米花スポーツランドは、いつにも増して賑わっていた。訪れた人の多くは子供。少年サッカーチームに属す子も、どこのチームにも属さない子も、皆楽しそうにサッカーボールを追い駆けている。『第16回Jリーグ主催サッカー教室』と書かれた大きな看板の下を、青とピンクの縞模様のユニフォームを着た女の子が駆け抜けて行く。
「あんな厄介な人を自分の家に住まわせるなんて、工藤も何を考えてるんだか……!」
沖矢昴。借りていたアパートが家事に遭い、コナン自身の申し出で今は彼の自宅で暮らしている大学院生。どうにも素性の掴めない人物で、時折意味深な発言さえする。コナンは何か考えがあって信頼を置いているようだが、哀は彼への警戒を露にしていた。彼自身、度々「シチューが余った」と言って阿笠邸を訪れたり、出かけ先にまで姿を現す事もあった。それで怪しむなと言う方が、無理な話だ。コナンに何か考えがあるならば説明してくれれば良いのだが、彼が言うのは「ホームズ好きに悪い人はいない」の一言のみ。
せっかく抽選で当たったサッカー教室。そんな所にまで現れないようにと、麻理亜は足止めのために家に残った。沖矢を誤魔化せたは良いが、急いで皆の後を追って出かけようと言うところに快斗が訪れたりもして、遅くなってしまったのだ。
もう、終わってしまうだろうか。焦っていた麻理亜は、横から歩いて来る人物を避け損ねた。
衝突した相手は、高校生ぐらいの茶髪の少年。小学生の身体の麻理亜は、もんどりうって倒れ込んだ。
「コラ! 前見て歩かんかい!」
「ごっ、ごめんなさい……!」
麻理亜は慌てて身体を起こし、謝る。少年は麻理亜を見下ろし、「あ」と声を上げた。
「血ィ出てるやん。ちょい待ち」
言って、彼はスポーツバッグを下ろし中を漁る。
見れば、膝を擦り剥いていた。コンクリートの箇所だったのが災いし、血が流れている。
「アカン、絆創膏もハンカチも持ってないわ……これで堪忍してな」
そう言って彼が取り出したのは、スポーツタオルだった。一般的なスポーツタオルとしては小さめだが、それでもハンカチよりは遥かに長い。
「大丈夫よ。これくらいなら直ぐ治るから……」
「心配せんでも、まだ使うてへんからきれいやて」
麻理亜の遠慮を取り違えたのか、少年はそう言ってタオルを麻理亜の足に巻いた。
「あ、ありがとう……」
タオルは端を引きずらないように、ぐるぐると不格好に何重も巻かれていた。少年は、スポーツバッグを抱え直す。
「もう人にぶつからんよう、気をつけるんやで」
「うん」
子供らしくこくんを首を上下に動かす。
建物の方へ去って行く彼の背中を見送っていると、グラウンドの方から歓声が上がった。
皆はグラウンドの奥の方にいた。注目を浴びているのは、コナンだ。グラウンドの中央で、東京スピリッツの赤木英雄選手とパスを出し合っている。赤木から受けたボールを胸でトラップし、足の裏、膝で軽く蹴り上げてから、赤木へと返す。コナンからパスを受け取って、彼は両手を挙げた。
「参った……降参……」
「スゲー! コナン!」
子供達がコナンへと駆けて行く。麻理亜も、その中に加わった。
「さっすが、上手いわねぇ」
「麻理亜ちゃん!」
歩美が振り返り、顔を輝かせる。
「おせーぞ、麻理亜!」
「ごめん、ごめん」
「麻理亜ちゃん、足どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとね……」
話しながら博士や蘭達の方へと戻る。
麻理亜がぶつかったあの少年がビッグ大阪の選手だと判ったのは、その後直ぐの事だった。
+++劇場版名探偵コナン「11人目のストライカー」
「コナン君、遅いですねぇ」
サッカー教室の二週間後、麻理亜達は東京スピリッツ対ガンバ大阪の試合を見に東都スタジアムへと来ていた。前半戦も終わり、ハーフタイム。コナンは「トイレ」と言って携帯電話を握って駆けて行ったきり、帰って来ない。
「うんこなんじゃねーの?」
「もー、やだ元太君……あ、来たよ!」
椅子の上で膝立ちになり出入り口の方を伺っていた歩美が声を上げる。
戻って来たコナンは、切迫した様子だった。
「博士! 車のキーを貸してくれ!」
「コナン君、どこ行ってたんですか?」
「もう直ぐ後半、始まるぞ!」
元太や光彦には答えず、コナンは鍵を受け取るとまた駆け去って行った。
横目で彼の背中を見送り、麻理亜は隣の哀に耳打ちする。
「事件かしら?」
「かもね……」
後半戦が始まっても、コナンは帰って来なかった。試合は一対一のまま、激しく競り合っている。
何があったのだろうか。血の臭いはしなかったから、殺人現場に遭遇した訳ではなさそうだったが……。
欠伸をした哀が、やや上を向いたまま硬直する。その目は、丸く見開かれていた。彼女の視線の先を追うと、きらりと何かが鉄骨の上で反射するのが見えた。光の後を追うようにして、巻き上げられる白煙。
「あれって、まさか……」
麻理亜が呟いた直後、高らかに笛が鳴った。審判がイエローカードを掲げ、アナウンサーの声が響く。
「スピリッツイレブン! 審判に激しく抗議していますが……!?」
再びガンバ大阪のフリーキックとなり、周囲の席からブーイングが上がる。試合の動きが止まった隙を見て、哀と麻理亜はそっと席を立った。
「灰原さんに麻理亜ちゃん!?」
「私達、ちょっとトイレ!」
麻理亜が言い捨てた言葉の通り二人はトイレへと向かったが、もちろん用を足すわけではない。入口の所で立ち止まり、哀が電話をかける。
コナンは案外直ぐに出た。スピリッツのサポーターが通り掛り、哀は身を隠すようにして少し奥へと入りながら声を潜めた。
「工藤君、そんなところで何を……え? 爆弾!?」
麻理亜はスピーカーへと耳を近付ける。漏れ聞こえたコナンの話では、スタジアムの電光掲示板に爆弾が仕掛けられている可能性があるとの事だった。
『――わりぃ、灰原。かけ直す!』
「ちょっと、工藤君! 工藤君!?」
