「予言を渡すのだ、ポッター」
ルシウス・マルフォイは落ち着き払った口調で繰り返す。現れた死喰人は彼一人ではなく、今やサラ達は自分達の倍近い数であろう黒いフードの集団に取り囲まれていた。
踏み出そうとしたサラを、ハリーが押し留めた。
「今は駄目だ……」
サラは背後の仲間達を横目で見やる。エリがアリスの腕を掴み、自分の背中の後ろへと引き寄せていた。
「聞いたか?」
ルシウス・マルフォイの隣に立つ魔女がからかうような笑い声を上げた。
「聞いたかい? 私らと戦うつもりかね。他の子に指令を出してるよ!」
「ああ、ベラトリックス。君は、私ほどにはポッターを知らないのだ。英雄気取りが大きな弱みでね。闇の帝王はその事をよくご存じだ。
さあ、ポッター。予言を私に渡すのだ」
「シリウスがここにいる事は分かっている」
ハリーの声は、僅かに震えていた。その事に気付いたのは、恐らくサラだけだろう。
彼が怯えているのは死喰人達の存在ではない。――仲間達を巻き込んだこの侵入が、無駄足だった可能性。
「お前達が捕らえた事を知っているんだ!」
死喰人達が笑う。ぞっとするような笑い声だった。
「現実と夢との違いが分かっても良い頃だな、ポッター」
ルシウス・マルフォイが冷たい声で言った。
――なぜ、彼が夢の事を知っている? ハリーは、夢で見たなんて彼らには一言も話していない。
その答えは最早、明らかだった。
シリウスは、ここにはいない。ヴォルデモートに捕らえられてなどいない。
サラ達は、はめられたのだ。
No.68
「――今だ!」
相手の隙を伺い、情報を引き出すための会話。その最中、ハリーは不意に叫んだ。
サラ、エリ、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナの七人は、一斉に杖を棚に向け唱える。
「レダクト!」
まるで爆発でも起こったように、七ヶ所で棚が粉砕した。天井までそびえ立つ棚がぐらりと傾き、何百と言うガラス玉が割れ、破片となって降り注ぐ。
「逃げろ!」
割れたガラス玉から出て来た煙があちこちで囁く中、ハリーが叫んだ。
駆け出すハリーの後に続くようにして、サラ達も走り出す。伸びて来た腕がハリーの肩を掴んだ。ハーマイオニーが失神呪文を放ち、ハリーを掴む手が離れる。ガラスのあられの中、ふっと正面に銀色の仮面が現れた。エリがハリーを抜かして正面の死喰人へと真っ直ぐに突っ込む。
「うぉらっ!」
雄叫びと共に跳び上がったエリの膝蹴りが、死喰人の横っ面に命中した。死喰人は倒れ、そのまま動かなくなる。
ガラス片の障壁が途絶えようとしていた。サラは振り返り、大きく回すように杖を振りながら唱えた。
「レダクト!」
サラの杖の動きに合わせ、次々と棚が爆発し迫り来る死喰人達の頭上へと降り注いで行く。
正面に向き直ると同時に、右から伸びて来た腕がサラを掴んだ。ジニーがそちらへと杖を向ける。
「ステューピファイ!」
死喰人の手が離れ、サラはジニーと共に棚の角を左へと曲がる。
「おい! そっち――」
背後でエリの叫ぶ声が聞こえた。
元来た道と違う。そう言いたいのだろう事は分かっていた。だが、死喰人が連なる中に突進して行く訳にもいかない。
「レダクト!」
ルーナの叫ぶ声、そしていくつものガラス玉が割れる激しい音と死喰人の怒ったような呻き声が聞こえた。
「そこの角を曲がれ!」
ロンが叫んだ。
列番号など、もう見る余裕はなかった。棚と棚の間の細い暗がりへと、サラ達は雪崩れ込む。
通路の端が見えなくなる所まで進んで、先頭のジニーが立ち止まった。サラ達も立ち止まり、耳を澄ませる。近付く足音はなかった。どうやら追跡の手をまけたようだ。
