ギイイと耳障りな音を立て、古びた扉を押し開く。真っ暗な部屋には、幾つもの大きなカンバスが置かれていた。貴人がアトリエとして使っている部屋だ。
深夜を回っても、阿笠は帰って来なかった。午前二時。間宮家も、もう皆寝静まっているだろう頃になって、哀と麻理亜は行動を開始した。
本来ならば二人だけで捜索するつもりだったのだが、勘付いた子供たちに後をつけられ、已む無く一緒に捜索する事となっていた。そして、その中で――元太が、犯人の手に落ちた。
犯人は明らかに、麻理亜達を監視している。一人、また一人と捕らえ、じわじわと追い詰めるつもりなのかも知れない。
時計の向こうにあった隠し通路。そこに刻まれた文字。あの通路へと姿を消したコナンも、きっとあの文字を見た事だろう。もしかしたら、文字を刻んだ張本人を目撃してしまったのかもしれない。何にせよ、コナンが隠し通路に潜り込んだ時点で、麻理亜らは犯人にとって厄介な存在となってしまったのだ。
――工藤……元太……博士……。
どうか、無事でいて。
そして。麻理亜は、隣で新聞紙の束をめくる哀に目をやる。
――志保……彼女だけじゃない。歩美も、光彦も、この手で守る。
絶対に、これ以上誰も傷付けさせやしない。
No.18
カシャンと言う幽かな物音に、光彦は振り返った。部屋の扉には隙間が空き、その向こうは闇に覆われている。
光彦の後に入った麻理亜は、確かに扉を閉めていたはずなのに。
戦々恐々と扉の隙間から廊下に顔を突き出す。がらんとした廊下の先に、落ちている物があった。それが何なのかを認め、光彦は息を呑む。
哀達は、新聞紙に気を取られている。光彦はそっと、部屋を抜け出した。
拾い上げ、確信する。これは、コナンの眼鏡だ。少し古い黒縁のデザインに、子供の顔には大き過ぎるサイズ。博士に改造されて付けられた幾つかのボタンが、何よりの証拠。
ギイ、と軋む音がして、光彦は顔を上げる。ここは一階の端。火事で焼けた塔の近くだ。渡り廊下の先には、件の塔の扉が見えている。その扉が開き、風にギシギシと揺れていた。まるで、光彦を手招きするかのように。
光彦はごくりと、生唾を飲み込み立ち上がる。
踏み出そうとした光彦の腕を、白い手が掴んだ。光彦はギョッと振り返り、その手の先を確認してホッと息を吐いた。
「なんだ、麻理亜ちゃんですか……」
「何処に行くつもり? まさか……」
「罠だって事ぐらい、僕も分かってますよ」
きっぱりと言い放ち、光彦は拾い上げた眼鏡をかける。緊張した面持ちで、麻理亜を振り返った。
「麻理亜ちゃんは、歩美ちゃんと灰原さんをお願いします。三人で、何処かへ隠れていてください。直ぐ――とはいかないかも知れませんけど、必ず、コナン君達を連れて戻りますから」
ひそひそと光彦は話す。麻理亜も声を潜めて、しかし激しい口調で言い返した。
「何言ってるの!? 一人で行動しちゃ駄目よ。それこそ、博士達の二の舞だわ……! 第一、その眼鏡が犯人の罠であるとすれば、あの塔の中に江戸川が入った証拠なんて何処にも……」
光彦の右手が、眼鏡の淵に触れる。かと思うと、そこからアンテナのような物が伸び、眼鏡に円形の波紋が現れた。
麻理亜は目をパチクリさせ、口元に笑みを湛える。
「なるほど……それも、博士の発明品だったって訳ね。……で? それで、博士達の居場所が分かるの?」
「ええ。発信機が付いている僕達のバッジを、博士に預けているので……」
言って、光彦は発信機の示す方へと歩き出す。麻理亜はちらりと塔の方を振り返り、光彦の後に続いた。
廊下は真っ暗だが、既に目は闇に慣れている。周囲の気配に気を配りながら、抜き足差し足、二人は城内を進む。
