――いつも、私は置いてけぼりだった。
「サラとエリは、全く同じ親から生まれて来た双子じゃ」
 蒸し暑い夏の夜、アリス達の元を訪れた非日常。
 ――そして、サラとエリだけが「特別」で、サラとエリだけが誘われて行った。
 年齢が違うから仕方がない。その時だけなら、そう思えた。
 希望を胸に抱きついに入学したホグワーツ。しかしいつまで経っても魔法は使えず、そしてまたアリスは一人残され、サラとエリだけが秘密の部屋でのヴォルデモートとの戦いに参戦した。
 二年目も同じだった。やはり渦中にいたのはサラとエリで、アリスは何も知らないまま、一晩の内にピーター・ペティグリューは逃亡し、シリウス・ブラックの真実は伝聞で知るのみだった。
 いつも、置いて行かれてばかり。自ら動いた三年目は、祖母の日記を見付けた。しかし、やはりサラとエリもそれぞれに巻き込まれていて、果たして自分の選択が正しかったのか自信が無くなった。
 いつも、いつも、サラとエリばかり。彼女達は何もしなくても、渦中へと引き寄せられる。ハリーにダンブルドアにシリウス、そしてヴォルデモートや死喰人すらも、皆、サラやエリを求める。
 アリスは、いつも置いてけぼり。
(……また、置いてけぼりを選ぶの?)
 サラ、エリ、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナ。六人はアンブリッジの部屋を出て行く。アリスは立ち上がった。
「待って……!」
 六人の後を追い、部屋を飛び出す。背後で閉まる扉の隙間から、ドラコがアリスの名前を呼ぶのが聞こえた。
 選ぶのは怖い。今の立場を失うのは怖い。

 でも、もう、置いてけぼりは嫌だ。





No.67





 シリウスが、ヴォルデモートに捕まった。
 彼はグリモールド・プレイスにはおらず、騎士団員の誰もがアンブリッジによって学校から追放されてしまった今、サラ達が救出に向かう他はなかった。
 でも、まさかこんなに大所帯になるだなんて。
「――ねえ、やっぱり、人数は絞った方が良いと思うわ」
 ロンドンの街に降り立ったサラは、セストラルが見えない他の仲間達が降りるのを手伝いながら言った。
「いくらなんでも多過ぎるわよ、九人なんて。学校の遠足じゃないんだから」
「その話はさっき、十分にしただろ。誰も今更引き返したりなんてしないよ」
 エリが、手探りでスルスルと器用にセストラルから降りながら答える。
「僕らがやっていたのは、遊びじゃない。いざと言う時のために、練習していたんだ。そして今が、いざと言う時だ。そうだろう?」
 ネビルも断固とした表情で答える。
「騎士団に応援を要請する必要があるんじゃない? ちょうどロンドンだし、ここは二手に分かれて、あなた達はグリモールド・プレイスに連絡を――」
「あら、それならスネイプ先生がいらっしゃるでしょ? パッドフットが捕まった、って。ハリーのあの言葉で私だって分かったんだもの。通じたと思うわよ。そんな事より、サラ。こっちも手伝ってちょうだい――あら、ネビル、ありがとう」
 ネビルの手を借り、アリスはセストラルから降りる。サラはきゅっと唇を真一文字に結ぶ。この場で最もセストラルから降ろしたくない、このまま他の場所へ向かわせたいのがアリスだった。
「アリス。こんな事はあまり言いたくないのだけど――あなたは魔法が使えないわ。実践に挑める力は無い」
 アリスには、自分の身を守る術がない。そんな彼女が戦場に向かうなど、あってはならない。
 それに、シリウスが脅されているあの夢を見てからずっと、嫌な予感がしてならなかった。アリスが犠牲になるなんて事は、あってはならない。
「あら。それじゃあ、サラは闇祓いが手をこまねいているような死喰人相手でも、学生の自分が対等に戦える実力があると思っているの? とんだ傲慢ね。私達誰も、大人の魔法使いのレベルには達していないわ。実力が達していないなんて、そんなの、ここにいる全員に当てはまる話よ」
 いつになく辛辣なアリスの返しに、サラは言葉を失う。アリスは決然とした表情で言い放った。
「帰らないわよ、私は。……もう、置いてけぼりは嫌なのよ」