呼び掛ける声も空しく、電話は切られた。哀は、通信の途絶えたスマートフォンを不満げに睨めつける。
「工藤が向かってたのって、スピリッツのサポーター側の掲示板よね?」
「ええ、そうね……。行くの?」
「気になるからねー。あ、やった。ここは、箒あるのね」
トイレ内の掃除用具置き場から、手頃な大きさの箒を一本拝借する。マグルの箒は各種性能が整えられていない分魔法界のものに比べて酷く飛びにくいが、それでもいつかのデッキブラシよりはマシだ。
「目立たないようにしなさいよ」
「もちろん!」
うなずき、麻理亜は箒を片手に駆けて行った。
電光掲示板の支柱に仕掛けられた、複数の爆弾。作りは単純だが、とても全てを解除しているような時間は無い。と、なれば……。
目暮警部への電話を終え動き出そうとしたコナンの肩を、ぽんと背後から叩く手があった。
「君、こんな所で何をしているんだい?」
まずい、見つかったか。でも、こんな所に誰が一体どうやって……。
勢い良く振り返ったコナンは、そこに立つ人物を見て脱力した。
「何だ、紫埜か……」
麻理亜はニッと笑い、手にした箒を掲げた。
「足、いる?」
麻理亜は箒の後ろにコナンを乗せて、爆弾の直ぐ横に浮遊する。麻理亜が来なければ、伸縮サスペンダーを使って上からぶら下がるつもりだったらしい。確かにコナンの身体能力ならば可能なのかもしれないが、こちらの方が断然早い。
コナンが爆弾を解体するのを横目に見ながら、麻理亜は哀へと電話を掛けた。
「志保? 工藤と合流したわ。やっぱり、電光掲示板の裏に爆弾はあったわ。この数と配置だと……サポーターの頭上へ掲示板を落とすのが目的ってところかしら?」
『なんですって……!? で? 突然切った誰かさんは?』
「爆弾解体中ー。あまり、時間は無いみたいね……残り時間は……」
「十五時半だ! おっちゃんのところに、犯人から電話があったんだ」
コナンの声は、電話の向こう側の哀にも聞こえたようだった。
『後三十分しかないじゃない! あなた達は?』
「何としても、電光掲示板の落下を防ぐ!」
「そう言う訳だから志保、子供達の事お願いね。無茶をしないように……」
哀との電話を終えて間もなく、眼下ではサポーター達の避難が開始したようだった。
掲示板の背面一列の爆弾を解除し終え、コナンは叫んだ。
「紫埜! 中央の上の辺りに行ってくれ!」
「え? そっちには爆弾なんて……」
麻理亜は斜め上を仰ぎ見る。目を凝らしても、掲示板の背面に設置されているのは解除してきた一列だけだ。それよりも、左右の柱でまだ作動している爆弾の方が先決ではないか。
「あっちは?」
「全部を解除している時間は無い! 要は落下を防げれば良いんだ」
言って、彼はジャケットの内側のサスペンダーを軽く引っ張った。
「……なるほどね。オーケー、しっかり捕まってなさい」
麻理亜は、箒の柄を持ち上げる。やや遠慮がちに掴まっていたコナンは、急な角度に慌てて麻理亜にしがみついた。
掲示板の上方部に辿り着いたコナンは、サスペンダーを掲示板の裏面へと縛り付ける。しっかりと固定されたのを確認すると、麻理亜は真っ直ぐにスタジアムの端、可能な限り高い位置、二階席の上まで飛んだ。コナンが引っ張ってきたサスペンダーのもう一方の端を、そこの柱に縛り付ける。スイッチを入れ、緩んだサスペンダーをピンと張って、コナンは合図した。
「よし。紫埜、離れろ!」
「了解!」
もう、ほとんど時間が無かった。麻理亜は急旋回し、身を屈めて滑るように飛ぶ。
大して行かない内に、背後で爆発音が響いた。連なる音、迫る熱。そして強い風に煽られ、コントロールを失った。
濛々と立ち込める黒煙を残して、爆発は収まった。
麻理亜は、自分の下にいる小さな身体に呼び掛ける。
「工藤! 工藤! 大丈夫!?」
「う……」
小さく呻いて、コナンは目を開けた。途端に顔を赤らめ、ぎょっとした顔つきになる。麻理亜は、コナンの上にほとんど覆いかぶさるような状態だった。息が掛かるほどに近い距離。
「お、お前、なんで……」
「私の方が頑丈だもの。盾になった方が、お互い怪我も少ないでしょう?」
コナンの無事に安堵し、にっこりと笑って麻理亜は自分の背に覆いかぶさる瓦礫を跳ね飛ばした。起き上がり、手を伸ばす。コナンはやや不満げながらも、麻理亜の手を取り立ち上がった。
「爆発、止まったみたいね」
「ああ……」
コナンがうなずいた途端、ギシ……と柱が軋んだ。ギシギシと柱は軋み、徐々に傾きだす。
「頼む……もってくれ……」
願い空しく、ぐらりと柱はその途中から分裂するように倒れた。
「逃げろォ!!」
コナンが叫ぶのと、電光掲示板が滑り出すのが同時だった。
轟音を響かせ、巨大な掲示板は観客席をフィールドの方へと滑り落ちて行く。警察からの連絡が入り観客は既に非難させられているが、一度に大勢の人間を狭い通路から外へ出す事など出来ない。サポーター席の観客は、フィールド内へと誘導されていた。フィールドでは、まだ座席側からあまり離れない位置にいる人達もいる。皆、目の前で起こった突然の惨事に身動きが取れずにいた。
「クソッ!」
コナンがサスペンダーの方へと駆ける。麻理亜は、剣を取り出していた。切っ先を電光掲示板に向け、叫ぶ。
「アクシオ!!」
サスペンダーの支えと麻理亜の呼び寄せ呪文により、電光掲示板の滑る動きが鈍る。座席の一番下まで滑り落ちた掲示板は、垂直な状態で停止した。
麻理亜はグッと剣を握り締め目を閉じて集中する。縄を出してコナンのサスペンダー同様縛りつけた方が効果的だったろうが、ここはJリーグの試合が行われているスタジアム。観客は大勢いるし、試合を撮りに来ていたカメラもこちらに向けられている事だろう。視覚的に派手な魔法は使えない。こんな重い物、こちらまで飛ばせるはずがない。それでもせめて、引っ張る力になれば。こちらへ――こちらへ――電光掲示板を、こちら側へ!
