「おめでとーっ!」
 お祝いの言葉と共に、パァンと巨大なクラッカーが弾ける。
 声は一人分、弾けたクラッカーも一つだけ。もう一人は、呆れたようにマリアを見ていた。
「ほら! リチャードも、おめでとうって言うの!

今日は、アルバスが教師になった、お祝いパーティーなんだから!!」





No.1





 その場所を知る人は限られている、マリアの家。
 その場にいるのは、三人の男女だった。
 家の主、マリア・シノ。パーティーの主人公、アルバス・ダンブルドア。そして二人の友人、リチャード・グリーン。
 リチャードは呆れたように深い溜め息を吐いた。そして皮肉たっぷりに言う。
「あー、はい、はい。やっと定職に就けて良かったな」
「今までだって定職だい!」
「色々やってて、何があんたの仕事だか不明だったけどな」
「いいじゃない? それだけ、社会に貢献してるって事なんだし」
 マリアは苦笑しながら、間に割って入る。
 二人共、相変わらずだ。でも、そんな二人が大好きだ。ずっと――もちろん、限られた時間の中でだが――許される限り、ずっと一緒にいられたら。そう思っていた。





「さあ……で……」

 微かに聞こえた声に、マリアは室内をきょろきょろと見回した。
 アルバスが首を傾げる。
「どうしたんだい、マリア?」
「今、何か聞こえなかった? 二人共、誰か一緒に来た?」
「ホグワーツのゴーストでもついて来たって言うのか?」
 そう言って、リチャードは肩を竦める。アルバスもきょとんとした表情だ。空耳だろうか?

「さあ、もう直ぐよ……」

 今度はハッキリと聞こえた。誰か、女性の声だ。
「やっぱり聞こえるわよ。何? また、何かアルバスが仕掛けてんの?」
 マリアは笑いながら、アルバスに問いかけた。だが、彼は首を振る。
「僕は何もしてないさ。マリア、本気で言ってるのかい? 大丈夫?」
「姿は変わらなくても、体の機能には老化が現れてるのかもな」
「……本当に、二人は聞こえてないの?」
 アルバスとリチャードは同時に頷く。
 冗談を言ってからかっている様子も無い。寧ろ、おかしな事を言うマリアを心配している。

 声はまだ聞こえる。
 いい加減、マリアも気味が悪くなってきた。
 この声は一体、何なのだろう? どうして、マリアだけに聞こえるのだろう?
「なぁ、それよりもこの変な臭いの方が気になるんだけど……」
 リチャードの言葉に、マリアはハッとして飛びあがった。
「いっけない! マグル式の方法でケーキ焼いてたのよ。忘れてたわ!」
 マリアは慌てて部屋を出て行った。どれぐらいやれば良いか分からない為、長めに設定して様子を見て取り出すつもりだったのだ。
 台所の扉からは、黒い煙が一筋漏れている。
「やだ、もう……まさか、燃えたりしてないわよねぇ……?」
 マリアはそっと、扉に手をかけた。
 マリアの後から、少し遅れてアルバスとリチャードが部屋から出てきていた。二人は、台所から漏れる煙を見て表情を凍りつかせる。
「待て、マリア! 開けちゃ駄目だ――」
 既に時遅く、マリアは扉を一気に開けていた。
 正面から、真っ赤な塊が突進してくる。爆音の中、微かに女性の声が聞こえた。










 話し声が聞こえる。どちらも知らない人だ。
 麻理亜はそっと目を開けた。
 そこは、見知らぬ部屋だった。光源は蝋燭のみの、薄暗い部屋だ。ホグワーツの地下牢教室を髣髴とさせる。
「目が覚めたみたいね……」
「おぅぁっ!? どちら様!?」
 突然掛けられた声に飛び跳ねながら、麻理亜は部屋の戸口を振り返った。長い黒髪の、美人な東洋女性が腕を組んで立っている。
 彼女は腕を解くと、麻理亜のいるベッドの脇へと歩いてきた。
「私の前に、突然人の家の敷地に現れた貴女の方から名乗るべきじゃなくって?」
「突然……?」
 嫌な予感がした。
 既視感。
 似たような事が、数百年前にもあった気がする。

 麻理亜の嫌な予感は的中した。
「貴女は、私の家の前の森で倒れていたのよ。本来なら、普通の人は入る事さえ出来ない筈なのに……どうやって現れたのか、知りたいものだわ」
 麻理亜は絶望的に呻いた。
 間違いない。自分は再び、異世界へとトリップしてしまったのだ。
 兎に角、ここは自分の状況を説明し、相手に分かってもらわねばならない。せめてこの世界はどんな世界なのかが分からねば、生活さえする事が出来ない。
「先に教えて。苗字と名前、どちらが先の方が一般的?」
「苗字よ。日本だもの」
 彼女は眉を顰めながら怪訝そうに答えた。
 言葉が自動的に翻訳されてしまうと、こういう時に都合が悪い。
「ありがとう。それじゃ、私の名前は紫埜麻理亜。話せば長くなるんだけど――」





 話し終えると、麻理亜は相手の様子を伺った。
 麻理亜が話したのは、自分が魔女だという事、異世界から来たという事。簡単にまとめれば、そういった内容だ。
 果たして、信じてくれるだろうか。
「魔女? ――貴女も?」
 驚いたように言うその言葉に、麻理亜は顔を輝かせた。
 若しかしたら異世界に来たというのは早とちりで、場所を瞬間移動しただけなのかもしれない。
「それじゃ、貴女もなのね? それじゃ、えーと……そうだ。魔法使い以外の事、マグルって言ったりする? ……あー、駄目だわ。これじゃ、イギリスだけの可能性がある……。ああ、そうだわ。クィディッチってあるかしら? あ、でもアジアって絨毯の方が一般的なんだっけ……」
「何? その、妙な発音の言葉は……。
それから、少なくとも私の知る限りでは絨毯を使う魔女なんていないわよ」
 麻理亜の希望は打ち砕かれた。ここはやはり、異世界のようだ。

「私は小泉紅子……。異世界なら同じ種か分からないけれど、魔女よ。
だから、貴女が魔女だって話は信じるわ……。異世界から来たって話は、保留させてもらうけど……。それで、宛てはあるの?」
 麻理亜はフルフルと首を左右に振った。
「それなら、帰る方法が分かるまで、ここにいてもよくってよ。他の物に触れなければ、書庫を調べるのに使っても構わないわ」
「本当!? ありがとう! 紅子、ね。よろしく!」
 取り合えず、一安心だ。
 何とかやっていけそうな気がする。


Next
「 Different World  第3部 黒の世界 」 目次へ

2007/05/07