時計の針が八時に近付き、サラとハーマイオニーは連れ立ってグリフィンドールの談話室を出た。この後待ち構える罰則に虚ろな目をしたハリーが、手を振り二人を送り出してくれた。ロンは寝室だ。
 ハグリッドの小屋から帰って来た後、スラグホーンの部屋での会食に誘われたのだ。ハリー、サラ、ハーマイオニーの三人だけ。ハリーはスネイプとの罰則があるため、誘いを断る事になったが、サラは逃げ出す口実を持っていなかった。
「ロンったら、何も拗ねなくても良いのに。スラグホーン先生もスラグホーン先生だわ。まるでロンだけ、いないみたいに。せっかく、今年もキーパーになれたのに……」
「そうね。せっかく、あなたのおかげでロンに決まったのに」
 何の気無しに言ったサラの言葉に、ハーマイオニーの顔がパッとピンク色になった。慌てたようにサラの腕を掴み、「しーっ」と人差し指を立てる。
「お願いよ、サラ。誰にも言わないで。特にマクラーゲンの前では」
「心配しなくても言うつもりは無いわ。私だって、彼には腹が立っていたもの。あなたが杖を出すのに気付かなければ、私がやってた」
 コーマック・マクラーゲン。確か、汽車でスラグホーンに呼ばれたお気に入り達の中にもいた生徒だ。彼もクィディッチ選手に立候補していて、ロンと同じキーパー志望だった。
 順番を待つ間、彼はサラ達の直ぐ目の前に控えていた。汽車で会った時にも思ったが、彼はなかなかに高慢な性格のようだ。特にウィーズリー家は見下しているようで、ロンやジニーに対して散々な言い様だった。
 キーパーの選抜。巡って来たマクラーゲンの番。彼のクィディッチ・スキルは、悪くなかった。むしろ、性格さえ問題なければ代表選手としてチームを支えて欲しかったぐらいだ。だが、彼が選手になるのはサラには耐えられなかった――ハーマイオニーも。
(まさか、ハーマイオニーが彼に錯乱の呪文をかけるなんてね……)
 サラは、横目でハーマイオニーを伺い見る。
 ロンとハーマイオニーのお互いへの感情は、サラとの間の友情とは違う。それは以前から薄々思っていたし、きっと間違ってはいないだろう。とは言え、こう言う時に「やらかす」のはだいたいサラの役割で、秩序を大切にするハーマイオニーが手を出したのは意外だった。





No.13





 スラグホーンの研究室の前で、同じくスラグ・クラブに呼ばれた一人と鉢合わせた。幸い、コーマック・マクラーゲンではなかった。
「サラ! ハーマイオニー! それじゃ、二人も先生に呼ばれたんだ?」
 エリは手を振り駆け寄って来る。サラへは意外そうな目を向けていた。
「一応、『生き残った女の子』補正の分が彼の中で残っているみたいね」
 サラは腕を組み、軽く肩を竦める。
「お前ら、クィディッチの後、どこ行ってたんだ? 選抜どうだったか聞こうと思ってたのに」
「聞かれたところで答えないわよ。あなたはハッフルパフでしょう。そちらの寮の子達も紛れ込んでいたから、その子達に聞いたら?」
「ハグリッドの所へ行っていたの」
 ハーマイオニーの返答は簡素だったが、エリはそれで察したらしく「あー……」と呻き声を上げた。
「今年になってから、やったらピリピリしてるんだよなあ……いやまあ、森に忍び込もうとして見つかったら追い払われるのはいつもの事だけど、最近は何かこう、不機嫌でおっかない感じで」
「あなた、森に忍び込んだりなんてしてるの?」
 サラは鋭い声で尋ねる。ヴォルデモートが復活し、厳戒態勢が敷かれ、ハリーやサラに至っては外へ出る度に護衛が付けられるような状況だと言うのに。
「大丈夫、大丈夫。奥の方には行かないし、決まった所にちょっと薬草とか諸々拝借しに行くだけだから」
「ハグリッドが言っていたわ。アラゴグがもう永くはないんですって。その影響で、アクロマンチュラの群れが落ち着かない様子だって……これまでと違う所に現れたりもするかもしれない。本当に危険な事よ」