ドォンと言う大きな音がして、足元が振動した。
麻理亜は恐る恐る目を開ける。土煙が徐々に晴れて行く。滑り落ちた電光掲示板は、座席側へと倒れこんで完全に動きを停止していた。その辺りに、人はいない。
ホッと溜息を吐き、麻理亜はその場に崩れるように座り込んだ。見上げれば、コナンもサスペンダーを回収し深い息を吐いていた。
東都スタジアムでの爆弾騒動から三日後、麻理亜と哀はサッカーの練習場を訪れていた。フェンスの周りにはファンが押し寄せ、選手に声援を送っている。
「借り物を返すって言ってたから、図書館かビデオショップかと思ったら……どう言う事?」
「まあ、良いじゃない。ほら、比護さんもいるわよ」
「だから?」
つっけんどんに返しながらも、哀の視線はフェンスの中に向けられる。比護はチームのエースストライカーと言う事もあって、まさに中心となってコートを駆け回っていた。
ノワール東京からビッグ大阪に移籍した比護。元々ノワールに比護が入ったのは、異母兄の遠藤陸央がいたためだった。しかし当の遠藤はノワールにとって比護を手に入れるための餌でしかなく、更には比護が入った二年後に遠藤へ戦力外通告をされていた。それを知った比護は、遠藤をトレーナーとして拾ってくれたビッグへと移籍を決めたのだ。その当初は味方からも敵からもブーイングを浴びせられていたが、実はそれは調子の出ない比護への激励だった。
ノワールはフランス語で黒。黒から出て行った裏切り者でありながら、新たなる居場所で活躍し歓迎されるその姿は、組織を裏切った哀と麻理亜に強い希望を与えた。特に、元々組織の中で育ち「裏切り」の意識を強く抱いていた哀が抱いた感情は、計り知れない。
「……道理で、『寒いから帽子を被った方がいい』なんて勧めてきたわけね」
練習するビッグ大阪の選手に、インタビューに来ているらしい。練習場内にいるカメラマンやアナウンサー達の一団を見て、哀が呟いた。
「ビッグも、明日試合でしょ? 先日の事件が無ければ東都スタジアムの予定だったんだし、目をつけるマスコミはいるかなと思ってね。……あ、終わったみたい」
コートを駆け回っていた選手達は散開し、その多くはベンチの方へと向かう。アナウンサーは手にしていたマイクを下ろしている。カメラも回っていなさそうだ。
麻理亜は、フェンスの方へと駆けて行った。
「あっ、ちょっと麻理亜!」
「貴大お兄ちゃんいますか?」
入口に立つ男に、麻理亜は問う。男は、怪訝気に麻理亜を見下ろした。
「君は……? 選手の知り合いか何か? 親御さんは?」
「私達、二人で来たの。貴大お兄ちゃんに、渡したいものがあって……」
「そう言うのは、ここではちょっと……」
「あれ? 君達、この前のサッカー教室の……」
選手の一人が、もめている麻理亜らに気付きやって来た。麻理亜は顔を輝かせる。
「比護さん! こんにちは!」
「こんにちは。今日は、二人だけかい? お友達は?」
「うん、二人だけ。貴大お兄ちゃんに、返したいものがあって」
「貴大に?」
比護は意外そうに目を瞬き、ベンチの方を振り返る。真田は他の選手と話していて、こちらに気付く様子は無い。
「二人とも、おいで」
「えっ、比護さん。関係者以外は……」
「いいですよ、この子達は。他のファンも帰ったし、混乱になる事もないでしょう。――他の人達には、内緒だからね」
「はーい! ほら! 哀、行こっ」
麻理亜は元気良く返事をすると、哀の手を引いて比護の後について他の選手達の集まるベンチへと向かった。
「貴大、女の子からご指名だぞー」
からかうような比護の声に、真田はやや期待したような表情で振り返る。しかし、比護の後に続く麻理亜らを見て肩を落とした。
「なんや、この前のガキやないですか……。どないしたん?」
「この前のタオル、返そうと思って……」
麻理亜は、肩からかけたポシェットから白いタオルを取り出す。
「別に、ええのに。怪我はもう治ったんか?」
「うん! 貴大お兄ちゃんのおかげで直ぐ治ったよ!」
「その『お兄ちゃん』ゆうのやめェ」
真田は照れくさそうに頬を掻く。
「そのタオル、貴大のだったのか。お前、そういう時はせめてハンカチだろ……」
「手持ちが無かったんスよ」
「真田、子供に怪我させたんか?」
他の選手が口を挟む。からかうでもなく、真剣な口調だった。
「ちゃいますよ! この子の方から――」
「私が前見ないで走ってぶつかって行っちゃったの。貴大おに――タカにいは悪くないよ」
「ま、本人がそう言うてるならええけど……問題だけは起こさんようにせぇよ」
言って、彼は立ち上がる。
「おい、どこに行くんだ?」
「トイレや。どうせまだ帰らへんやろ。監督はマスコミと話しとるんやし」
どこか棘々した口調で言って、彼は公衆トイレの方へと去って行った。
比護が麻理亜達の視線の高さに合わせて屈みこむ。
「ごめんな。土曜の事件があったものだから、皆ちょっとピリピリしていて……」
「ううん、大丈夫。あ、そうだ」
麻理亜はポシェットからタッパーを取り出す。
「レモンのお砂糖漬け。タオルのお礼とぶつかったお詫びにと思って」
「おお! これ、食ってええんか?」
「うん」
真田は、輪切りにされたレモンを一枚口に放る。
「ん、美味い!」
「なんや、真田だけ何か食っとるで」
「良かったら皆さんもどうぞ」
選手達は、我も我もとタッパーに手を伸ばす。選手の一人が、麻理亜に尋ねる。
「これ、嬢ちゃんが作ったん?」
「ええ。前に、運動部の幼馴染がいる友達から、運動した後に良いって聞いて……」
「運動部? 最近の小学校って、もう部活あるん?」
「えっ、ああ、近所のお姉さんで年は離れてたかな!」
麻理亜は慌てて答える。麻理亜達の輪から一歩離れた所に立つ哀は、呆れたように麻理亜を見る。そんな哀の横に、比護が屈み込んだ。
「君は一緒に話さなくていいのかい?」
「えっ、あ……」
突然話しかけられ、哀は言葉を詰まらせる。俯き加減になり、やや戸惑いながら答えた。
「私は、ただ付き添いで来ただけだから……」
珍しく照れている様子の哀を微笑ましく眺めていると、本人と目が合った。哀は麻理亜を軽く睨み、ふいとそっぽを向いてしまった。
真田は何とか死守した残り一枚のレモンを左手でつまみ上げ、監督とテレビ局の者達の方を見やる。
「それにしても、監督遅いっスね。何してんねやろ……」
