不死鳥の騎士団の五人が神秘部の方へと駆け去ってからしばらくして、周囲の景色は元通り、天井が上に床が下にある状態になった。アリスは、身を潜ませていた低い棚の下から這い出て、辺りを見回す。
 戦いが終わったのだろうか。死喰人を追い払う事が出来たのだろうか。部屋から遠く離れたこの場所では、何も状況を知る事が出来なかった。
 部屋に戻り、皆と合流するべきだろうか。でももし、まだ戦いの最中だったら? 誰かが探しに来てくれるまで、ここで待っているべきだろうか。
 決めあぐねていると、不意に冷たい声が無機質な廊下に響いた。
「アリス・モリイ――誇り高き我がスリザリンの血を引く者よ」
 心臓まで凍り付かせるような声だった。
 アリスの血筋の事を知っている者は、そう多くない。そしてその誰もが、スリザリンをこんな風には言わない。
 アリスは振り返る。
 いったい、いつの間に現れたのか。背の高い痩せた姿が廊下に佇んでいた。黒いフードの下から覗く顔は白く、人の肌とは思えない。蛇のような赤い瞳はアリスを捕らえ、逃がしはしなかった。
(――嘘。)
 どうして、彼がここに。
 シリウス達は、戦いに敗れたのだろうか。それでは、エリも、サラやハリー達も――
(逃げなくちゃ)
 踵を返し走りだそうとしたアリスの正面に、黒い煙が回り込み、そして背後にいたはずの人型へと変貌した。
「初めて出会う親族を前に、言葉もなしに逃げる法はないだろう」
 ――駄目だ、到底逃げられない。
 アリスは絶望に打ちひしがれ、正面の人物を見つめる。
 ヴォルデモート卿――サラやハリーを「生き残った子」せしめた闇の帝王、その人を。





No.70





 周囲の戦う音も、叫び声も、どこか遠い彼方から聞こえているかのようだった。世界は色褪せ、まるで古い映画でも見ているかのよう。その渦中に自分がいると言う実感は沸かず、顔の真横を緑の閃光が通り過ぎて行っても、サラはただぼんやりと騎士団と死喰人が戦う光景を眺めていた。
 ――これは、本当に現実なのだろうか?
 また悪い夢でも見ているんじゃないだろうか。だって、何も感じない。死喰人達から逃げようと仲間達と共に駆けずり回っていたのも、ベラトリックス相手に必死に戦っていたのも、今や、自分の事のようには思えなかった。これまでの全てが、まるでテレビドラマでも眺めていたかのよう。事実は記憶に存在していても、そこに何の感情も沸きはしなかった。
 この戦いも、いずれ、終わる。その行く末に然して興味は沸かなかった。ただ、時が流れる。それだけの事。万が一、騎士団が敗れサラ達に魔法省潜入のレッテルを張られようとも、アズカバンに入れられようとも、何なら今この場で殺されようとも、サラは全てがどうでも良かった。
「サラ――サラ!!」
 フッと世界に音と色が戻った。戦いの喧噪の中、サラは冷たい床に座り込んでいて、ネビルが心配そうな顔でサラをのぞき込んでいた。
「大丈夫? あ、いや、ごめん――大丈夫じゃないよね……シリウス・ブラックって、確か、君の……」
 ネビルは気遣うように言い淀む。
 ただ景色として眺めていた情報が、一気に頭の中へと流れ込んで来ていた。ダンブルドアは、逃げ出そうとする死喰人を、次々と蟻地獄のように中央の窪みへと引き落としている。階段下に横たわるトンクスの元へは、ムーディが様子を見に行っていた。階段の上では、ルーピンが死喰人と戦っている。
「――ハリーは?」
 辺りを見回し、サラは尋ねた。
 近くに、ハリーの姿は見えなかった。混戦する部屋の中央に目を凝らしてみても、それらしき姿はない。
「ハリーは、ベラトリックス・レストレンジを追って行っちゃって、ルーピン先生が止めに――あっ」
 階段の方を振り返ったネビルは、ルーピンが死喰人に足止めを食らってまだそこにいるのを見て、声を上げた。
 その横を、サラは出口の方へと駆け上って行った。
「駄目だ、サラ――サラ!!」
 ネビルが叫んだ時には、サラは既にルーピンと死喰人が戦う横をすり抜け、出口へと向かっていた。ルーピンも何か叫ぶのが聞こえたが、サラの耳にはもう届いていなかった。