「早くしてくれ!」
 イライラとした叫び声にサラは振り返る。通りの隅に電話ボックスがあり、その戸口でハリーが首を伸ばしていた。どうやら、あそこが魔法省への入口らしい。
 サラ達は駆け寄り、満員状態の電話ボックスに身体を押し込む。一つの電話ボックスに九人は、どう考えても定員オーバーだった。ハリーが最後に入って何とか扉を閉める。押し合いへし合いされた身体は奇妙な態勢で留まり、エリとネビルの間でプレスされてしまった腕が痛かったが、引き抜くことは不可能だった。
「受話器に一番近い人、ダイヤルして! 62442!」
 誰がダイヤルを回したのか、サラの位置からは見えなかった。ジッ、ジーッと古いダイヤル式電話を回す短い音が繰り返され、それから女性の声が響いた。
「魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください」
「ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、サラ・シャノン、ジニー・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、エリ・モリイ、アリス・モリイ、ルーナ・ラブグッド……ある人を助けに来ました。魔法省が先に助けてくれるなら別ですが!」
 ハリーが早口で言った。女性の声は、自動音声のように淡々としていた。
「ありがとうございます。外来の方はバッジをお取りになり、ローブの胸にお着けください」
 自動販売機のように何かが出て来るような音がしたが、振り返る事は出来なかった。プレスされた腕の先にあるサラの手に、誰かがバッジを握らせた。
「魔法省への外来の方は杖を登録致しますので、守衛室にてセキュリティ・チェックを受けてください。守衛室はアトリウムの一番奥にございます」
「分かった! さあ、早く出発出来ませんか?」
 ハリーが怒鳴ると共に、電話ボックスがガタガタと揺れた。定員オーバーで壊れでもするのかと思ったが、壁や扉が外れたりするような事はなく、エレベーターのように外の景色が上へと流れ去った。
 やがて、電話ボックスが階下に到着した。ガラス窓から差し込む金色の光の中、サラは奇妙な違和感を覚えていた。――何か、おかしい――人の気配が、ない。
「魔法省です。本夕はご来省ありがとうございます」
 女性の声がして、扉が開いた。流れるがままに、サラは外へと転がり出る。腕が自由になると共に直ぐ杖を引き抜いたが、その必要はなかった。到着した場所は、アトリウムのようだった。いくつもの大きな暖炉に囲まれた空間で、中央には黄金の噴水が構え、広い空間に水音を響かせている。噴水には魔法使いや魔女、ケンタウルス、小鬼、そしてクリーチャーやドビーのような屋敷僕妖精の像が据えられていた。
 目で確認しても、やはりそこに人影はなかった。
「こっちだ」
 ハリーが小声で言って、ホールを駆けて行く。サラは手に握らされていたバッジを胸に着けながら、その後に続いた。バッジには、『サラ・シャノン 救出任務』と簡素な文字が彫り込まれていた。
 ホールの奥の守衛室は、無人だった。
 セキュリティ・チェックを受けるようにとの案内があった。なのにここが無人だなんて、やはりおかしい。あの夢がただの夢ではなく、何かが魔法省で起きている事は確かだった。無人の守衛室に、ハリーも険しい顔をしていた。
 ハリーは長居はしなかった。直ぐに守衛室を出て、エレベーターへと向かう。何度も夢で見た経路だった。金の格子扉のエレベーター、無機質な廊下、奥に構える黒い扉。
 扉の手前で、ハリーは立ち止まった。
「オーケー、いいかな。どうだろう……何人かはここに残って――見張りとして、それで――」
「それで、何かが来たらどうやって知らせるの?」
 ジニーがぴしゃりと遮った。
「あなたはずーっと遠くかもしれないのに」
「皆、君と一緒に行くよ、ハリー」
「よし、そうしよう」
 ネビル、そしてロンまでもが同意した。ハリーの様子から、ハリーが一人――あるいはサラと二人だけで向かい、自分までも置いて行かれる可能性があると思ったのかもしれない。