「例の脅迫状についてでも聞かれてるんとちゃう? マスコミが来たのなんて、どうせそっちが目的やろし……」
「脅迫状? また脅迫状が来たの?」
麻理亜は眉をひそめる。
「ああ。まあ、噂なんやけど……」
「やめ、子供にそないな話……」
「聞かせて。私、眠りの小五郎と知り合いなの。高校生探偵の工藤新一とも連絡を取り合ってる。何か協力出来るかも知れないわよ」
「そう言えば、サッカー教室で毛利さんと一緒にいたね。お友達も工藤新一君にサッカーを教わったそうだし」
「ええ。その彼の繋がりで」
比護の言葉に、麻理亜はうなずく。比護と選手の一人は顔を見合わせ、うなずいた。
「せやったら、今度は爆発起こる前に食い止められんかな……。どうも隠そうとしとるみたいで、あまり詳しい話は聞けてへんねやけど……」
日曜日の昼頃、ビッグ大阪宛に脅迫状が届いたらしい。内容は、明日の試合を中止しろと言うもの。ビッグ大阪と、明日の対戦相手チーム、スタジアム、それから一部のマスコミにも脅迫状は届いたようだった。
「試合を中止せぇへんかったら電光掲示板を爆破するて、そう書かれとったっちゅう話や。先週の事件があった後やろ? 同一犯やったら、ほんまに爆破されてまうかもしれんて……」
「チームとスタジアムとマスコミに脅迫状? 文面は?」
麻理亜は、哀に目で合図して畳み掛けるように尋ねる。
「そこまでは……」
「電光掲示板を爆発するって、そのまま書かれていたのね?」
「せやろ。そのままやないて、どう言う……?」
「それなら、あまり気にしなくていいと思うわ。それ、多分ビビらせて試合を中止させたいだけの便乗犯よ」
「麻理亜。返信、着たわ。やっぱり、探偵事務所には来ていないって……」
哀の言葉に、麻理亜はうなずく。
「爆弾事件の翌日に届いたって事は、犯人は土曜日の爆発があって直ぐに脅迫状を送ったんでしょうね。恐らく、脅迫状の存在が報じられる前に。今回の爆弾事件、犯人が予告したのは毛利さんただ一人に宛ててのみ。それも、暗号文だったのよ」
「あ! 俺、それ、一昨日のニュースで聞いたで。毛利小五郎にインタビュー言うて、毛利小五郎出て来ェへんかった奴や!」
選手の一人が声を上げた。
「彼一人に電話した点、爆弾を仕掛けた場所が暗号で示されていた点から言って、犯人の動機がJリーグにあったにしても毛利さん個人にあったにしても、毛利さんへの挑戦が含まれているのは間違いないわ。そんな犯人が毛利さんには脅迫状を送らず、しかもどこを爆発するか明示しているなんて、考えにくい。明らかに事件を知った便乗犯よ。
わざわざ既存の事件に便乗したって事は、その事件を利用して『悪戯じゃない』と思わせるためか、アリバイを作るためか……今回の場合、アリバイを作ろうにも爆弾が仕掛けられた時間なんて分からない状態で脅迫状を出しているから前者ね。他者の仕掛けた事件を威力として明示するのは、自分がそれを実行する事が出来ないからと考えるのが自然だわ。
それに、犯人の目的が元々試合の中止だったのであれば、先日の爆弾も場所を明示して試合を止めれば良かった話じゃない? 事務所の前で盗難車を爆発させて、脅迫が悪戯でない事は既に示しているんだもの」
選手達は皆、ぽかんとした表情で麻理亜を見つめていた。
「……って、新一お兄ちゃんにメールしたら教えてくれたんだ!」
「なんや。麻理亜ちゃん……やったっけ? てっきり、自分で推理したんかと……」
「そんな、私みたいな子供に分かる訳ないじゃないですか〜」
「よっしゃ! せやったら、あそこにいるマスコミにも教えたって、はよ帰ってもらお! もうお腹ペコペコや」
「ほな、真田行け!」
「俺ですか!?」
「自分に会いに来てくれた麻理亜ちゃんが教えてくれたんやろ。ここは自分が行かんと」
「関係無いですやん」
ぶつくさ文句を言いながらも、先輩達に押されて真田は監督達の方へと向かった。ちょうど脅迫状の話をしていたところらしく、すんなりと真田は会話に入って行く。記録のためだろう。カメラマンがカメラを構え直し、アナウンサーもマイクを使い始める。真田が麻理亜達の方を指し示し、哀は帽子を目深にかぶってそれとなく麻理亜の後ろに隠れた。
話を聞いて彼らも納得したらしく、テレビ局の者達はややがっかりした様子で帰って行く。ベンチの前を通り掛ったスタッフの着るジャンパーを見て、麻理亜は目を瞬いた。選手達の傍を離れ、駆け寄る。
「ねえ! お姉さん達、日売テレビなの?」
「え、ええ。あの、この子は……?」
アナウンサーの女性は、監督の方を振り返る。答えたのは、真田だった。
「俺の親戚の子です。ちょっと届け物を持って来てもろて……」
「山森さんや香田さんは、来なかったの? あの二人も、Jリーグ追ってたよね?」
「ずっと一つを追っている訳じゃないわよ。特に山森さんは部長なんだから他の仕事もたくさんあるし、そうでなくてもあの二人、最近忙しそうだし……。明日の試合には、来るみたいよ」
「そっかー。お仕事、頑張ってください!」
子供らしい笑顔を浮かべ、麻理亜はテレビ局のスタッフ達の背中を見送った。
「――なんで、俺が送らなアカンねん……」
監督の手が空き、ようやく選手達はホテルに帰れると喜んだ。麻理亜達も暇を告げたが、保護者同伴でない事を心配した選手らにせめて駅まで送れと真田が借り出されたのだった。
駅まで歩く三人の横を、救急車が追い抜いて行く。
「俺、子供苦手や言うたのに……」
「練習で疲れてるところ、ごめんなさい。明日も試合なんでしょう?」
「それは構へん。これぐらいの距離でへばるかい。でも米花町なんて、なんでわざわざそない遠い所から子供二人で……この前の友達全員で遊んでたっちゅう訳でもあらへんみたいやし」
「そんなに遠くないわよ。電車で乗り換えも無く、ほんの数駅だもの。それに今日を逃したら、今度は最終戦のスピリッツとの試合まで東京には来ないでしょう? 本当は一人で来ようと思っていたんだけど、出かける時に哀がいたからどうせなら一緒にと思って誘ったの。哀、比護さんのファンだから」
「別にそう言う訳じゃないわ」
哀はじろりと麻理亜を睨む。麻理亜は肩を竦めた。相変わらず、素直じゃない。
「やっぱり、先輩は人気なんやなあ」
「だから、ファンじゃ……」
「比護さんは、俺の目標やねん。いつか絶対追いついて、比護さんみたいに活躍したる」
「ふふ。楽しみにしてるわ」