「ねえ、ハリーは?」
アリスが不安に満ちた声で囁いた。ルーナが辺りを見回して言う。
「ハーマイオニーとネビルもいないよ」
「正しい方の道に行ってたよ。あの三人、僕の横にいたから」
ロンが言った。ジニーが目を丸くする。
「その位置にいたのに、こっちに来たの? 間に死喰人の群れが入って来たのに」
「お前が逆に行くから、戻って来たんじゃないか」
「とにかく、ハリー達と合流しないと」
エリが言って、通路の先を見やる。
「この先で右に曲がれば、一本隣の道を扉の方に向かえるよな……?」
「幸いこの部屋の壁は回らないみたいだし、それしかないわね。また途中で死喰人が出て来なければ、だけど」
ロン、ジニー、ルーナ、エリ、アリス、そしてしんがりはサラが務め、薄暗い通路を慎重に進んで行く。
通路の端まで辿り着き、ロンはきょろきょろと左右を見渡し、頭を引っ込める。それからまた慎重に頭を突き出し、見回す。そして振り返り、囁いた。
「今だ! 走るぞ!」
ロンが飛び出し、サラ達も彼の後に続いて駆ける。
サラの目の前を走るアリスの頭上を、赤い閃光が通り抜けて行った。サラは閃光が飛んで来た方へと失神呪文を放つ。相手に当たったのか確認する事は出来なかったが、死喰人が追って来る様子はなかった。
突き当りに壁が見えて来た。あの角を曲がれば、一つ前の部屋へ戻る扉だ。
角を曲がろうとして、先頭のロンが急に立ち止まった。慌てて振り返り、身振り手振りで戻るように指示する。サラ達は、直ぐそばの棚と棚の間の細い通路へと駆け込んだ。
「駄目だ、死喰人が大集合だよ。あれじゃ、通れそうにない」
「見つけたぞ! こっちだ!!」
声に、サラは振り返る。同時に、杖を振った。
「プロテゴ!」
死喰人の杖から放たれた呪文が、サラの盾に弾かれる。
「奥へ走って!! ――コンフリンゴ!」
サラ達と死喰人との間で爆発が起こり、濛々たる埃とガラスの粉塵の向こうに死喰人の姿が消える。
棚の端まで辿り着き、前を行くアリス達の後を追って左へと曲がる。通路を出た途端に、赤い閃光が飛んで来た。正面に二人の死喰人がいて、ロン、ジニー、ルーナが応戦していた。
「ジニー! 皆を連れて逃げるんだ!」
「あなたが一人で二人相手に出来るならね!」
弾かれた呪文が、後方のサラ達の方へと飛んで来る。サラはアリスを抱きかかえるようにして引き寄せ、隣の通路へと駆け込む。
「サラ! 待って、これを!」
アリスが、懐から立方体に近い太さの小瓶を取り出した。
「これを死喰人にかけられれば……」
「よっしゃ、任せろ!」
アリスの手から、エリが小瓶を引っ手繰る。そして、大きく振りかぶった。
「ロン! ジニー! ルーナ! 退け!」
「プロテゴ!」
サラが三人と死喰人との間に盾の呪文を放ち、三人はサラ達の方へと下がって来る。エリの投げた小瓶が、片方の死喰人の肩に見事命中した。瓶は割れ、中に入っていた液体がまき散らされる。通路を走るサラ達の背後から、死喰人二人の恐ろしい悲鳴が聞こえて来た。
「あれ、いったい何の魔法薬だったんだ?」
エリがアリスへと尋ねる。アリスは軽く肩をすくめ、事もなげに答えた。
「実験の過程で出来た失敗作よ。物体に触れると、溶け出すの。対抗物質は瓶に塗ってあるドラゴンの血液だけ」
「イカしてるぜ、まったく」
ロンが少しおどけたような口調で言う。
不意に、ジニーが叫んだ。
「見て! 扉があるわ!」
ジニーは、棚の段と段の間を見つめていた。少し屈んでみると、段の奥は筒抜けになっていて、棚の向こう側を見て取る事が出来た。部屋の端まで来ていたらしい。位置からして元来た扉ではなさそうだが、壁沿いに黒い扉が二つ並んでいた。