大旦那らの肖像画が並ぶ広間を過ぎ、二階に上がった所で光彦は立ち止まった。
「この辺りのはずなんですが……」
きょろきょろと辺りを見回すも、何処にもコナンらの人影などない。
「もしかしたら、隠し通路や隠し部屋の中なのかもね……」
「そんな……。で、でも、この辺りにあるって事は分かっている訳ですし! えーと、もう少しこっちですかね……」
光彦は、眼鏡の表示とにらめっこしながら、右手に並ぶ部屋を覗き込む。
左手側には窓が並び、チェス盤のある庭へと面していた。高さが足りずチェス盤はその全体図を見る事が出来ないが、火事のあった塔は木々の向こうに見て取る事が出来た。
「塔の中、気になりますか?」
声を掛けられ、麻理亜は我に返る。光彦が、麻理亜の横から窓の外を覗き込むようにしていた。
「逆。近付きたくないの……正直、あの場から離れてホッとしてる」
「へえ。意外ですね。麻理亜ちゃんが結構怖がりだなんて……。大丈夫ですよ。幽霊なんて非科学的なもの、この世に存在する訳が……」
「幽霊なんて言ってないわ」
麻理亜はきっぱりと訂正すると、すっと目を細めた。
「相当惨い火事だったんでしょうね。彼らは凄く苦しんだんだわ……殺められた者の怨嗟の念は、その後も留まり続ける……。
ふふ、確かに可笑しいかも知れないわね。私自身だって数多の怨詛を受けているのに、『場』に残留した怨詛に身が竦むなんて……」
「え……」
ぽかんと光彦は麻理亜を見つめる。
麻理亜は、ハッと背後を振り返った。幽かだが、物音がしたのだ。人が、来る。
光彦の腕を抱えるようにして、手近な部屋に引っ張り込む。突然の密着に慌てる光彦も、廊下を歩く人影に気付くと大人しくなった。
「どこに行ったんだ……?」
呟く声が聞こえる。やがて、彼は扉の内側に隠れる麻理亜と光彦に気付く事無く、部屋の前を通り過ぎて行った。
完全に過ぎ去り、光彦が大きく息を吐く。
「今のって、貴人さんですよね……? まさか、彼が……」
「分からないわ……。あなた達と合流する前にも、彼を見かけたのよ。呆けて夜歩きしてるおばあさんを引き止めていたの。探しているのも、私達じゃなく彼女って可能性もあるわ……」
貴人も満も、この城に留まり始めたのは火事の後から。マス代も、火事以来呆けて記憶が混乱していると言う。どの人物にしても、『成りすまして城の宝を横取り』は可能だろう。
――宝……。
ハッと麻理亜は顔を上げ、廊下へと飛び出す。窓から顔を突き出し、上方を確認する。
「あの位置ね……」
窓から顔を引っ込めると、隠れた部屋の隣の戸口に駆け寄る。
「麻理亜ちゃん?」
目をパチクリさせる光彦にも構わず、更に隣の部屋の扉を開ける。それからまた間の部屋に戻り、中へと入った。
家具の少ない部屋だった。中央に置かれた机と、それを囲む椅子だけ。部屋の中央にぶら下がる照明は、もちろん灯りを消されている。上の階にはあった本棚さえ無い。
机に手をつき、麻理亜は目を瞬いて足を覗き込む。机は中央から一本の足が床に伸び、そのまま床に固定されていた。
――ふうん……。
にやりと口元に笑みを浮かべる。
壁の厚みに不審な点は無い。だとすれば、上か。机が固定されていると言う事は。
麻理亜は椅子の一つを机に載せ、自身も靴を脱いで机によじ登る。照明の下に椅子を置くと、更にその上に乗った。せいいっぱい背伸びをして、照明に手を伸ばす。動いた方向にくるくると照明を回すと、部屋の隅からガタンと言う物音がした。
驚く光彦の隣に飛び降り、今の物音で近付く気配がないか廊下に耳を澄ます。何も聞こえないのを確認すると、物音がした方へと歩み寄った。そこにあるのは、クローゼット。
