日系顔は、間違いなく若い頃のナミだった。ナミの答案用紙はすでに真っ黒に埋まっていて、間違いがないか念入りに読み返していた。ちらりとその紙をのぞき込むと、「闇の魔術に対する防衛術――普通魔法レベル」との題字が見えた。
「ハリー!」
 サラ達の姿は彼らには見えないし、声も聞こえていない。それでもサラは、あまり声を張り上げないように気を付けながら呼びかけた。
「ねえ、見て。ここにナミが……」
 ハリーは自分と瓜二つの男子生徒のそばに立ったまま、後ろの方を振り返っていた。その視線の先を追い、サラは言葉を途切れさせた。
 そこに座っているのは、紛れもなくシリウスだった。エリが髪を短くした時の姿によく似ていたが、エリよりも何倍も格好良く、何倍も賢そうに見えた。
 そして更に、その斜め後ろにはリーマス・ルーピンと思しき生徒がいた。病気のような青白さからして、満月が近いのだろうか。
 サラは更に教室を見回す。注意して見れば、さっきサラ達が降り立ったすぐ後ろに、学生時代のセブルス・スネイプがいた。鉤鼻も脂っこい髪も、この頃から健在だった。どうしてエリは、こんな人を好きなのだろう。
 なおも辺りを見回せば、ピーター・ペティグリューも見つける事が出来た。同じ年齢のシリウス達よりも小柄で、不安そうに答案をじっと見つめていた。
 サラはそっと杖を出し、ペティグリューの方へと振ってみた。呪文はペティグリューをすり抜け、その向こうにいたハリーが足をつねられたような痛みに小さく声を上げ振り返った。
「サラ! いったい何を――」
「ごめんなさい! 誤射よ、誤射! この中で魔法を使ったらどうなるのかなって……どうやら、全部すり抜けちゃうみたい」
「あんまり不用意な事はしないでくれよ。スネイプにばれたりしたら……」
「分かってるわ」
 やがて試験は終わり、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの四人は当然のように四人で集まって大広間を出て行った。彼らが一緒にいるのは本当に当たり前のような光景で、まるで自分達を見ているかのようだった。
 ナミはと言うと、他の女子生徒達の一団の中にいた。こちらも同じ方向に歩いて来る。大広間にいた生徒のほとんどが、外へと向かう一つの流れになっていた。
 シリウス達の後を追うようにして玄関ホールを横切りながら、サラの耳に聞き覚えのある声が届いてきた。
「お疲れ様です、フリットウィック先生。OWLの試験監督ですか?」
「おお、シャノンじゃないか。珍しいね。どうして、また――」
「ダンブルドアに用があって。これから、校長室へ行くところなんです」
 サラは息が詰まるような思いだった。
 大理石の階段の上に、一人の魔女がいた。艶やかな金髪、サラのカチューシャと同じラベンダー色の瞳。彼女はフリットウィックと連れ立って、階段の上へと消えて行く。
「――おばあちゃん!」
「サラ!?」
 サラは生徒達の波に逆流して駆け出した。
 祖母が、そこにいる。これは、スネイプの記憶だ。彼女にサラの姿は見えない。それでもいい。もう少し、彼女のそばにいられるならば――
 階段を上ろうとして、サラは弾かれたようにもんどりうって尻餅をついた。立ち上がり、前へと手を伸ばす。それ以上進む事は出来なかった。まるで透明の壁がそこにあるかのようだ。
「サラ!」
 生徒たちの間を縫って、ハリーが後を追って来た。
「これはスネイプの記憶なんだ。スネイプがいない場所にはいけない」
「そんな……」
 サラはもの惜しげに階段の上を見上げる。祖母は上へと昇って行ってしまい、もう姿を認める事は出来なかった。

 スネイプは似合わない事に、暖かな陽射しの降り注ぐ外へと出て行った。屋内に閉じこもっていれば、もしかしたら祖母をもう少し追えたかも知れないのに。