 エリはきょとんと目を瞬いていた。
「アラゴグ? アクロマンチュラって?」
「人も捕食対象になり得る大きな蜘蛛よ。まあ、不用意に近付くのは懸命とは言えないわね」
 目の前の扉が開き、それ以上の会話は途絶えた。
「おやおや、優秀なお嬢さん達。それに、サラ! そんな所に立っていないで、入っておいで」
 スラグホーンは扉を押さえ、サラ達を招き入れる。室内には、ジニーを含む汽車で集められていたメンバー。そして、ジニーの隣には見知った顔が加わっていた。
「アリス!」
 エリがまた知り合いを見つけ、駆け寄って行く。
「エリも呼ばれていたのね。何をしているところを見つかったの?」
「えっ。これ、罰則の集まり!?」
 心当たりがあり過ぎるのだろう。エリはぎょっと顔色を蒼くする。
「いやいや、声を掛けた通り、食事の集まりだよ。エリも君と同じく、魔法薬の調合がなかなかの腕前でね。特に、好奇心と探究心が実に良い。それに加えて、咄嗟のひらめき。将来が実に楽しみだ。
 確か、君たちは姉妹だったね。サラ、エリ、そしてアリス――三姉妹ひと揃いだ!」
 シリウスの話の時に同じ言葉を一度聞いていたサラは動じなかったが、隣に立つハーマイオニーはピクリと眉を動かしていた。
「先生、それを言うなら『勢揃い』じゃないんですか? ひと揃いって、物みたい」
 エリが言った。ヒヤリと室内に緊張した空気が流れる。
 スラグホーンは一瞬、言葉を詰まらせたが、エリが怒っている様子もなく裏表無しの笑顔なのを見て、何事もなかったように言った。
「そう。その通りだ。さあ、さあ、お二人も座って――」
「やあ、サラ」
 マクラーゲンが立ち上がり、彼の隣の椅子を引いた。
「クィディッチの選抜を見に来ていたね。驚いたよ。君は、僕らと同じプレイする側だと思っていたから――」
「ええ、私たち、『ロンの』応援をしていたの」
 サラはにっこりと笑顔を返した。
「『親友』がキーパーに選ばれてとても嬉しいわ。ジニーも、チェイサーおめでとう」
「ありがとう、サラ」
「ふむふむ。新メンバーは、ロンがキーパーで、ジニーがチェイサーっと」
 エリが大袈裟にメモをするふりをしながら言う。
 どうせ何処かしらから、新しいメンバーは漏れるのだ。サラだって、マクラーゲンにこれくらいの仕返しはしたって良いはずだ。
「ほっほー! ジニー、君はクィディッチも得意なんだね?」
 スラグホーンはジニーへと笑顔を向ける。マクラーゲンは苦虫を噛み潰したような顔で腰を下ろした。
 当然、サラもハーマイオニーも彼の隣には座らなかった。





「スラグホーン教授に随分と気に入られているそうだな」
 杖を振り、端に寄せていた机を次の授業に向けて並べながらセブルスは言った。
 新学期最初の一ヶ月は、あっという間に過ぎて行った。いもりレベルの授業と課題、クィディッチの練習。目まぐるしい日々の中、去年までほどセブルスの教室に入り浸る事もできない。
 エリは少しでもセブルスとの時間を作ろうと、闇の魔術に対する防衛術の授業の後はわざとゆっくり片付けたり教室の後片付けを手伝うようにしていた。もっとも、魔法薬学と違って道具は杖ぐらいしかないし、教室の方もほとんどの場合はセブルスが杖を一振りするだけで終わってしまうのだが。
 それでもセブルスも、エリの退室を急かしはしなかった。
「君を食事に誘ってもなかなか来てくれないと嘆いていた。君には、ああいう場は合わなかったかね?」
「あー……そういや、最初の一回以降、断ってばっかだなあ……。どうしても重なるんだよな、クィディッチの練習と。明るい時間は、ぜーんぶどっかの寮監が自分の寮のために抑えちゃってるからさー」
 エリは黒板消しをかける手を止め、じろりとセブルスを睨む。
「前にも言ったけど、ちょっとはこっちにも譲ってくれたっていいんじゃないの?」
「……検討しよう」