 部屋に近付くと、扉は一人でに開いた。まるで、サラ達を迎え入れているかのようだった。そしてそれは何かの罠のようで、どうにも嫌な感じがしてならなかった。

 入った先は、黒い円形の部屋だった。壁には、いくつもの扉が並んでいる。扉の合間には蝋燭立てがあり、揺れる炎が黒い部屋に青い波紋を映し出していた。
 扉を閉めた途端、部屋は周り始めた。蝋燭の炎が筋状になるほど急速な回転は、止まるのも突然だった。音と動きが無くなり、ロンが恐々と囁いた。
「今のは何だったんだ?」
「どの扉から入って来たのかわからなくするためだと思うわ」
 ジニーが言う通りだった。入って来た扉も他と同じく黒く何の印もない扉で、回転後の今、サラ達は帰り道を見失っていた。
 その後は、手当たり次第に扉を開けてみるしかなかった。扉の向こうに何が待ち構えているか分からない。杖を構え、ハリーが先頭になって慎重に扉を開ける。最初の部屋は、いくつものランプが金の鎖でぶら下がった、幾分か明るい部屋だった。明るいとは言え、そこにある物は理解のしがたいものだった。部屋の中央に置かれた巨大な水槽に、濃い緑色の液体が満たされている。そしてその中には、いくつもの脳みそが漂っていた。
 サラ達は直ぐに元の円形の部屋へと引き返した。扉を閉じる前に、ハーマイオニーが扉に焼印を入れた。これで、回転しても確認済みの扉が分かる。
 次に開いた部屋は、薄暗く、中央が窪んだドームのような作りの部屋だった。部屋を取り囲む急な階段を降りて行った先には石の台座が置かれ、石製のアーチが鎮座していた。アーチには黒いベールのようなものが掛けられていて、送風もないのにゆらゆらと波打っていた。まるで、誰かが触れた後のように。
「誰かいるのか?」
 ハリーが呼び掛けたが、応えはなかった。
 ハリーは中央の窪みまで降りて行き、台座の裏へと回り込む。サラも、引き寄せられるように石段を降りていた。台座の前に立ち、見上げる。アーチは、近くで見てみると思ったよりも大きかった。ベールはまだ揺れていて、幽かに話声のようなものが聞こえていた。
「――サラ!」
 台座へと上ろうとしたサラに、ハーマイオニーが呼びかけた。ハーマイオニーは石段の中腹で警戒するように立ち止っていた。
「何をしようとしているの? 行きましょう。何だか、変だわ。ハリーも、さあ、戻りましょう」
 サラは台座に片足を掛けたまま、アーチを振り仰ぐ。ただの古びたベールのかかったアーチ。しかし、サラはそれが気になって仕方がなかった。あのベールの向こうへと手を伸ばしたら、サラの望む物が手に入るのではないだろうか。そんな気がした。
 ハリーも、急ぎはしなかった。台座の裏には何もなかったらしく、横に出てきたハリーはじっとアーチを見つめていた。
「ハリー、行きましょうよ。ね?」
「うん」
 ハリーは生返事をしただけで、動かなかった。ふっと気が付いたように、アーチへと問いかけた。
「何を話しているんだ?」
「誰も話なんかしてないわ、ハリー!」
 不意にローブを引っ張られ、サラは振り返った。ハーマイオニーは階段を降りて来ていた。随分と怯えた表情をしている。ここには、先ほどの部屋の脳みそのような薄気味悪い物など、何もないのに。
「この陰で誰かがひそひそ話してる。ロン、君か?」
「僕はここだぜ、おい」
 ロンはアーチの脇に立っていた。
 話し声は、今やはっきりと聞こえるほどになっていた。しかし、何を話しているのかは分からない。これが聞こえないと言うのだろうか、ハーマイオニーは。
「誰か他に、これが聞こえないの?」
「私、聞こえるわ。でも、蛇語のようではなさそうだけど……」
 他の人には分からず、サラとハリーには聞き取れると言えば蛇語だが、パーセルタングのシューシューという音とは異なっていた。明らかに人の話し声だ。サラは、エリを振り返る。エリは肩をすくめた。
「別に何も聞こえないな。カーテン揺れてるし、隙間風か何かじゃない?」
「風なんかじゃないわ。人の声よ。何を話しているかは分からないけど……」
 サラはアーチの方へと視線を戻す。ハーマイオニーの引っ張る力が強くなった。
「あたしにも聞こえるよ」