 祖母の事は追えなかったが、運が良い事にシリウス達四人はスネイプと同じ方向へ向かっていた。スネイプの少し前を歩けば、彼らの会話も聞く事が出来た。
 何度か話には聞いていたが、ハリーの父親であるジェームズ・ポッターは、見事なまでにハリーと瓜二つだった。しかし、よくよく見ると、身長の違いか、眼鏡の形の印象か、はたまた目そのものが母親似であるからか、ハリーの方が少し優しい顔つきだと感じられた。とは言え、もしジェームズ・ポッターが学生時代の姿でハリーのふりをして目の前に現れたりしたら、騙されてしまう事だろう。
 四人(とスネイプ)は、湖の端で立ち止まり、それぞれに腰を下ろした。湖の周りは他にもたくさんの生徒達が集まり、思い思いに試験を終えた解放感を満喫していた。
 ルーピンは読書を始め、ジェームズはこっそり拝借して来たスニッチをもてあそび、ペティグリューはそんな彼の技を見て歓声を上げ続けていた。シリウスはと言うと何をするでもなく、退屈そうに周囲を眺めていた。
 やがて、ジェームズがスニッチで周囲の目を引いているのをシリウスが止めた。どうやらシリウスだけが、ジェームズを抑える事ができるらしい。
「退屈だ。今日が、満月だったらいいのに」
 シリウスの言葉に、サラはわずかに眉をひそめた。彼の口調は、特にジョークを言っている風でもなかった。
「君はそう思うかもな」
 ルーピンが本に目を落としたまま暗い声で答えた。
「まだ『変身術』の試験がある。退屈なら、僕をテストしてくれよ。さあ……」
 ルーピンは本を差し出したが、シリウスは受け取らず鼻を鳴らしただけだった。
「そんなくだらない本はいらないよ。全部知ってる」
「これで楽しくなるかもしれないぜ、パッドフット。あそこにいる奴を見ろよ……」
 ジェームズが顎で指示した先を見て、サラはこの場にスネイプもいた事を思い出した。シリウスの表情が変わった。
「いいぞ……スニベルスだ」
 スネイプは立ち上がり、灌木の陰を出て芝生を歩き始める。シリウスとジェームズは立ち上がり、サラとハリーの横をすり抜けてスネイプの方へと向かった。ルーピンはじっと本を見つめたままで、ペティグリューはわくわくした表情で三人を眺めていた。
「スニベルス、元気か?」
 ジェームズが呼び掛けた途端、スネイプは素早くローブに手を突っ込んだ。しかし彼が杖を上げきる前に、ジェームズは叫んだ。
「エクスペリアームス!」
「インペディメンタ!」
 杖を追うスネイプに追い打ちを掛けるように、シリウスが唱える。今や、周り中の生徒が振り返ってシリウスとジェームズとスネイプの方を見ていた。心配そうな顔をしている者、面白がっている者……サラは、この光景をよく知っていた。
 スネイプは妨害呪文に跳ね飛ばされ、地面に横たわっていた。
「試験はどうだった? スニベリー?」
「俺が見た時、こいつ、鼻を羊皮紙にくっつけてたぜ。大きな油染みだらけの答案じゃ、先生方は一語も読めないだろうな」
 見物人の間から笑い声が上がる。
 サラは、到底笑う気分にはなれなかった。スネイプは、見るからに陰気な生徒だった。試験中の彼を見て、サラだってシリウスと大差ない感想を抱いていた。どうしてこんな奴をエリは好きになったのかと、疑問さえ抱いていた。でも――でも、これは、違う。
 スネイプは悪態をついたり呪いを唱えたりしていたが、杖を手放した状態で発動させる事は出来ないようだった。
「口が汚いぞ。――スコージファイ」
 地面に横たわったまま抵抗出来ないスネイプに、ジェームズが杖を振る。たちまち、スネイプの口はピンクの泡だらけになる。スネイプは息苦しさに吐き、むせ返っていた。
「――やめなさい!」
 二人の女の子が、人垣を掻き分けるようにして輪の中に入って来た。一人は、ナミだった。声を発した方の子は、赤毛に緑色の瞳の女の子だった。――ハリーと同じ目だ。