 にべもなく返されるかと思っていたが、珍しく譲歩した返答だった。よほど、スラグホーンの会合へ参加させたいのだろうか。
「スラグホーン先生って、前にもホグワーツで教えてたんだっけ。母さんを知ってるみたいだったから、そっか、セブルスにとっても先生なんだ。彼には頭が上がらないとか?」
「確かに学生時代は彼に教わっていたが、別に彼が理由ではない」
 セブルスが杖を振る。板書の残りの半分が、きれいさっぱり消え去った。
 エリは黒板消しを置き、足元に置いていた鞄を手に取る。もう少し話したいところだが、魔法薬学のレポートがまだ終わっていない。次の空き時間中に片付けてしまわねばならない。
「エリ」
 教室を出ようとしたエリを、セブルスが呼び止める。
 エリは足を止め、振り返る。セブルスは、何か言おうとして躊躇っている様子だった。彼にしては珍しいその様子に、エリは目を瞬く。
「どうしたの?」
「アー……その、何か欲しい物は無いか?」
 エリはポカンと彼を見つめる。セブルスは、気まずげに視線を逸らした。
「え……本当にどうしたの、急に」
「いや……闇の魔術の防衛術の教職に就いた件を、君は祝ってくれただろう。我輩も、君のふくろう試験の合格について何か祝えればと……。こう言う物は本人に聞かない方が良いのかも知れんが、考えてみてもどう言った物であれば喜ぶのか思い当たらず……」
「えっと……何なら喜ぶかって、お祝いしてからずっと考えてたの? ここ一ヶ月近く?」
 思わず頬が緩む。セブルスはちらりとこちらを横目で見て、またすぐ目を逸らした。
「からかうな」
「からかってないよ! ……嬉しい」
 セブルスの黒い瞳が、再度エリの方へと向けられる。エリはへらりと笑い返した。
 それから腕を組み、首を捻りながら大きく仰反る。
「でも、欲しい物か……急に言われてもなあ……と言うかむしろ、セブルスの補習のおかげだし、あたしがお礼するべきなんじゃ……?」
「補習については我輩がしたくて行った事だ。お礼を求めるつもりはない」
「うーん……あ」
 ふと思い出して、エリは声を上げる。
「何かあったか?」
「いや……うーん……でも、これは……物じゃないし……」
「言ってみたまえ」
 エリは仰け反っていた身体を戻し、セブルスを真正面から見据える。
「えーと、その……予定が大丈夫ならなんだけど、今週末のホグ……」
「却下だ」
「途中までしか言ってないのに!」
「皆まで聞かずとも分かる。ホグズミードだろう。ホグワーツ生だらけの中で、デートをすると? 関係を公にするようなものだ」
「そこはまあ、一応、変装とかして」
「誰がするものか。生徒に露見するリスクは残る」
「えっ。いや、変装ってセブルスじゃなくて、あたしが。セブルスの変装も、それはそれで見たいけど。老け薬飲んでセブルスと同い年ぐらいに寄せれば、生徒だとは思わないだろうし、あたしだって事もバレないんじゃないかなーって……」
 言って、エリは笑う。
「――なんて、まあ、やっぱり無」
「良かろう」
「え?」
 エリは目を瞬く。
「午後なら、少しは時間も取れるだろう。ただし、人目につく場所は避ける。町外れを少し歩く程度しかできないので、君が思っているものには不足があるかもしれない。それでも良いなら」
「いい! いいよ、全然! えっ、ほ、ほんとに? 本当にいいの?」
 当然、断られるものと思っていた。まさか、セブルスと一緒にホグズミードへ行けるなんて。
「薬は我輩が手配する。予期せぬトラブルでもあったら敵わんからな。叫びの屋敷の前に、十五時だ。忌々しい場所だが、あそこなら人が寄り付かないだろう」
「分かった!」
 エリはぶんぶんと大きく首を縦に振る。
 ちらりと伺い見た彼の表情は普段あまり見せないもので、彼もまた少しそわそわとしているような気がした。


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2022/01/09