「いいぞ……とにかく、この部屋から出る事が先決だ」
しかし、そう上手くはいかなかった。
棚を回り込み、扉まであと少しと言う所で、正面から二人の死喰人が現れたのだ。一人はルシウス・マルフォイ。もう一人は、銀の仮面を被っていて顔は分からなかった。
扉は、サラ達の方に近い。しかし辿り着くよりも、戦闘になる方が早いだろう。
――足止めが必要だ。
「エリ。皆をお願い」
囁きながら、サラはアリス、エリ、ルーナ、ジニー、ロンと全員を抜いて先頭に出る。
「――サラ、何を!」
アリスの叫ぶ声が聞こえた。
サラは、目の前の敵に集中する。憎き敵。祖母の仇。
「私が相手よ……ルシウス・マルフォイ!」
扉の前を通り過ぎ、サラは杖を振るいながら死喰人へと肉薄した。
扉の先は、奇妙な部屋だった。入った途端に床がなくなり、アリスは小さく悲鳴を上げる。しかし落ちる事はなく、アリスは真っ暗な空間に浮かんでいた。空間は上にも下にも広く続き、そこかしこで白や青色の光がチラチラと輝いている。まるで、宇宙にでも飛び出したかのようだった。
アリスは扉を振り返る。部屋に入ったのは、エリ、アリス、ロン、ジニー、ルーナの五人。サラはまだ、来ない。
「どうしましょう……サラが!」
「サラならきっと大丈夫だ。あたし達は先へ進もう。きっと直ぐ、追っ手が来る」
「でも、サラったら、我を忘れて――」
「サラは、仲間の命より仇討ちを優先するほど、狂っちゃいない」
エリはきっぱりと言い放った。
「あたし達を逃がすために囮になったんだ。まあ、憎んでるのは確かだから、迫力もなかなかだったけどな」
エリはそう言って苦笑する。
アリスには不可解だった。エリは、サラのあの様子が演技だと言うつもりか。理性的判断だと、どうして信用出来る? サラは、ルシウス・マルフォイを憎んでいるのだ。息子であるドラコと別れ、彼を殺そうとしてしまった事もある程に。
エリは、その事を知らない。
「とにかく、ハリー達と合流しないと――」
ロンの言葉は、途中で途切れた。
激しい爆音と共に扉が消し飛ばされ、赤い閃光がロンを襲い闇の彼方へと吹き飛ばした。
「ロン!」
アリス達は、少しでも死喰人から離れようと三々五々逃げ出す。
扉を突き破って入って来た死喰人が、ジニーの足を掴んだ。
「レダクト!」
ルーナが叫び、死喰人の目の前にあった冥王星が爆発した。同時に、ボキッと言う嫌な音と、ジニーの悲鳴が部屋中に響き渡った。
死喰人は怯み、ジニーの足を手放す。無重力の空間を、ジニーは踵を抑えるようにうずくまった姿勢でくるくると回転しながら死喰人から離れて行く。
「ジニー!」
「あっぶねぇ!」
ジニーの方へと駆け寄るルーナに、もう一人の死喰人が杖を向けていた。エリが、その死喰人へとタックルをかます。呪文はそれ、闇の向こうで何か別の惑星を爆発させた。
「くっ……アバダ――」
「エクスペリアームス!」
エリと取っ組み合っていた死喰人の杖が、ジニーの方へと飛んで行く。しかしジニーは杖こそ死喰人に向けたもののうずくまったままで、飛んで来る杖をキャッチ出来そうにはなかった。
近くまで来ていたルーナが飛んで来た死喰人の杖を取り、両手と膝を使って真っ二つに折った。迷いのない素早い行動だった。
「貴様!!」
杖の持ち主である死喰人は怒号を上げ、エリを振り払ってルーナ達の方と追って行く。
アリスは懐をまさぐる。二人を助けなければ。この距離なら、アリスでも何とか届くかもしれない。
その時、開け放たれたままの扉の向こうから声が聞こえた。
「スリザリンの小娘を捕まえろ! そいつは恐らく、シャノンの妹だ! 息子から聞いた事がある! そいつは魔法が使えないスクイブだ!」