 部屋に置かれていた水槽は、床に投げ出されていた。水槽の中を泳いでいた脳みそは、零れた液体とは少し離れた場所にまとまって落ちていた。ヌメヌメした床に足を取られそうになりながら、サラは反対側で開きっぱなしになっている戸口へと走る。壁際に座り込んだジニーが怪訝そうに問うのが聞こえた。
「さっきハリーが走って行ったわ。サラ、いったい何が――」
 飛び込んだ先は、あの黒い円形の部屋だった。壁が回転する――出口の手がかりとなるような印は何も、残されていない。
「構ってる暇なんてないのよ! 外へ出して!!」
 言葉が通じたのか、それとも外部からの手が入っていたのか、パッと一つの扉が開いた。罠かもしれない。ベラトリックスを追って行ったのは、ハリーのみ。そして、その後に続くサラ。ヴォルデモートが何度も罠に引き込もうとしている顔ぶれだ。
 罠でも構わない。今は、ハリーに追いつく事が先決だった。ベラトリックス・レストレンジは、ハリー一人で敵うような相手ではない。
 サラは迷わず、開いた扉を出て行った。エレベーターの扉が開閉する間も惜しく、上へと昇る。ベラトリックスがダンブルドアから逃げたのであれば、外へ向かおうとするはずだ。少なくとも、逃亡を図らなければならない今になって魔法省の奥深くへ逆走する意味などないだろう。

 アトリウムに着く前から、ホールに響き渡る声がエレベーター内にも聞こえて来た。冷たく嘲るような、ベラトリックス・レストレンジの声だった。
「――本気になる必要があるんだ、ポッター! 苦しめようと本気でそう思わなきゃ――それを楽しまなくちゃ――まっとうな怒りじゃ、そう長くは私を苦しめられないよ――」
 早く、早く。取り返しのつかない事になる前に。
 アトリウムに着き、サラはエレベータを飛び出す。喋り続けるベラトリックスの位置を把握するのは容易だった。噴水の向こう、ホールの奥。
「――どうやるのか、教えてやろうじゃないか、え? 揉んでや――」
「アバダ ケダブラ」
 静かな、しかしはっきりとした声がホールに響いた。緑色の閃光が轟音と共に迸り、ベラトリックスの顔の横を通り抜けて行く。ベラトリックスは突然の事に身動きを止め、驚愕に目を見開いた表情で固まっていた。
「――こう言う感じで良いのかしら? 教えてもらうまでもなさそうね」
「サラ!」
 ホールの中央にある噴水の陰に隠れるようにして、ハリーはうずくまっていた。ベラトリックスと同じように、目を丸くしてサラを見つめている。
「クク……」とベラトリックスの口から笑い声が漏れた。徐々に大きくなった笑い声は、アトリウム中に響き渡る。そして、杖の先がサラへと向けられた。
「クルーシオ!」
 サラは横っ飛びになって呪文を避けた。この距離で正面からなら、ブラッジャーを避けるのと大差ない。真っ直ぐにしか飛んでこない分、ブラッジャーよりも避けやすいと言うものだ。
「ステューピファイ!」
 回避が容易なのは、相手も同じだった。サラの呪文をいとも容易く弾き、なおも磔の呪文を放って来る。
 狙い通り、ベラットリックスの攻撃対象は完全にサラへと移っていた。
 片や、恐らく磔の呪文を使おうとして失敗した少年。片や、本当に死の呪文を放ってきた少女。ベラトリックスなら、後者を優先的に倒すべき危険因子と見なすだろうという目論見は、間違っていなかったようだ。
「どうしたんだい、もう死の呪文は撃たないのかい? 大好きなパパを殺されて、憎いだろう? 悔しいだろう?」
 ――パパ。
 父親。
 一瞬、サラの思考が鈍った。杖を振る腕が止まったその間に、赤い閃光がサラへと迫っていた。
「プロテゴ!」
 盾の呪文がベラトリックスの呪文を目の前で弾き、その衝撃にサラは尻もちをつく。
「サラ!!」
 腕を引かれるままにサラは立ち上がり、走った。たった今までサラが座り込んでいたその場所に、砕けたガラス片が降り注ぐ。サラとハリーは先ほどまでハリーが一人でやっていたように、噴水に身を寄せてしゃがみ込んだ。
「どうしてこっちに連れて来たのよ! 二人で同じ場所にまとまったら、私が彼女の気を引いた意味がないじゃない!」
「それじゃあ、ガラスが君に突き刺さりまくるのを黙って眺めてれば良かったって言うのか? 他に隠れられる場所がないんだから、仕方ないじゃないか!」
 激しい音を立て、噴水に飾られていた像の腕が弾け飛んだ。