開いたそこには、天井から梯子が降りていた。
「やっぱりね」
「凄いです、麻理亜ちゃん! 隠し通路発見ですね!」
「こう言うのは、だいたいパターンが決まってるのよ。この部屋、ちょうど時計の隠し通路があった部屋の真下でしょう? 外から見たら分かるけど、この城は中央を境に階が少しずれてる……つまり、その間に隠し通路の空間が広がっているって訳ね。この階と、江戸川の消えた階との間に」
魔法が無い世界となれば、尚更手は限られて来る。ここより更に膨大な隠し通路を要する、更に広大な城に住んでいた麻理亜にとって、この程度の隠し通路を発見するぐらい容易い。
梯子を上った先は、真っ暗な石の通路。先程皆で通った隠し通路とよく似た空間だった。麻理亜と光彦は腕時計型ライトをつけ、慎重に歩を進めて行く。
「いくら広い城とは言え、江戸川や元太みたいな子供ならともかく……博士まで城内を運んでいたら、誰かの目に付きかねないでしょう? だから、さっき通ったあの通路と隠し通路で繋がる所に、皆は閉じ込められているはずだわ」
「麻理亜ちゃんって、頭良かったんですね……」
「あら? 意外そうね?」
麻理亜は口元に薄っすらと笑みを浮かべ、ジトッとした視線を光彦に向ける。光彦は慌てたようにかぶりを振った。
「い、いえ、そういうつもりじゃ……」
突如、麻理亜はぴたりと足を止めた。
「麻理亜ちゃん?」
少し遅れて立ち止まった光彦が、怪訝そうに麻理亜を振り返る。
――ここだ。
二年前、塔を怪しんでいた使用人が行方不明になった事件。彼は餓死した姿で、森の中で発見された――前日、警察が森も捜索していたのに。恐らく、犯人によって餓死してから移動させられたのだ。彼が囚われ、飢餓に苦しんだ末亡くなった場所が――ここ。
きっと、コナンらもこの先にいる。同じ場所に閉じ込められている。
しかし、麻理亜の足は動こうとしなかった。
俯き黙り込んでしまった麻理亜を、光彦はまじまじと見つめる。心なしか、彼女は震えているように見えた。
持ち前の明るさで、転入して来るなり直ぐに親しくなった女の子。同じく転入してきた哀のミステリアスな大人っぽさとは異なるが、麻理亜もまたしっかりしていて友達と言うより保護者のように感じられる事もあって。いつも笑顔でお調子者で、怖いものなどないかのようだった。
……麻理亜もまた、歩美と同じか弱い女の子なのだ。
「大丈夫ですよ」
光彦の言葉に我に返り、麻理亜は顔を上げる。
光彦は真剣な眼差しで、麻理亜を見つめていた。
「怖がる必要なんかありません。麻理亜ちゃんは、僕が守りますから!」
麻理亜は目を瞬く。
光彦は緊張した面持ちだった。光彦とて、不安が無い訳ではない。次々と姿を消す仲間達。それも、大人である博士や、大人より更に頭が回るであろうコナンまで犯人は捕らえているのだ。光彦に太刀打ち出来る自信などない。もし、コナンらを救出する前に、犯人に見つかってしまったら。
けれども、そんな不安を表に出す訳にはいかない。同じように不安を抱えている麻理亜を、励まさなくては。守らなくては。
麻理亜は、ふっと微笑った。いつものはしゃぐ笑顔とは違った何処か大人びた笑みに、光彦の胸が高鳴る。
「期待しているわよ、ナイトさん」
ぽんと光彦の肩を叩いて、麻理亜は再び歩き出す。
「は、はい!」
光彦も慌てて、麻理亜の横に並ぶ。
――守る。
麻理亜は胸中で、光彦の言葉を反芻していた。
志保を守らなきゃ。子供たちを守らなきゃ。紅子を守らなきゃ。クラスメイト達を守らなきゃ。巻き込まないようにしなきゃ。ずっとそう思っていたのは、麻理亜の方だったのに。
まさかこんな子供に、守ると言われてしまうなんて。