アリスは、ぞっと身の毛がよだつのを感じた。
杖を折られた死喰人は、怒りに任せてジニーとルーナを追い駆けて行く。冥王星爆発のショックから立ち直った死喰人の視線が子供たちのローブを順番に確認し、アリスへと固定される。
「え……や……っ」
「ペトリフィカス・トルタス!」
アリスに襲い掛かろうとした死喰人は、バチンと手足を真っ直ぐに閉じ、動かなくなった。
エリは石化した死喰人の横を駆け抜け、アリスの手を取る。
「こっちだ!」
エリに手を引かれるがままにアリスはひた走る。ジニーとルーナはどうなったのか、ロンは無事なのか、確認する余裕もないまま、闇の中にぽっかりと浮かぶ扉に二人は駆け込んで行った。
「ステューピファイ!」
迫り来る死喰人に、サラは失神の呪文を放つ。倒れ込む死喰人を追い払い呪文で飛ばし、更に後から続いて来る死喰人へとぶつける。
予言の間を抜け出す事は出来たが、サラは今、自分がどこにいるのかてんで検討がつかなかった。部屋の壁沿いに並ぶ棚に何が入っているかなど見る間もなく、奥の扉を通り抜ける。そして辿り着いたのは、黒い壁に囲まれた円形のあの部屋だった。
「着いた……!?」
サラは、室内を見回す。残念ながら、ハリー達三人もいなければ、ロン達五人も部屋にはいなかった。扉に記していたハーマイオニーの焼印も消えてしまい、どれが出口への正解だか分からない。
一瞬の迷いでその場に立ち止まったサラを、閃く紫の光が襲った。
「……っ」
身をかわしたが、完全には避けきれなかった。額に痛みが走り、目の前へと血が滴る。サラはぐいと袖で目の周りを拭い、振り返った。
「インセンディオ!」
サラの放った呪文は弾かれ、壁に焼け焦げを作る。
死喰人は、ぴたりと杖の照準をサラの胸に合わせていた。
「どうやらここまでのようだな、サラ・シャノン」
「……あら。ヴォルデモートは、自分と同じ血を引く私に随分とご執心だったようだけど? ここで私を殺したら、リサ・シャノンを殺めたルシウス・マルフォイの二の舞になるんじゃないかしら?」
「殺しはしない。――お前は、我々と共に来てもらう。杖を床に置け」
サラと死喰人はしばらく睨みあっていたが、やがてサラは観念したように杖を床に置いた。
「そうだ、それでいい」
仮面で顔は見えないが、ニヤリと口元を歪めているであろう事は想像に難くなかった。
死喰人は杖を下ろし、サラの方へと歩み寄って来る。サラは彼から目を離さず、じっと見据えていた。
突如、死喰人は立ち止まった。首元に手をやり、苦しそうに呻く。――首を絞めるぐらいなら、杖を使わなくても出来る。
サラは足元に放った自分の杖へと手を伸ばす。
しかし、拾おうとした杖は火花を出し、サラは手を引いた。怯んだ一瞬の間に、死喰人に突き倒される。ごつごつとした大きな手が、サラの首を締め上げていた。
「ぐ……ぅ……ッ」
「小娘が小賢しい真似を……!」
息が出来ない。やり返そうにも意識が朦朧として、視点が定まらない。
腕を掴み返し抵抗するも、サラの腕力ではビクともしなかった。押しのけようとする力も、段々と入らなくなって来る。
「――ステューピファイ!」
赤い閃光が死喰人を襲い、サラの気道が解放された。サラは身を起こし、ゴホゴホと咳き込む。
「サラ! 大丈夫かい!?」
聞き慣れた声がする。顔を上げると、涙でぼんやりとした視界にハリーの顔が映った。
「ハ、リー……ありがとう……」
ハリーはサラの杖を拾い、差し出す。受け取りながら、サラはハリーの背後へと目をやった。ネビル、そしてネビルに背負われたハーマイオニー。
「ハーマイオニー!?」