「さあ、お遊びは終わりだよ! 予言をこっちに転がして渡すんだ――そうすれば、命だけは助けてやろう!」
 サラはフッと鼻で笑った。ハリーが、大声で返した。
「それじゃ、僕達を殺すしかない。予言はなくなったんだから! ――それに、あいつは知っているぞ!」
 ハリーは相手を挑発するように大声で笑いながらも、額を押さえていた。きっと、また傷跡が痛んだのだろう。
「お前の大切なヴォルデモート様は、予言がなくなってしまった事をご存じだ。お前の事も、ご満足はなさらないだろうな?」
「なんだって? どういう事だ?」
 ベラトリックスの声が、初めて怯えを見せていた。
 ハリーの顔が歪む。額にやった手は、まるで額に爪痕でも残そうとしているかのように力が入っていた。
「ハリー、大丈――」
「ネビルを助けて石段を上ろうとした時、予言の球が砕けたんだ!」
 片手を上げてサラを制し、ハリーはベラトリックスに叫んだ。
「ヴォルデモートは、果たして何と言うだろうな?」
「嘘つきめ!!」
 叫んだベラトリックスの声は引きつっていた。怒りと、そして恐怖が彼女をじわじわと侵食しているのが分かった。
「お前は予言を持っているんだ、ポッター。それを私によこせ! アクシオ、予言よ来い! アクシオ……!」
 ハリーは高笑いした。痛みに堪えながらもただひたすら笑うその様は、怒りと憎しみでおかしくなってしまったのではないかとさえ思えた。
「何もないぞ! 呼び寄せる物なんか、何にもない! 予言は砕けた。誰も予言を聞かなかった。お前のご主人様にそう言え!」
「違う!」
 ベラトリックスの声は、今やほとんど悲鳴に近かった。
「嘘だ。お前は嘘をついている! ご主人様! 私は努力しました。努力致しました――どうぞ私を罰しないでください――」
「言うだけ無駄さ! ここからじゃ、あいつには聞こえないぞ!」
「そうかな? ポッター」
 ホールに響いたのは、ベラトリックスでもハリーでも、もちろんサラでもない、別の甲高い冷たい声だった。
 サラはハリーから視線を外し、顔を上げる。

 ヴォルデモート卿が正面に佇み、ハリーとサラへと杖を向けていた。

 背後は噴水。運良くその向こう側へと回り込んでも、ベラトリックス・レストレンジがいる。万事休すだ。
「そうか、お前が私の予言を壊したのだな? ベラ、こいつは嘘をついていない……こいつの愚にもつかぬ心の中から、真実が見つめ返しているのが見えるのだ……何ヶ月もの準備、何ヶ月もの苦労……その挙句、我が死喰人達は、またしても、ハリー・ポッターとサラ・シャノンが私を挫くのを許した……」
「ご主人様、申し訳ありません。私は知りませんでした。動物もどきのブラックと戦っていたのです! ご主人様、ご理解くださいませ――」
「黙れ、ベラ」
 ヴォルデモートの声は、どこまでも冷たかった。
「お前の始末はすぐつけてやる。私が魔法省に来たのは、お前の女々しい弁解を聞くためだとでも思うのか?」
「でも、ご主人様――あの人がここに――あの人が下に――」
「ポッター、私はこれ以上何もお前に言う事はない。お前はあまりにも頻繁に、あまりにも長きに渡って、私を苛立たせてきた。アバダ ケダブラ」
 何の前触れもなく、唐突な呪文だった。杖を上げる暇もなく、それでも咄嗟にハリーをかばうように押し倒せたのは、その呪文がサラにとっては身近なものとなっていたからか。
 盾の呪文など唱えていない。自らが盾になるだけ。しかし、サラの意識が途切れる事はなかった。振り返れば、魔法使いの像が台座から飛び降り、サラとハリーを守るように両腕を広げてヴォルデモートとの間に佇んでいた。
「――ダンブルドアか!」
 サラとハリーは身を起こし、振り返った。アトリウムの奥にある金色のゲートの前に、ダンブルドアが立っていた。
 ヴォルデモートの杖から、緑の閃光がダンブルドアを目がけて飛ぶ。ダンブルドアはくるりと回転してマントの渦の中に消え、ヴォルデモートの背後へと「姿現し」した。噴水に残った像達が、ダンブルドアの杖の動きに従い動き出す。魔女の像はベラトリックスに向かって走り、彼女を取り押さえた。小鬼と屋敷僕妖精は、ヴォルデモートへと突進した。サラとハリーは首を失った魔法使いの像に後ろへと押しやられ、ダンブルドアがヴォルデモートの前へと進み出た。黄金のケンタウルス像が、二人を輪の中に捕らえるようにゆっくりと駆けていた。