「この先です」
追跡眼鏡を見ながら、光彦は先導して歩く。
間も無く、角を曲がった先に三つの人影が見えた。
「いました!」
一人が、パッと頭をもたげる。
「光彦……光彦か!?」
「バーロォ、声がでけーよ! 犯人来たらどうすんだ!」
麻理亜と光彦はライトを声の方へと向ける。コナン、元太、博士が、眩しそうにこちらを見ていた。
「良かった……三人とも無事みたいね」
三人は手足を縛られ、縄の先を壁にある使われていない燭台に繋げられていた。結び目は硬く、子供の力ではなかなか解けない。
「俺のポケットに小型ナイフが入ってる。それを使ってくれ」
「はい!」
「なんでそんな物持ち歩いてるのよ……」
キャンプ帰りだから不思議ではないのかもしれない。だが光彦がコナンのポケットから取り出したナイフは、先日のサッカー観戦でも持っていた気がする。
縄を解いて隠し通路から出るなり、コナンは阿笠に二本の電話を掛けるよう指示を出した。既にコナンは、犯人を特定しているらしい。
「俺達は早いとこ、二人と合流しよう」
コナンと元太を連れて、麻理亜と光彦は貴人のアトリエへと戻った。
しかしそこに、二人の姿は無かった。
「移動してしまったんでしょうか……」
「犯人があの辺りにいなかったって事は、二人は犯人の手に落ちていないとみてよさそうね……。そう言えば江戸川、こんな時に何だけどチェス盤の暗号は解けた?」
「ああ。それじゃ、そっちに行ってみるか。もしかしたら、犯人も現れるかも知れないしな」
外は白々と明け始め、一際大きな窓のある玄関ホールには朝日が差し込み昼間と遜色ない明るさとなっていた。
コナンは迷わず、上って行く。
「おめーら、チェスのルールは知ってるか?」
元太と光彦は首を振る。麻理亜だけが、頷いた。
「よく遊んでたから」
ホグワーツでは、電子機器は壊れてしまって正常作動しない。当然、ゲーム機などあるはずもなく、室内で遊ぶとなればチェスや魔法界特有のゴブストーンゲームなど。ゴブストーンゲームは、失点時のあの嫌な匂いが苦手だった。基本的には城内や外を歩き回ったり読書をしている事の方が多いが、同じ寮の友人と暇潰しにチェスをする事も何度かあった。
「駒の位置のアルファベットと数字表記は?」
「何それ?」
あくまでも暇潰しとして遊んでいたに過ぎない。遊べればそれで良いと言うスタンスだったのだから、細かな知識などは持ち合わせていない。
ガタッと階下から物音がして、説明しようとしたコナンは口を閉ざした。
見れば、床の一部が跳ね戸のように開き、隠し通路への穴がぽっかりと開いていた。穴から這い上がってきたのは、歩美。……何だか、様子がおかしい。
続けて哀が顔を出す。二人は、急いでいるようだった。床に上ろうとした哀の身体が、がくんと下がる。
麻理亜は駆け出していた。穴は、麻理亜たちが上りきった階段とはほとんど対角な位置。子供の足では間に合わない。麻理亜が向かったのは、コナンを探す時に近くにある事をしったトイレ。掃除用具からバケツを取ると玄関ホールへ戻り、コナンの方へと投げる。
「江戸川!」
「ナイスパス、紫埜!」
コナンは靴のダイヤルを回し、放られたバケツにタイミングを合わせて飛び上がる。くるりと一回転しながら、痛烈な蹴りが叩き込まれた。
バケツは真っ直ぐに犯人の手元へと飛んで行き、今にも哀達に殴りかからんとしていた鉄パイプを叩き落した。
「やめなよ……子供に無理なダイエットは悪趣味だぜ?」
コナンは手すりに腰掛け、ニッと笑った。
「そうですよ! その二人なら、今のままでも十分です!」
「そうだそうだ! 腹いっぱい食った方が、健康的だぞ!」