サラは急に立ち上がろうとして、ふらりとよたついた。ハリーに支えられ、ハーマイオニーへと駆け寄る。ハーマイオニーはぐったりとして動かず、その顔は蒼白だった。
「ハーマイオニーはいったいどうしたの!? まさか――」
「み゛ゃぐはあっだ」
ネビルが答えた。見れば、ネビルも酷い有様だった。鼻が折れ、だらだらと血が流れ続けている。繰り返し拭っているせいで、ネビルのローブの袖は血塗れだった。
「じっとしてて」
サラはネビルの鼻へと杖を向ける。そして軽く振った。ネビルは恐る恐る、血を拭う。それ以上、血は流れてこなかった。
「凄い! ありがとう」
「血を止めただけ。骨を治す事は出来ないわ。マダム・ポンフリーに見てもらわないと……」
「サラ、他の皆は?」
ハリーの問いにサラが答える前に、扉の一つがパッと開いた。倒れ込むようにして、三人が部屋へと入って来る。
「ロン!」
ハリーが真っ先に三人へと駆け寄った。
「ジニー――皆、大丈――」
「ハリー」
ロンは力ない笑顔を浮かべていた。――何か、おかしい。
「ここにいたのか……ハハハ……ハリー、変な格好だな……めちゃくちゃじゃないか……」
「ジニー? 何があったんだ?」
ジニーの方も、重症だった。ただ頭を左右に振っただけで、荒い息をしてその場に座り込み踵を掴む。
「踵が折れたんだと思うよ。ポキッと言う音がきこえたもん」
答えたのは、ルーナだった。
「死喰人に追われて、サラが囮になって部屋から出る扉に逃げ込んだんだ。惑星がいっぱいの暗い部屋で、あたし達、
しばらく暗闇にぽっかり浮かんでたんだ――」
「ハリー、『臭い星』を見たぜ」
ロンは口の端からどす黒い血を垂らしながらヘラヘラと笑った。
「ハリー、分かるか? 僕達、『モー・クセー』を見たんだ――ハハハ――」
「やつらの一人がジニーの足を捕まえたから、あたし、『粉々呪文』を使ってそいつの目の前で冥王星をぶっ飛ばしたんだ。だけど……」
ルーナはジニーの方へ眼を向ける。どうやら、ジニーの踵も巻き込まれて粉々になってしまったと言う事らしい。
「それで、ロンの方は?」
「ロンがどんな呪文でやられたのかわかんない。だけど、ロンがちょっとおかしくなったんだ。連れてくるのが大変だったよ」
「エリとアリスは? 一緒じゃないの?」
サラは急き込んで尋ねる。
ルーナは首を振った。
「別の扉から出て行っちゃったみたい。あたし達の方に死喰人がやって来て、アリスの方も、魔法が使えないから狙えって声が聞こえて、死喰人が追い駆けて行って……どうなったかは分かんない」
サラは息をのむ。
「二人の事は、僕が探す」
ハリーがきっぱりと言い放った。
「サラ、こっちへ来てくれ。ロンを頼む。ルーナはジニーを支えて。君達は、この部屋を出るんだ」
「それであなた達を置いて行けって言うの? そんなの、出来る訳ないじゃない!」
「負傷者を連れて戦えない」
「私は戦えるわ! たかが踵じゃない」
ルーナに助け起こされながら、ジニーはいきり立つ。しかし二本足で立とうとした途端ぐらりと身体が傾き、ルーナに掴まった。
「それなら、私が残るわ。私がここに残って、エリとアリスを探す。ロンの身体は、私が支えるには大き過ぎるわ。それに、エリも、アリスも、私の妹だもの」
それ以上議論している暇はなかった。その時、ロン達が入って来たのとは反対側の扉が勢い良く開き、三人の死喰人が飛び込んで来たのだ。
「いたぞ!」
ベラトリックス・レストレンジが甲高く叫んだ。
「プロテゴ!」
サラは咄嗟に盾の呪文を唱え、ベラトリックス・レストレンジの放った失神呪文を防ぐ。
ロンを抱えたハリー、ジニーとルーナがすぐそばの扉へと駆け込み、サラもネビルとハーマイオニーを手伝いながら後に続く。