「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。闇祓い達が、間もなくやって来よう――」
「その前に、私はいなくなる。そして、貴様は死んでいるだろう」
 ヴォルデモートは、またしても死の呪文を放った。しかし呪文は外れ、守衛のデスクを炎上させただけだった。
 ダンブルドアとヴォルデモートの戦いは凄まじいものだった。離れた位置で像に守られているサラとハリーでさえも、呪文が通り過ぎる時は髪の毛が逆立つのを感じた。
「私を殺そうとしないのか、ダイブルドア? そんな野蛮な行為は似合わぬとでも?」
 空中から取り出した銀色の盾でダンブルドアの呪文を防ぎ、ヴォルデモートは問うた。嘲るような問いかけに、ダンブルドアは極めて冷静だった。
「お前も知っての通り、トム、人を滅亡させる方法は他にもある。確かに、お前の命を奪うだけでは、わしは満足はせんじゃろう……」
「死よりも酷な事は何もないぞ、ダンブルドア!」
 唸るヴォルデモートを、サラはまじまじと見つめていた。

『――死ほど残酷な物は無いって、私は分かってる』

 いつ、誰に対して言った言葉だったか。まただ。ヴォルデモートとサラは、似ている。それは、抗いようのない事実だった。そしてその事実は、サラの胸をチクチクと蝕んだ。
「死よりも酷い事があると言うのを理解できんのが、まさに、昔からのお前の最大の弱点よのう――」
 サラは眉根を寄せる。それは、まるで自分にも言われたかのようだった。
 死よりも酷い? ダンブルドアはいったい、何を言っているのか。死んでしまったら、全て終わってしまうのだ。何もなくなってしまう。
 そして、ハタと気が付いた。
 ――その『死』を、先ほどのサラは受け入れようとしていたのではないのか。
 この場で死んでしまっても構わない。そう思った。そこに恐怖はなかった。もっとも、恐怖以外の感情も失っていたのだが――
 突如として隣で響き渡った叫び声に、サラは我に返った。
 ハリーは身もだえ、その場に昏倒する。サラは手と膝をつき、ハリーに呼び掛けた。
「ハリー! ハリー! しっかり――」
「――私を殺せ、今すぐ。ダンブルドア」
 ハリーの口からついて出た声に、サラはぞっと血の気が引くのを感じた。
 見回せば、ヴォルデモートの姿が無くなっていた。ダンブルドアは珍しく焦りの色を浮かべ、ハリーを見下ろしていた。
「死が何物でもないなら、ダンブルドア、この子を殺せ……」
「嘘……嘘! 先生、お願い! ハリーを助けて!!」
 ヴォルデモートが、あろう事か、ハリーに取り憑いたのだ。
 サラはハリーの横に座り込んだまま、ダンブルドアを仰ぎ見る。このままでは、ハリーが死んでしまう。もちろん、ハリーごと殺すなんてもっての外だ。何とかして、ヴォルデモートをハリーから引き剥がさねば――
 不意に、ハリーの口から出ていた甲高い声が呻き声を上げた。黒い煙が立ち上り、ベラトリックスの方へと飛ぶ。煙はヴォルデモートの姿に戻り、ベラトリックス・レストレンジを掴んで姿をくらました。あまりにも一瞬の出来事で、ダンブルドアですらヴォルデモートに攻撃を加える暇もなかった。
「何だ、今のは!?」
 また聞こえた新たな声に、サラは辺りを見回した。
 ホールを取り囲む暖炉と言う暖炉に炎が灯り、次々とアトリウムへ人が流れ込んで来ていた。ヴォルデモートの退場と共に、追い出されていた役人達が戻ってきたらしい。逃げ去るヴォルデモートを目撃した彼らは、さざめき合ったり、叫び声をあげたりしていた。しかし今は、そんな事はどうでも良かった。
「ハリー! ハリー! 聞こえる?」
 ハリーはもう叫びはしなかったが、震えていた。倒れた際に落ちた眼鏡を拾い、ハリーに渡してやる。受け取った眼鏡を掛けながらも、ハリーは上手く状況が呑み込めていないようだった。
「ハリー、大丈夫か?」
「はい」
 ダンブルドアに聞かれ、ハリーは答えた。
「ええ、大丈――どこに、ヴォルデモートは、どこに――誰? こんなに人が――いったい――」
「『あの人』はあそこにいた!」
