麻理亜は、紅子の家に居候する事になった。
 どうやら紅子はマグルの学校に通っているらしく、毎朝高校へ通学する。
 麻理亜は履歴書を偽造してもらい、バイトを始めた。マグルの世界は勝手が分からず、最初の内は随分と苦労したが、一週間もすれば慣れてきた。

 そして、紅子がスキー実習に行った日。
 麻理亜は、ゲレンデの店でバイトをしていた。





No.2





「な、な、な……」
 指差し、驚きに言葉の出ない紅子。麻理亜はにこにこと笑っている。
「どうして貴女がここにいるのよ!?」
「どうしたの? 紅子ちゃんの友達?」
 向こうで他の男子と喧嘩していた女の子が、こちらに聞いてきた。
「え、ええ……まあ……」
 彼女はこちらへやって来た。
「中森青子よ。よろしくね! 貴女は? 同じ学校じゃないよね。高校生? それとも、年上かな」
「よろしく。私は、紫埜麻理亜よ。あなた達と同じぐらいの年齢だわ」
「麻理亜! ちょっと来なさい!」
「何なのよ、もぉ〜」
 紅子は、麻理亜を店の端へと引っ張っていった。





「如何いう事よ!? 貴女のバイト先は、東都大学前の喫茶店じゃなかったの?」
「それ、来月からよ。前のバイトは首になっちゃったでしょ? その繋ぎに、ここでバイトしてたの。
大丈夫よ。心配しないで。もう、マグルの生活も何となく分かってきたから。『えすかれぇたぁ』で運動したり、『てれび』に映ってる人を中から出そうとしたりなんてしないって!」
 それでも紅子はまだ信用出来ないといった様子で、じとーっとした視線を送ってくる。

「紅子様。その子、紅子様のご友人ですか?」
「流石、ご友人もお美しいのですね!」
 突然話しかけてきたのは、紅子の学校の男子生徒達だった。
 麻理亜はぽかんとして、紅子とその男子生徒達を見比べる。
 紅子は作り笑いを浮かべて、「ありがとう」なんて言っている。
「え……何……『様』って……?」
 ぎくりと紅子の肩が動く。
 麻理亜はニヤリと笑い、からかうように言った。
「へーぇ? 学校で、紅子様なんて呼ばれてるのね……。未だに名前を教えてもらってない、あの執事らしき男性だけかと思ってたわ」
「……」

「麻理亜ちゃーん!」
 青子が、男子生徒達の間を縫ってやってきた。先ほど喧嘩していた男子をつれている。
「紹介するね! こいつ、黒羽快斗。青子の幼馴染よ」
 快斗は何が気に入らないのか、そっぽを向いて目を合わせようとしない。
 否、気に入らないというより寧ろ、快斗は紅子が苦手なのだろうかと思う。

「紫埜さん。混んできているのですから、早く向こうのテーブルを片付けて下さい」
「あっ。はい!」
 先輩の女性に注意され、麻理亜は慌てて返事をする。
「じゃ、ごめんね、皆。今、仕事中だから」
 そう言い苦笑して、麻理亜は皆の傍を離れていった。
 あまりサボっていては、今度は職務怠慢で首になってしまう。





 バイトが終わり、ホテルへ戻ると、部屋の前に人影があった。
「あら? どうしたの、紅子?」
「どうしたもこうしたも無いわ。全く、学校側は何を考えてるんだか。
このホテル、部屋にシャワー付いてるわよね? 貸してちょうだい」





 どうやら、紅子達が泊まっている所は、風呂が混浴らしい。
 紅子はそれが嫌で、態々私の泊まっているホテルまで来たようだ。ドライヤーで髪を乾かす紅子に、麻理亜は尋ねる。
「でも紅子、なんか凄い露出の高い服が無かった? あんなの着てる癖に、混浴は恥ずかしいの?」
「大して知らない人と一緒に入浴するかも知れないなんて、プライドが許さないのよ」
「あっそう……」
 紅子らしいと言えば、紅子らしい。

「でも、凄い高校ね。女子高とかで貸切にするなら兎も角、そういう訳じゃないのに混浴の所に宿泊するなんて」
「それだけじゃないわよ。この後、仮装スキー大会なんてものもあるわ。あの話し方じゃ、今日突然決まったみたいだしね……」
 それで良いのか、江古田高校。
「何時から?」
「五時集合よ。夕食が七時からになってるから、それまでには終わるんじゃないかしら」
 答えながら、紅子はドライヤーを切り、髪を梳かす。
「って事は、あと三十分後ね……」
「ええ」
 髪を梳かし終え、紅子は荷物をテキパキと纏める。
「そういう訳で、その後にもまたシャワー借りるわよ」
 そう言い残し、紅子は部屋を出て行った。





「これは凄い……」
 全員がリフトに乗って上がる時間を考え、麻理亜は少し遅めにゲレンデへ行ってみた。
 正面の初心者コースの上には、奇妙な格好をした生徒達がひしめいている。どうやら始まって少し経っているらしく、コースの下にも既に滑り終えた生徒達が、妙な団体として整列していた。
 当然、一般客には奇異な目で見られている。寒そうな格好や、滑りにくそうな格好。その上、滑り方までとんでもない。
 それにしても、よく生徒達はこんなにも衣装や道具を揃えられたものだ。感心してしまう。

 なかなか見物だった。だが、審査の教師達は随分と厳しい。
「エントリーナンバー八十三番! 雪の女王と雪男!」
 恐らく――否、間違いなく紅子だろう。ペアを組んでいる相手は、誰だろう? 被り物なので分からない。
 紅子は随分と上手かった。雪男役の生徒が何度もこけそうになったりしなければ、満点だっただろう。
 滑り終えた紅子の所へ行こうとしたが、他の奇妙な格好の生徒達に紛れて、何処にいるのか分からなくなってしまった。

 続いて、エントリーナンバー八十四番。
「怪盗キッドと中森王女!」
 青子だ。怪盗キッド役は誰だろうか。モノクルで、この距離では顔を判別する事は出来ない。まるで、本物のキッドみたいだ。
 それにしても、まさか犯罪者を仮装する変わり者がいるとは思わなかった。ニュースや新聞だけでなく、様々な雑誌でも騒がれているだけあって、彼は人気らしい。
 結果、この二人組みが優勝だった。










「いらっしゃいませ!」
 一ヵ月後、麻理亜は東都大学前の喫茶店でバイトを始めた。
 店に入ってきたのは、正面の大学に通う女子大生。大学の前という事もあり、この喫茶店は大学生の客が多い。
 そして、この女子大生との出会いが、麻理亜を大きな事件に巻き込む事になるのだった。

 彼女の名前は、宮野明美。


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2007/05/07