拳を握り決意を露にする真田を、麻理亜は微笑ましく見つめる。そして、ニヤリと笑った。
「それじゃあ、まずは試合に出ないとね」
「う、ヒデさんと同じ事言いよってからに……。自分、なんや俺にだけ態度違ないか? 呼び方も……」
「そう?」
「せや。比護さんの事はさん付けで、なんで俺は兄ちゃん呼びやねん」
「うーん……」
麻理亜は夕暮れに染まる空を見上げて考え込む。特に意識していた訳ではなかった。
「ま、いいじゃない。きっと、それだけ親しみやすいのよ」
麻理亜がそう言った時、また救急車が三人を追い抜いて行った。
「なんや、今日は救急車が多いなァ」
「何かあった……と言う訳でもなさそうね。さっきの救急車は右へ曲がって行ったから。この近くに消防署でもあるのかしら」
「試合が今日で、予定通り東都スタジアムやったら、比護さんが言うてた話と同じやな」
「え?」
麻理亜と哀は真田を見上げる。真田は何の気無しに言った。
「夏に東都スタジアムで試合した時にも、救急車が二台も立て続けに近くを通った事があるんやて。試合中に事故があったとは聞いてへんけど、ちょうど試合終了後やったからサポーターかも知れへんて心配しとったわ」
「試合終了後……」
麻理亜はハッと目を見開く。
「夏って、もしかして八月?」
「さあ……俺は話に聞いただけやから。東京での試合がいつあったか確認すれば、分かるんとちゃう?」
サッカー教室で小五郎に息子の写真を見せていた本浦。彼は多くを語らなかったが、何か小五郎に訴えたい事があるかのようだった。彼の息子である知史が亡くなったのが八月。知史はサッカーが好きだった。同じ時期に、東都スタジアムの傍を通って行った二台の救急車。何か意味があるのだろうか。
考え込んでいると、ふと真田の声がした。
「にしても……あんたら、ほんまにガキなんか?」
ぎくりと麻理亜は顔を上げる。
「子供らしく騒いどったと思たら急に話し方変わりよるし……そっちの子に関しては、はなから子供らしさの欠片もあらへんやん。そう思うと、むしろガキみたいな話し方してる時の方がわざとらしく見えるっちゅーか……。背ェは低いけど、一体いくつやねん?」
「あら。レディに年齢を聞くのはマナー違反よ?」
「レディーって……」
「――この辺りでいいわ。ありがとう」
商店街の向こうに駅が見えて来て、麻理亜は二、三歩駆けて立ち止まり、真田を振り返った。
「さよか。気をつけて帰るんやで。……今日は、こっちこそありがとう」
「え?」
真田は視線をそらし、頬を掻きながら言った。
「脅迫状の噂が流れてからここ数日、皆ピリピリしとったんや……。監督に聞いても誤魔化しよって答えてくれんしな。悪戯やて分かってるんやったら、そう言うてくれたらええのに」
「悪戯だって判断されていたからこそ、わざわざ選手に知らせて心配にさせる必要は無いと判断したんじゃない……」
哀が静かに言う。
「そうかもしれへんけど。でも、気になるやん?
明日の試合も爆弾で滅茶苦茶にされるかもしれへんて皆気ィ張っとったんやけど、あんたらが来たおかげで明るくなって……かと思えば、脅迫状が悪戯やっちゅう事まで見破ってまうんやもんなァ……」
麻理亜と哀は、ちらりと視線を交わす。ピリピリした空気のところへ、訪れた子供。比護が麻理亜達を迎えてくれたのは、もしかしたら子供達によって空気が緩和される狙いもあったのかも知れない。
「自分ら、明日の試合は見に来るん?」
麻理亜は左右に首を振った。
「明日は、友達と約束しているの。でも、テレビの向こうから応援させてもらうわ。頑張ってね」
「おう、任しとき!」
真田は胸を張り、ニッと笑った。
翌日、阿笠邸には子供達が集まっていた。コナンは今日も探偵事務所で行われる捜査会議に首を突っ込んでいるらしく、遅刻だ。小五郎宛に犯人からの電話が来ていた事で、マスコミに張り付かれ出るに出られず、目暮達警察の方が足を運んで来ていると言う事らしい。コナンとしては、紛れ込みやすくて万々歳だろう。
夕方になり、ゲームが中断されたのを見計らって麻理亜はテレビをつけた。試合はもう始まっていて、どうやらビッグ大阪は劣勢のようだ。
「Jリーグか!? 今日は、東京スピリッツ対横浜FCだろ?」
「アー……今日、スピリッツもあったっけ? やっぱりそっち見たい?」
元太は大きくうなずいた。
「江戸っこは東京応援しねーとな!」
「麻理亜ちゃん、ノワールのファンでしたっけ?」
「ノワールじゃなくて、ビッグ大阪の方。応援したいなって」
「ビッグ大阪は、哀ちゃんもファンだよね」
「別に……。博士、手伝うわ」
ファンではないというアピールなのだろうか。哀はすくっと立ち上がると、テレビに背を向け、台所で皆の飲み物を準備する阿笠の方へと行ってしまった。
チャンネルを変えようと手を伸ばした元太から、光彦がリモコンを取り上げた。
「今日は、ノワール対ビッグを見ましょう」
「なんでだよ! 光彦だって、ユニフォームにヒデのサイン貰ってたじゃんかよ」
「ノワールだって東京じゃないですか。ここは灰原さんや麻理亜ちゃんの家な訳ですし、家主の意見を尊重して……」
「やぬしって何だ?」
「この家の持ち主って意味ですよ」
「それなら博士だろ」
元太のもっともな指摘に、麻理亜は苦笑する。歩美が少しつまらなそうにぼやいた。
「私、ヒデの試合見たかったなあ……」
「……た、多数決も民主主義の大切な決定手法ですね……」
「光彦、オメー一体どっちが見たいんだ?」
歩美の意見で揺れ動く光彦に、元太はジトッとした視線を向ける。
「あ! 比護さんシュートしそう!」
パスが繋がれ、ビッグ大阪はゴール前まで来ていた。比護はボールを自在に操り、ノワールの選手をかわす。そして、大きく足を振り上げた。円弧を描いて飛んでいったボールは、キーパーの指先をかすめゴールポストをくぐりネットを弛ませた。
「やっ……」
小さな弾んだ声に、麻理亜は振り返る。いつの間にか麻理亜達の座るソファの背後まで戻って来た哀が、両手を軽く握り締め顔を輝かせていた。直ぐに我に返り、コホンと小さく咳をする。
「……あなた達、ココアはいる?」
「いるいる!!」
「私もー!」
「いただきます!」
コナンが訪れたのは、そんな折だった。
「随分と遅かったのね。捜査は順調?」
哀が、コナンの分も新しくマグカップを用意しながら尋ねた。
「今朝また、犯人からおっちゃんにメッセージが届いた」
「ええ!?」