最後にサラが通った途端、ハリーが扉を閉め唱えた。
「コロポータス!」
密閉された扉に、三人の死喰人が体当たりする音が聞こえた。
「構わん! 他にも通路はある――捕まえたぞ。奴らはここだ!」
ベラトリックスとは違う、男の声だ。
サラは部屋を見渡し、落胆した。「脳の間」だった。壁一面に扉があり、中央には水槽が置かれ、醜悪な脳みそが揺らめいている。
サラ、ハリー、ネビル、ルーナの四人は、急いで部屋にある扉という扉を封じて回った。扉の向こうからは足音が聞こえ、体当たりする音が聞こえた。
「コロ――」
ルーナの呪文が途切れ、悲鳴に変わった。
サラは部屋の反対側を振り返る。ルーナが宙を飛び、机にぶつかって動かなくなった。封じ損ねた扉から、死喰人が雪崩れ込んで来る。
「ポッターを捕まえろ!」
ベラトリックスがハリーへと襲い掛かる。サラは救援に入ろうとしたが、赤い閃光が行く手をふさいだ。机の裏側に隠れる。顔半分だけのぞかせて様子をうかがうと、仮面の割れた死喰人がサラへと杖を向けていた。直ぐに頭を引っ込める。失神呪文が、サラの頭頂部ギリギリを通り抜けて行った。
「おい、ハリー、ここには脳みそがあるぜ。ハハハ……気味が悪いな、ハリー?」
サラの顔が、サッと青ざめる。――ロンは、何をしている?
机の下から、ふらふらとハリーの方へ歩くロンの足が見えた。
「ロン、どくんだ。伏せろ――」
ハリーが切羽詰まった声で諭すも、ロンには届いていなかった。
「ほんとだぜ、ハリー、こいつら脳みそだ。ほら――アクシオ! 脳みそよ、来い!」
「ロン!!」
サラは隠れるのも忘れ、机の陰から身を起こした。
赤い閃光は飛んで来なかった。サラ、ハリー、ジニー、ネビル、そして死喰人までもが、我を忘れて水槽の上を見つめていた。
緑色の液体の中から、脳みそが一つ飛び出した。くるくると回転しながらロンへと飛ぶ。何本もの尾を引くその姿は、まるでクラゲのようだった。
「ハハハ、ハリー、見ろよ――ハリー、来て触ってみろよ。きっと気味が――」
「ロン、やめろ!」
ハリーが叫ぶも空しく、ロンは飛んで来た脳みそを掴んでいた。途端、何本もの触手がロンに絡みつき始める。
「ハリー、どうなるか見て――あっ――あっ――嫌だよ――だめ、やめろ――やめろったら――」
触手は留まる事を知らずに伸び、ロンをがんじがらめにしていた。ロンはひっぱり引きちぎろうとするが、到底敵わない。
「ディフィンド!」
ハリーが唱えたが、触手には何の効果もなかった。ロンはもがきながら机の向こうに倒れ込む。
「ハリー、ロンが窒息しちゃうわ!」
ジニーが叫ぶ。次の瞬間、我に返った死喰人の一撃がジニーの顔を直撃し、ジニーはその場に倒れ動かなくなった。
「ロン!」
サラは机をくぐり、ロンの方へと向かう。
「ディフィンド!」
ハリーと同じく切り裂き呪文を唱えてみたが、やはり何の効果もない。燃やすか? しかし、それではロンも無事では済まないだろう。アリスがいれば、あの魔法薬を触手にだけかける事で何とか出来たかもしれないのに――
「ハリー!」
ネビルの叫ぶ声が聞こえた。
サラは机の下から頭を出す。死喰人達はもういなかった。誰もが、部屋の反対側へと疾走している。その少し先ではハリーが、予言の玉を頭上高く抱え走って行っていた。
ハリーは、一人で死喰人達を相手取るつもりだ。
サラとネビルは顔を見合わせ、うなずく。そして、死喰人達の後を追って駆け出した。
ハリーを一人にしてはいけない。
あの予言を、ヴォルデモートの手に渡らせてはいけない。
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2018/04/30