「元気かい、エバンズ?」
 ジェームズが突然、大人びた調子の声になって言った。一緒に出て来たナミは無視されていたが、ナミの方は慣れた様子で全く気にしていないようだった。
「またやってるの? こう言うのはやめようって、この前も言ったのに……」
「またスニベルスの肩を持つのか」
 シリウスが苦々しげに言った。憎しみすらはらんだ目でスネイプを見下ろしながら、シリウスはからかうように続けた。
「まさか、こう言うのが好みなんじゃないだろうな? こいつらが、お前を何て言ってるか――」
「もちろん知ってるよ。でもそれは、私と彼らの問題。私が受けた仕打ちは、私が返す。あなた達が寄ってたかって不意打ちを食らわせるなんて、間違ってる」
「ナミを理由にするなんて卑怯だわ。それに、セブルスはナミに何もしていないし、何も言っていないわ。いったい彼が、何をしたって言うの?」
「そうだな……」
 ジェームズが、少し考えるような素振りをした。
「むしろ、こいつが存在するって事実そのものがね。分かるかな……」
 サラは、ぐさりと刃物で貫かれたかのようだった。
 ハリーの両親は立派だった。皆、そう言っていた。ジェームズ・ポッターは不死鳥の騎士団員で、闇の魔術を心から嫌っていた。そう、シリウスから聞いた事があった。
 スネイプが闇の魔術に心酔しているのは、生徒達の間でも周知の事実だ。学生時代から、同じだったのだろうか。
 その存在自体が、忌み嫌われる。
 ……もしサラが彼と知り合っていたならば、スリザリンの血を引き、ヴォルデモートと似通うサラも、彼にとっては存在自体が忌々しいものだったのかも知れない。
 サラはハリーの横顔を盗み見る。ハリーはただ愕然として、目の前で繰り広げられる口論と一方的な呪いの応酬を見つめていた。
 リリーが杖を取り出して、ようやくジェームズはスネイプにかけた呪文を解除した。
「ほうら、スニベルス。エバンズが居合わせてラッキーだったな」
「あんな汚らしい『穢れた血』やスクイブの助けなんか、必要ない!」
 一瞬、サラはリリー・エバンズが泣き出すのかと思った。
 しかし彼女は目を瞬いただけで、きゅっと口のヘリを下げて言った。
「結構よ。これからは邪魔しないわ。それに、スニベルス、パンツは洗濯した方がいいわね」
 リリーの声はどこまでも冷たく、冷え切っていた。
「エバンズに謝れ!」
「あなたからスネイプに謝れなんて言って欲しくないわ」
 杖を上げたジェームズに、リリーは吐き捨てた。
「あなたもスネイプと同罪よ」
「えっ?」
 ジェームズは本気で分からないという顔をしていた。
「僕は、一度も君の事を――何とかかんとかなんて!」
「かっこよく見せようと思って、箒から降りたばかりみたいに髪をくしゃくしゃにしたり、つまらないスニッチなんかで見せびらかしたり、呪いを上手くかけられるからと言って、気に入らないと廊下で誰彼構わず呪いをかけたり――そんな思い上がりのでっかち頭を乗せて、よく箒が離陸できるわね。あなたを見てると吐き気がするわ」
 リリーは一息に言うと、くるりと背を向ける。足早に離れる彼女の速度は次第に速まり、輪を外れる頃には駆け出していた。
「リリー!」
 ナミは彼女の名前を呼び、追い駆けて行った。
 サラは、呆然と二人が消えて行った方を見つめていた。
 ナミがスネイプと親しい様子なのは知っていた。嫌な奴同士、気が合うのだろうなんて思っていた。
 スネイプはいつも、ハリーやサラの父親を悪し様に言っていた。高慢で嫌な奴らだと言っていた。他の人たちは皆、素晴らしい人物だったと言っていた。シリウスは今こそ無実の罪を着せられているが、そんな事をするような人物だとは思わなかったと、三本の箒で盗み聞いた。スネイプがただ難癖を付けているだけだろうと、そう思っていた。