阿笠と子供達が声を上げる。
コナンの話によれば、今朝郵便受けにカードが入っているのを蘭が見つけたらしい。詳細な日時や場所は明示されていなかったが、『次は前回よりももっと多くの人達がその場で爆発を目の当たりにし、恐怖の時間を共有するハメになるだろう』と言う文章から汐留で行われる十万人コンサートであると警察は検討をつけた。
「じゃあもう、スタジアムは爆破されないんだな!」
「それで、今日以降の試合も予定通り行われる事が決定したんですね!」
「ああ……」
コナンはうなずきつつも、どこか浮かない顔だった。阿笠と哀が、人数分のマグカップを机に置く。
「ほれ、ココアが入ったぞ」
「わーい!」
「続き見ようぜ!」
子供達はそれぞれにマグカップを持つと、再びテレビの前へと戻って行った。
コナンはまだ何か考え込んでいる。哀は、彼の隣に腰掛けた。
「何か引っ掛かるみたいね……」
「ああ……。問題のコンサートの開催は、十二月三日……」
告げられた日付に、哀も、麻理亜も、息を呑んだ。
「Jリーグの最終戦と同じ日!?」
「な。引っ掛かるだろ? それと、何故犯人はこんな、場所を特定できるような事を言って来たんだろう……。これじゃ、警備が厳重になって犯行がやりにくくなるだけじゃねーか……」
「そう言われればそうじゃのう……」
「それだけ自信があるって事じゃないの? あえて警備をさせて、警察を煙に巻くのも楽しんでいるとか。先週の爆弾だって、暗号とは言え場所を指定してきた訳だし。ほら、怪盗キッドだって犯行前に予告状出してるじゃない」
「それかもしかしたら、汐留アリーナの他に八万人以上の人が集まる場所があるのかも……」
哀が呟くが、他に東都スタジアム以上に人が来そうな場所など思い当たる節が無い。警察も思い当たらなかったからこそ、コンサートに目星をつけたのだろう。
「それとも、犯人が嘘を言ってるのかじゃな……」
阿笠の言葉に、コナンは首を振った。
「いや、この手の犯罪の特徴として、犯人は嘘を吐いてない。それは断言出来る。あるとすれば……言葉のトリックによる、ミスリード……」
コナンは、険しい表情で手帳にメモした文面を見つめていた。
「前半三十六分、比護の強烈なシュートでビッグ大阪が同点に追いつきました!」
歓声の中にアナウンサーの声が響き、電光掲示板に『GOAL』の文字が大きく映し出される。
十二月三日、土曜日。Jリーグ最終戦の日。麻理亜は、国立競技場へと来ていた。東京スピリッツ対ビッグ大阪。スピリッツは勝てば優勝、ビッグは負ければJ2降格、両者とも決して負けられない戦いだ。試合開始間もなくスピリッツが先制点を入れたが、今の比護のシュートでまた振り出しに戻った。まだまだ、勝負はこれからだ。
「おーっと、比護、どうした!?」
アナウンサーの声で、麻理亜は電光掲示板からピッチへと視線を戻す。比護が太腿を押さえ、倒れこんでいた。どうやら交替のようだ。
片側から支えられながら退場する比護と言葉を交わして、真田が場内に入って来る。誇らしげに観客席を見上げた真田の視線が、ふとこちらを向いたまま止まった。まさか、あの位置から麻理亜に気付いたのだろうか。
「タカにい、頑張れー!」
試しに手を振り叫んでみると、あちらも手を振り返した。何か叫んでいるが、当然こちらからは聞こえない。それでも、麻理亜には十分だった。
試合が再開し、麻理亜は再び電光掲示板を見上げる。爆弾設置場所として犯人のメッセージから容易に連想されるのは、汐留アリーナでのコンサート。しかしもしそちらが囮であった場合、再びJリーグが狙われると言う可能性も十分に考えられる。何しろ、同日なのだ。
気になって一番手近な国立競技場へと来てみたが、東都スタジアムの時のような爆弾は電光掲示板の裏には見当たらなかった。麻理亜の思い過ごしだったのだろうか。哀や阿笠や子供達と一緒に、Jリーグ会館へ行った方が良かっただろうか。
座席へと戻る麻理亜のポケットで、スマートフォンが震えた。画面の表示は、江戸川コナン。
「はい、もしもし」
『紫埜か? オメー、一体どこにいるんだ?』
大方、電話でもして哀達と一緒にいない事を知ったのだろう。コナンは訝しげな様子だった。
「さーて、どこでしょう?」
ワッと周囲で歓声が上がった。スピリッツの上村直樹選手がゴールへとドリブルを進めて行く。麻理亜は騒音を逃れるようにして、観客席を離れた。
『まさか、Jリーグの試合会場か? どの?』
「あったり〜。タカに……真田選手の言ってた事がちょっと気になってね、国立競技場へ来てみたの。念のため電光掲示板の裏もチェックしたけど、そこには爆弾は無かったわ。もっとも、例えJリーグを狙ったとしても同じ場所に仕掛けるとは思えないけど……」
『真田選手が言っていた事?』
「ええ。夏に、東都スタジアムの近くを二台の救急車が通って行ったって……。調べてみたら、八月のオールスター戦みたい。試合終了後で、サポーター達が帰って行く時間帯だったそうよ」
『八月、オールスター戦の終了後……!?』
「もしかして、ビンゴ?」
『ああ。知史君は、Jリーグのオールスター戦をテレビで観戦した直後に心臓発作で東都病院に運ばれたんだ。
爆弾が無いか、他にも探してみてくれ。犯人の狙いはJリーグかもしれない』
「でもここ、東都スタジアムの八万人には満たないわよ?」
『いや、それは……悪い、後でまた掛け直す』
また何か状況でも変わったのだろう。ぷつりと電話は一方的に切られた。
試合は一対一のまま、ハーフタイムへと突入した。爆弾は未だ、見つかっていない。コナンは犯人の狙いがJリーグである事を確信しているかのようだったが、果たして本当にここ国立競技場に爆弾があるのだろうか。
オールスター戦終了後に救急車で運ばれ、亡くなった本浦知史。彼の死が事件と関与しているとなれば最も怪しいのは彼の父親。可能性として上がるのはコーチと言う事になるが、彼らのどちらかが犯人と見て良いのだろうか。
「あっ……」
前方から話し声が近付いて来て、麻理亜は柱の陰に隠れる。競技場のスタッフだった。
「でも、なんでしょうね? 警察が試合中に監督に電話なんて……まさか、この前の爆弾事件と何か関係が……」
「ハハ、まさか……だとしたら、監督じゃなくてここの責任者に伝えて、今頃避難の誘導だろ……あの時だってそうだったらしいしな……」
――警察から連絡……?