 人ごみを掻き分け、コーネリウス・ファッジがこちらへと向かって来ていた。ファッジのマントの下からはパジャマがのぞいていて、いつの間にか真夜中になっていた事をサラは知った。
「ファッジ大臣、私は『あの人』を見ました。間違いなく、『例のあの人』でした。女を引っ掴んで、『姿くらまし』しました!」
「わかっておる、ウィリアムソン、分かっておる。私も『あの人』を見た!」
 ファッジは息を切らし、そしてしどろもどろだった。散々復活を否定してきたヴォルデモートを魔法省の中で見かけ、狼狽しているのがありありと伝わってきた。
「コーネリウス、下の神秘部に行けば、脱獄した死喰人が何人か、『死の間』に拘束されているのが分かるじゃろう。『姿くらまし防止呪文』で縛ってある。大臣がどうなさるのか、処分を待っておる」
「ダンブルドア!」
 たった今その存在に気づいたと言うように、ファッジは叫んだ。そして、脇を固める闇祓い達をおろおろと見回す。逮捕を命ずるべきかどうか、迷っている様子だった。
「コーネリウス、わしはお前の部下と戦う準備は出来ておる。――そして、また勝つ!」
 ダンブルドアの声が轟いた。混乱しさざめいていた人垣も、今やピタリと押し黙り、ダンブルドアとファッジの会話を見守っていた。
「しかし、つい今しがた、君はその目で、わしが一年間君に言い続けて来た事が真実じゃったと言う証拠を見たであろう。ヴォルデモート卿は戻って来た。この十二ヶ月、君は見当違いの男を追っていた。そろそろ目覚める時じゃ!」
「私は――別に――まあ――」
 ファッジは助言を求めるように周りを見回す。誰も、何も言わなかった。
「よろしい――ドーリッシュ! ウィリアムソン! 神秘部に行って、見て来い……ダンブルドア、お前――君は、正確に私に話して聞かせる必要が――『魔法界の同胞の泉』――いったい、どうしたんだ?」
 半ば泣きべそで、ファッジは噴水の淵だけ残してほぼ全壊している噴水を見つめた。
「その話は、わしがハリーとサラをホグワーツに戻してからにすれば良い」
「ハリーとサラ――ハリー・ポッターとサラ・シャノンか?」
 ファッジの目が、壁際に立ち尽くすハリーとサラを捉えた。
「二人が――ここに? どうして――いったい、どういう事だ?」
「わしが全てを説明しようぞ。二人が学校に戻ってからじゃ」
 ダンブルドアは噴水のそばを離れ、床に転がった魔法使いの像の頭部へと歩み寄った。そして、杖を頭部へと向ける。
「ポータス」
「ちょっと待ってくれ、ダンブルドア!」
 頭部を拾い上げてサラ達の所へと戻るダンブルドアを、ファッジが慌てて呼び止めた。
「君にはそのポートキーを作る権限はない! 魔法大臣の目の前で、まさかそんな事は出来ないのに、君は――君は――」
 ダンブルドアに見つめ返されると、ファッジの声は尻すぼみになり消えて行った。
「君は、ドローレス・アンブリッジをホグワーツから除籍する命令を出すが良い。部下の闇祓い達に、わしの『魔法生物飼育学』の教師を追跡するのをやめさせ、職に復帰出来るようにするのじゃ。君には――」
 ダンブルドアは、ポケットから時計を出してちらりと眺めた。一瞬見えた文字盤には十二本もの針があり、それぞれの数字を指していた。
「――今夜、わしの時間を三十分やろう。それだけあれば、ここで何が起こったのか、重要な点を話すのに十分じゃろう。その後、わしは学校に戻らねばならぬ。もし、更にわしの助けが必要なら、もちろん、ホグワーツにおるわしに連絡をくだされば、喜んで応じよう。校長宛の手紙を出せばわしに届く」
「私は――君は――」
 驚愕と恥と怒りと衝撃で混乱しているファッジに背を向け、ダンブルドアはサラとハリーに黄金の頭部を差し出した。
「このポートキーに乗るが良い、ハリー、サラ」
 サラとハリーは、頭部へと手を添える。
「三十分後に会おうぞ。いち……に……さん……」
 ダンブルドアがカウントした途端、サラはぐいと引っ張られ、足がアトリウムの床から離れるのを感じた。
 周囲の色が渦巻く。顔も、音も分からなくなり、ただ色彩の渦の中をサラは流れに身を任せ運ばれて行った。


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2018/06/17