 しかし今見た光景は、全くの逆だった。
 ジェームズやシリウスは確かに高慢ちきな弱い者いじめをする嫌な奴で、スネイプは一方的な被害者でしかなかった。
 不意に、サラの腕が強く掴まれた。あまりの強さに、サラは顔をしかめる。
「痛っ……何なのよ、ハ……リー……」
 振り返り、サラは全身の血の気が引くのを感じた。
 サラの腕を掴んでいるのは、ハリーではなかった。怒りで顔面を蒼白にしたスネイプが、サラ達のよく知る育ち過ぎた大こうもりのようなスネイプが、そこに立っていた。
「楽しいか?」
 ふっと足元から芝生が消えた。湖も、シリウス達も、見物人の生徒達も消える。冷たい暗闇の中を抜け、そして、三人は冷たい石の床に降り立った。スネイプのもう一方の手は、ハリーの腕を同じように強く掴んでいた。
「すると……お楽しみだったわけだな? え、ポッター?」
「い、いいえ」
 白羽の矢が立ち、ハリーは即座に答える。
「お前達の父親は、愉快な男だったな?」
 スネイプに激しく揺すぶられ、サラは足元に倒れた椅子にすねを強かに打ち付けた。今は反撃や反論はおろか、抵抗をする気も起きなかった。憂いの篩の中で見たあの少年が目の前の人物と同じなのだと思うと、同情さえ沸いていた。
 そんなサラの視線を嫌がるように、スネイプは一度サラと目が合うともう二度とサラを見ようとはしなかった。
「見た事は、誰にも話すな!」
「はい」
 ハリーが震えながら答えた。
「はい、もちろん、僕――」
「出て行け! 出るんだ。この研究室で、二度とその面を見たくない!」
 サラとハリーは逃げるように研究室を飛び出した。せっかくきれいに直した戸棚の瓶が、通り過ぎるサラ達の頭上で爆発した。
 サラとハリーはひたすら研究室から離れようと疾走した。どこではぐれたのかグリフィンドール塔に着いた時、ハリーはいなくなっていたが、サラは構わず、ロンやハーマイオニーに呼び止められる前に談話室を突っ切り、寝室へと駆け上って行った。
 寝室に着くなりベッドに飛び込み、一切の会話を拒否するようにカーテンを閉じ頭から布団を被った。
 二年生の時、祖母がアラゴグを見捨てたと言う疑惑が上がった事があった。真相としては、ただ、何もできなかった無力さと自責の念から合わせる顔がなかったと言うだけだった。
 今回も同じ可能性はないだろうか? スネイプを攻撃したのは、何か理由があって――そうだ。ナミに対して、スネイプ達が何か陰口を叩いているような事を、シリウスは言っていた。
 ――しかし、それはリリーによって否定されていた。スネイプはナミには何も言わないし、何もしていないと。それでもなお、彼らはスネイプへの攻撃をやめなかったのだ。
 存在が許せない。そう言って。
 特に理由もなく、攻撃して、見世物にして、楽しんでいた。スネイプが言っていた事は、正しかった。
 大勢の前で論っていじめるような真似をして。スネイプもあんな経験をしていたのに、いくら父親が憎いからと言って同じ事をサラやハリーにもしていたのか。ネビルに至っては、父親との怨恨さえない。自分だって、嫌だったろうに――
 そこまで考えて、サラはハタと気が付いた。
 ――同じだ。サラも。
 クラスメイトから理不尽な仕打ちを受けたサラは、「報復」をしていた。自分は控えようなんて思わなかった。自分をいじめた者達が恐怖するのを見て、面白がってすらいた。
 サラも、スネイプと何ら変わりないのだ。
 それは非常に認めがたく、屈辱的な事実であった。あのスネイプと同じだなんて。
 憂いの篩で見た出来事はあまりにも信じがたく、ただただサラの心を掻き乱すばかりだった。


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2017/09/02