いぶかる麻理亜の元に、着信が入った。ロック画面のダイアログを確認し、麻理亜は電話に出る。
「工藤? 爆弾なら、見つかってないわよ……。ねえ、本当に――」
『犯人の狙いはJリーグで間違いない。さっきまた、おっちゃん宛てに犯人からの暗号が届いた。各会場の爆弾の止め方もな……』
「な……っ!?」
今回、爆弾の設置場所はJリーグの最終戦が行われている各スタジアムと言う所までしか示されなかったらしい。その代わりに、犯人は爆弾を止める方法を提示してきた。ホーム側のゴールを攻める各チームのエースストライカーによる、特定のプレイ。
「――灰原にも、俺の方から連絡しておく。紫埜は、何かあったら教えてくれ」
「了解。工藤、あなたはどうするの? もし爆弾を見つけても、私じゃ解除出来ないけど」
「俺は犯人と思われる人物の所に向かう。万一犯人の指示するプレイを選手が出来なかったとしても、絶対に爆弾は止めてみせる!」
「そう。頼りにしてるわよ、名探偵さん」
「気をつけろよ、そこには爆弾が仕掛けられてるんだから」
「ええ、ありがとう」
そして、通話は途絶えた。
犯人の指示するプレイによる、爆弾の停止。すると、戦況も気にしていた方が良いかも知れない。観客席に戻ろうと物陰から立ち上がった麻理亜は、迂闊にも角を曲がったところで人と鉢合わせしてしまった。
「あ……」
「君は、真田の……」
曲がった先にいたのは、ビッグ大阪の監督と真田貴大選手だった。麻理亜は慌てて、子供らしさを取り繕う。
「ト、トイレ行こうとしたら道に迷っちゃって……あ……」
麻理亜は、真田の左腕に目を留める。そこに付けられた、赤いリストバンド。
「そっか……比護さんは退場したから……」
「聞いていたのか!?」
思わず口に出してしまい、麻理亜は慌てて口を押さえる。しかしもう、誤魔化しようがなかった。犯人は、監督とエースストライカーにしか伝えてはならないと言ったのだ。監督の方もまた、焦っている事だろう。
「あの……大丈夫です。私、毛利さんから直接話を聞いていただけなので。他の誰にも言いませんし」
「毛利さん……? あの、眠りの……!?」
「この子、眠りの小五郎と知り合いなんですよ」
口を挟んだのは、真田だった。麻理亜と目が合う。そして、彼は言った。
「麻理亜、逃げェ」
思いつめた表情。今彼は、国立競技場にいる全ての人の命運をその背に背負っている。
「爆弾の事知っとるなら、こない危ない所に居座る理由なんてあらへんやろ。親や友達も一緒なんやったら、皆連れてあんたらだけでも逃げるんや」
沈黙が流れる。売店や観客席から離れたこの場所は、騒音も届かず、完全な静寂だった。
麻理亜は、ぎゅっと拳を握り締める。
「……嫌よ」
「麻理亜」
「私は逃げないわよ。逃げる必要なんてない。……だって、爆弾はタカにいが止めてくれるでしょ?」
口元に笑みを湛え、麻理亜は小首を傾げた。俯く真田の手を取り、小さな両手で包み込む。
「大丈夫。あなたなら出来る。例え比護さんの代わりだとしても……だって、ただのサブじゃなくて、スーパーサブなんでしょ?」
真田はぽかんと麻理亜を見つめていたが、フッとその口元に笑みが浮かんだ。サッカー教室でも見たあの生意気そうな笑みを取り戻し、どんと胸を叩く。
「せやな……いっちょ、やったろやないか! 俺に任しとき!」
ハーフタイムが終わり、選手達はピッチへと入って行く。真田は、ビシッと赤木に指を突きつけていた。
「さあヒデさん、決着つけましょうや! 絶対負けませんよ!」
「あれ? 麻理亜ちゃん? どうしてここに」
「監督。エエんですか、この子」
麻理亜の存在に気付いた比護やその他選手達が、怪訝げにする。麻理亜も監督も押し黙り、真田を見つめていた。
大声援の中、後半戦は開始した。
開始早々、ボールはビッグへと渡った。ゴール前、大きく空いた空間にボールが飛ぶ。サイドを走っていた真田が駆け寄る。キーパーが拾おうと飛びついたが、真田の方が早かった。ボールは真田の足によって方向を転じ、キーパーの横を通り過ぎて行く。更にスピリッツの選手のスライディングを足トラップでかわし、そのまま左足でボールを蹴り上げた。
――当たった!
ボールはゴールポストに弾かれ、コート外へ飛んで行った。ビッグ大阪の応援席から、残念そうな声が上がるのが分かった。
麻理亜は即座に電光掲示板を見上げる。爆弾が解除されれば、サインの点滅があるはずだ。
一秒、二秒、三秒……それらしき点滅はない。確かに、ボールはクロスバーの中心に当たったはずなのに。
「どうして……!?」
爆発は、試合終了時刻の午後五時十五分。麻理亜は腕時計を確認する。
――残り四十分ちょっと……。
麻理亜はふいとピッチに背を向け、駆け出した。
人の気配に注意しながらスタッフ通路を抜け、人気の無い回廊を駆け抜ける。二番ゲートから観客席へと入り、最前列から身を乗り出す。やや遠いが、それでも目を凝らせばクロスバーの中央にそれらしき装置が取り付けられているのが見て取れた。小さな光が点滅し、作動しているようにも見える。
力が足りなかったのだろうか。少しずれていたのだろうか。何にせよ、麻理亜には爆弾の停止装置に手出しする術がない。
――やっぱり、爆弾を探し出すべき……?
もしも、真田のプレイに何も問題がなく、装置の故障だとしたら。この競技場は、爆弾を停止する術がないと言う事になってしまう。
麻理亜はぐるりと場内を見渡す。爆破予告時刻まで、あと四十分。この広い場内からどうやって探し出せば良いのだろうか。
「やだ、ちょっとなあに? この子」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと、落し物しちゃって」
身を引き顔をしかめる女性に、麻理亜は慌てて言い繕う。
一つ一つ回廊の壁や聖火台の下、照明の柱、座席の下など一つ一つ見て回っていたが、一向に爆弾らしき物は見つからなかった。時計の針は、既に五時を回っている。もう十分もないと言うのに、まだ場内の三分の一も探せていない。
――これじゃ、とても間に合わない……!