「無理な減量は、美貌の大敵だものね」
麻理亜も三人の方へと歩み寄り、元太、光彦の隣に並ぶ。歩美が安堵の笑顔と共に、歓声を上げた。哀も、安堵からか表情が明るい。
電話を終えた阿笠も、姿を現す。
名探偵の推理ショー。緑の中にそびえる孤城の事件は、日の出と共に幕を閉じた。
「面白かったな、この城!」
「まさにスリルとサスペンス!」
「そうそう!」
夜中の怯えは何処へやら、明るい日の下、子供達は大はしゃぎだった。
城の門から出て、麻理亜は生き返ったような心地だった。ちろりと、城内の隅にそびえる塔へと目をやる。
四年前の大火事。犯人は逮捕されたとは言え、殺された人々がいると言う事実が消える訳ではない。けれども、事件は幕を閉じたのだ。残留していた怨詛の匂いも、月日が経つと共に薄れて行く事だろう。
「でもまさか、哀達があの塔に入っちゃうなんて……。無事で良かったわ」
あくびをしていた哀は、ジトッとした視線を麻理亜に向ける。
「あなた達が誘い込まれたと思ったのよ。何も言わずにいなくなるんだもの」
「ごめんごめん、ちゃちゃっと救出して戻ればいいかなって思って……」
コナンらを救出に向かえば、犯人と遭遇する可能性だってあった。眼鏡に気付いた光彦はどうしようもなかったものの、出来れば一人で向かいたかったのが実際のところだ。結果としては、光彦も一緒だったおかげで救出に向かえたのだが。
黄色いビートルに乗り込もうとする麻理亜ら一行を、呼び止める声があった。庭師の田畑だ。麻理亜達の分も、朝食を用意してくれたのだと言う。
「食って行きなよ! 眼鏡の坊主は、昨夜から何も食ってねーんだろ?」
しかし、コナンは苦笑して言った。
「遠慮しとくよ……車にキャンプ用の食料も積んであるし……」
そして、歩美が握り締めるビニル袋を手に取る。歩美、元太、光彦がコナンのためにと夕飯から残したパンの入った袋。
「俺にはこのパンの方が、ご馳走みてーだしな!」
言って、二カッと笑う。場が和む中、哀がくるりと背を向けた。
「じゃあ私、呼ばれて来ようかしら……」
「あ、俺も!」
当然、元太が断らないはずもない。
麻理亜も駆け寄り、哀の背中に飛びついた。
「それじゃ、私もー!」
「おい……」
結局、皆ありがたく朝食に呼ばれる事になった。タイミングを逃しぽつねんと佇むコナンも、歩美が手を引いて誘い込む。わいわいと広間へ向かう道すがら、コナンは不服そうに言った。
「だいたい紫埜、おめー、この城あんまり良くなかったんじゃねーのか?」
東洋大学教授の事件で、麻理亜の体調に気付いたコナン。やはり今回も、気付いていたのか。
しかし、麻理亜は微笑った。
「あら。それなら、もう大丈夫よ。あまり現場に近付きたくはないってだけで、然程悪影響がある訳でもないし……それに」
ぐいっと光彦を引き寄せる。
「彼が守ってくれるみたいだから」
「えーっ! 光彦君、もしかして麻理亜ちゃんの事……」
「ち、違います、歩美ちゃん! そういう訳じゃ……」
慌てて離れて弁解する光彦に、麻理亜はクスクスと笑う。
「おーい! 早く来いよ! 俺もう、お腹ペコペコ」
一足先に到着した元太が、広間の戸口から顔を覗かせる。
歩美がそちらへと駆けて行く。同じく駆け出そうとした光彦に、麻理亜は囁いた。
「でも本当、ありがとね。あの時の光彦、かっこよかったわよ」
軽くウィンクして、麻理亜は歩美の後に続く。
「え……あ、はい……」
ぼんやりと麻理亜の背中を見つめる光彦の頬は、ほんのりと紅く染まっていた。
Back
Next
「
Different World
第3部
黒の世界
」
目次へ
2012/08/15