 そう声を上げたのは、ルーナ・ラブグッドだった。彼女も大きな瞳を揺れるベールへと向けていたが、その視線はサラやハリーのような好奇心や切望に満ちたものではなく、淡々としていた。
「『あそこ』に人がいるんだ」
「『あそこ』ってどういう意味?」
 ハーマイオニーはどう言う訳か怒ったような声だった。
「『あそこ』なんて場所はないわ。ただのアーチよ。誰かがいるような場所なんてないわ。ハリーも、やめて。戻って来て――私達、何のためにここに来たの? シリウスよ!」
「シリウス」
 ハリーが繰り返した。
 サラは、急に現実に引き戻されたようだった。
 そうだ。シリウスを救出するために、サラ達はここに来たのだ。事態は一刻を争う。
「行こう」
 ハリーの声がした。サラも、何とかアーチに背を向けた。――今は、悠長にしている時間などない。
「私、さっきからそうしようって――さあ、それじゃ行きましょう!」
 ハーマイオニーが先頭に立ち、台座を回り込んで戻って行った。途中、同じくぼんやりとベールを見つめていたジニーとネビルをハーマイオニーとロンがそれぞれ拾って、石段を登って扉まで戻った。
「あのアーチが何か、ルーナは知っているの?」
 ハーマイオニーが焼印を付けている背後で、サラはこっそりとルーナに聞いた。ハーマイオニーが聞きつけたらきっとまた目を吊り上げて怒り出すだろうと思った。
「『あそこ』って言うのは? あの声って、いったい――」
「さあ! 次の部屋を確かめるわよ!」
 ハーマイオニーがサラとルーナの間に割って入るようにしながら言った。もう焼印を付け終えてしまったらしい。
 壁が回転が終わり、ハリーが次のまだ印のない扉へと歩み寄る。しかし、その部屋は鍵が掛かっていた。
 アロホモラも、ハリーがシリウスから貰った開錠用のナイフも、アリスの溶解液も試してみたが、どんな手段でも扉は開かなかった。エリが蹴破ろうとしたが、当然、そんな事ではびくともしない。やむを得ず、その部屋は諦める事となった。
「でも、もしここだったら?」
 ロンが不安そうに問う。
「そんなはずないわ。ハリーとサラは夢で全部の扉を通り抜けられたんですもの」
 そう言って、ハーマイオニーは扉にバツ印を付けた。

 次の扉を開いた途端、サラは正解を引き当てた事を悟った。ハリーと顔を見合わせ、うなずく。ロンが、期待に満ちた声で尋ねた。
「……ここなの?」
「うん。こっちだ!」
 ハリーが先頭に立ち、部屋へと踏み込む。
 明るい照明に照らされて煌めいているのは、時計だった。室内に立ち並ぶ机や壁の棚にはいくつもの時計が置かれ、チクタクと何百もの秒針の音を響かせていた。
 部屋を通り抜け、もう一つの扉へと辿り着く。「これだ」とハリーがつぶやいた。
「ここを通るんだ――」
 ハリーは振り返り、全員を見回す。
 サラは杖を構え、ハリーと目が合うとうなずいた。背後で、エリの声が聞こえた。
「アリス、絶対にあたしから離れるなよ――」
 ハリーは扉に向き直る。軽く押すと、パッと扉は開いた。
 ――やっと、着いた。
 物流倉庫か何かのように、そびえたつ幾つもの棚。棚に置かれているのは、占い学で使う水晶玉より一回りか二回りほど小さなガラス球。祖母の家で見たものに似ているが、ガラス球の光は一つ一つ違っていて、祖母の家にあったのと全く同じ金色の光は見当たらなかった。
「九十七列目の棚だって言ってたわ」
 ハーマイオニーが囁いた。サラは、近くの棚を見上げる。53と言う数字が、青い蝋燭の灯りでぼんやりと読み取る事が出来た。
「右に行くんだと思うわ。そう……こっちが、54よ……」
「杖を構えたままにして」
 ハリーの声は、緊張に満ちていた。
 サラ達は、足音を立てぬように慎重に、じわじわと進んで行った。部屋の広さと棚による影に対して蝋燭の灯りは圧倒的に足りておらず、進む先はほとんど闇だった。
 何も、聞こえない。拷問は終わったのだろうか。気絶しているのか? サラ達の侵入に気付いて、何処かに隠れて待ち構えているのか? あるいは、もう――
 最悪の考えを、サラは頭から振り払う。
「97だ!」
 エリが声を低くして囁いた。全員が立ち止り、棚の脇の通路を見つめたが、そこには誰もいなかった。
「シリウスは一番奥にいるんだ。ここからじゃ、ちゃんと見えない……」
 ハリーの声には、不安の色が滲み出ていた。
 ハリーを先頭に、通路を進む。進みながら、ハリーはぶつぶつとつぶやいていた。
「この直ぐ近くに違いない。もうこの辺だ……とっても近い……」
 どこまで進んでも、シリウスの姿は見えなかった。物音もしない。
 誰も、いない。
「ハリー……?」
 おずおずとハーマイオニーが声をかける。
「どこか……この辺り……」
 通りの反対側まで辿り着いたが、鼠一匹とすら出会う事はなかった。
 もう、ここにはいない? サラ達がここへ向かうまでに移動してしまったのだろうか? シリウスも連れて行かれたのだろうか? しかし――
 サラは通って来た通路を振り返る。整然と並ぶガラス球。もしここで拷問をして、シリウスや呪文が棚にでも当たろうものなら、直ぐに粉々になってしまうだろう。
 他の皆も、すでに気付いているようだった。諦め悪く隣の通路やその先の列を確認するハリーに、ハーマイオニーが声をかける。
「ハリー?」
「なんだ?」
「ここには……シリウスは、いないと思うけど」
 サラは杖を構え、辺りの闇に視線を走らせる。嫌な予感は拭えなかった。
 ハリーとサラが見たのは、ただの白昼夢だった? まさか、そんなはずはない。ならば、どうしてサラとハリーが同じ夢を見る? どうして、魔法省から人がいなくなっている?
 ――嫌な予感がしてならない。
「ハリー? サラ?」
 ロンの声に、サラは杖を外に向けたまま振り返る。
「何だ?」
 答えたハリーの声は、刺々しかった。
「これを見た?」
「何だ?」
 今度は、期待に満ちた問いかけだった。ハリーは足早に戻って来る。サラも周囲を警戒しながら、ロンが指さす棚を覗き込んだ。
「これ――これ、君達の名前が書いてある」
 ロンが示している棚は少し高い位置にあり、サラは背伸びをしなければラベルを読むことが出来なかった。他と同じ、埃を被ったガラス球。それが置かれた棚に張り付けられたラベルに、十六年前の日付が書かれていた。そして、同じく細長い文字。
『S.P.T.からA.P.W.B.Dへ
 闇の帝王そして
 (?)ハリー・ポッター
 (?)サラ・シャノン』
「これ、何だろう? こんな所に、いったい何で君の名前が?」
「戸籍か何かの管理って感じでは、無さそうね……」
 サラは周囲のラベルを見ながら囁く。同じ年齢でも、ロン達のものも、誕生日が数分違いのエリのものすらも、ここには無い。
 ハリーはガラス球へと手を伸ばしていた。ハーマイオニーが見咎める。
「ハリー、触らない方がいいと思うわ」
「どうして? これ、僕に関係のあるものだろう?」
「触らないで、ハリー……!」
 ネビルも言った。ハリーは自棄になっているかのようだった。
「僕の名前が書いてあるんだ」
 ハリーはガラス球を掴む。棚から下ろし、球にこびりついた埃を払う。
 皆がハリーの周りに集まりガラス球を見つめる中、サラはふっと顔を上げた。杖を握り、闇を振り返る。
「……サラ?」
 エリが怪訝気に声を上げる。
 全くなかった人の気配が、今は辺りに満ちていた。やはり、隠れていたのだ。サラ達の侵入は、気付かれていた。
 銀の仮面が、闇の中からぬうっと現れる。背後でエリが息をのむのが分かった。
 コツン、と蛇の彫刻が付いた長い杖が床に当たる音が鳴る。
「よくやった、ポッター。さあ、こっちを向きたまえ……ゆっくりとね。そして、それを私に渡すのだ」
 気取った声に、はじかれたようにハリー達は顔を上げ振り返る。サラはじっと彼を見据えていた。
 ずっと、追っていた。犯人が分かったあの日から、サラの前に姿を現す事が無くなっていた人物。去年一度相まみえるも、彼と直接やりあう機会はなくて。追い続けて、追うための手段を学んで。ずっと、ずっと、再び巡り会う時を心待ちにしていた。
 目の前に現れた憎き仇の名を、サラはつぶやいた。
「――ルシウス・マルフォイ」


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2018/04/01