「あれ? 麻理亜ちゃんじゃない!」
聞き慣れた声に、麻理亜は身を起こす。同じ列、少し先の座席に、蘭と園子の姿があった。
「ら、蘭お姉さん!? 来てたの!?」
「そ。比護さんの勇姿を見にね。でも退場しちゃって、つまんなぁーい……」
園子が頬杖をつきながら言った。蘭は苦笑している。
「代わりに出て来た真田はゴールポストに当ててばかりの下手っぴだし、ああもう! 私の比護さん! どうして怪我をしてしまわれたの!?」
「……タカにいは、下手っぴなんかじゃないわよ」
麻理亜はうつむき、震える声で言った。園子に限らず、観客席を回っていれば真田へのブーイングは多かった。チャンスが巡って来る度に、ことごとくクロスバーにボールをぶつけているのだ。何も知らない人達から見れば、下手なプレイにしか見えない事だろう。この極限の中、彼はただ一人、この競技場内にいる全ての人の命を救おうと頑張っているのに。
「皆、彼がどんな思いかも知らないで……」
「……麻理亜ちゃん?」
唖然としたような蘭の声に、麻理亜はハッと我に返った。
「……私、ちょっとトイレ!」
叫び、麻理亜は二人の元を駆け去る。麻理亜の背中を見つめながら、園子が気まずそうに呟いた。
「……もしかして、あの子、真田のファンだった?」
「さあ……」
二人の座席の下で爆弾が時を刻んでいる事など、麻理亜も、蘭と園子も、知る由もなかった。
残り時間は、五分まで迫って来た。未だに、爆弾は見つけられない。
ワッと周囲から声が上がった。麻理亜は身体を起こし、ピッチを見下ろす。スピリッツの選手がファールを取られていた。真田が倒されたらしい。
残り二分。フリーキックだ。
ちらりと真田の視線がベンチの方に向けられるのが分かった。監督が落ち着くように声援を飛ばす。その横で、比護が真田の視線を受けうなずく。
真田は左腕で汗を拭うと、地面を蹴った。振り上げられた左足が、ボールに強く打ち込まれる。ゴール前で壁を作るスピリッツの選手達の頭上を抜け、真っ直ぐにゴールへ――と、ボールがキーパーの指先に触れた。
――まずい!?
ボールは僅かに弾かれ、しかしクロスバーを掠めて更にはゴールポスト内へと入って行った。
「やった……!?」
電光掲示板に目をやる。点滅する様子はない。残り時間はゼロ。時刻も五時十五分を示していたが、爆発する様子もなかった。
爆弾は、止まっていたのだろうか……?
ゲームが終了し、シーズン終了のセレモニーへと移り変わる。選手達は観客席に沿って歩き、サポーター達の声援と拍手に応えていた。最後の真田のシュートでビッグ大阪は勝利を手にしJ2降格を免れたものの、当の真田本人は浮かない顔つきだった。それもそうだろう。指示されたプレイは何度も達成していたはずなのに爆弾解除のサインはなかったのだ。
爆発をしなかったところを見ると、単に解除サインの装置が壊れていただけなのか。はたまた、コナンの方で犯人と決着をつけて爆弾を止めたのだろうか。
一先ず自分の座席に戻ろう。もし犯人との決着がついたならば、コナンから連絡が入るだろう。そう思いゲートから回廊へ出かけた麻理亜は、ふと壁に目をやり足を止めた。
回廊へ続く壁に取り付けられた、四角い箱。感電注意や高圧電流などのプレートが付けられている。こんな所に置かれる感電する備品など、思い当たる節がない。透明のガラスの内側に見える黒い物体は、事件現場で幾度か目にした事のある物だった。
そしてそれは、赤く光っている。
「嘘……」
爆弾は、確かに国立競技場に設置されていた。そして今も、時を刻み続けているのだ。
一つ見つければ、後の爆弾は比較的見つけやすかった。それも同じような箱に入れられ、備品のふりをして設置されている。三つほど見つけたが、これで全てではないだろう。
問題は、これらが一体いつ爆発するのか。
抱えた爆弾に衝撃を与えないよう注意しながら、同じような箱がないか座席の下を探し続ける。そこへ、コナンからの電話が入った。
「工藤!? どういう――」
『紫埜!! 逃げろ!!』
麻理亜の問いかけを遮り、コナンは切羽詰った様子で叫んだ。
『国立競技場のクロスバーの装置はダミーだ! あと三分で、そっちの爆弾も爆発する! 蘭もそこに来ているはずだ! あいつも連れて――』
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」
早口でまくし立てるコナンに、麻理亜は怒鳴り返した。周囲の視線から逃れるように、ゲートの方へと移動する。
「蘭さんを連れて、私達だけで逃げろって言うの? それじゃあ、他の人達はどうなるのよ!? 工藤、あなた何、寝言言ってるの? 後三分だから何? 止める方法は無いわけ?」
麻理亜の剣幕に、コナンは黙り込んでいた。麻理亜は深呼吸し、自分自身を落ち着かせる。
「……いいわ。犯人はそこにいるの? 国立競技場のどこに爆弾を設置したか、吐かせる事は出来る?」
『ゲートは十番ごとに一つずつ、座席は――』
コナンではなく別の声が、麻理亜の質問に答えた。
『――だが、それを知ったところで解除する時間なんかあるはずがない。残念だったな、お嬢ちゃん。悪い事は言わねぇ。さっさとそこから離れな。俺は毛利小五郎とサポーターに恨みはあっても、ガキに恨みはねぇ』
『聞こえたか、紫埜?』
「ええ。聞こえたわ。ご親切な犯人さんだ事。――要は、人のいる場所で爆発しなければいいのよね」
『紫埜? オメー、何考えて――』
コナンの言葉も皆まで聞かず、麻理亜は電話を切った。
残り二分。回収するべき爆弾は、あと四つ。一刻の猶予も無い。
トイレからモップを拝借し、跨り飛び上がる。回廊を滑るようにして飛んで行く。子供の足では、二分以内に場内に点在する爆弾を全て回収する事などできないだろう。しかし、箒ならば。
人目のある観客席は流石にモップから降りて足で回収に向かうが、後はひたすら飛び続けた。
誰一人として、犠牲者を出すものか。真田の頑張りを無駄になぞするものか。ただそれだけを胸にして。
最後にバックスタンド側の座席の下の爆弾を回収すると、麻理亜はそのまま観客席の最後尾から外へと飛び上がった。夕闇に乗じて人目を避けるようにして飛び、ひたすら競技場を離れる。姿くらましは大きな音を伴う。そうでなくても、狭いパイプを抜けるようなあの衝撃に爆弾が耐えられるか分からない。
爆発まで、残り十秒――五秒――三――二――一――
ぎゅっと目を瞑ったが、何ら衝撃は無かった。恐る恐る目を開ける。爆弾のランプは青色に切り替わり、タイマーは残り〇.一六秒と言う所で停止していた。
麻理亜はふーっと深い息を吐く。
――工藤……。
彼が爆弾を止めたのであろう事は、想像に難くなかった。まったく、ギリギリまで心臓に悪いものだ。
それでも、最後は必ず食い止める。心のどこかで、麻理亜はそれを解っていたのかもしれない。だから、これだけ大量の爆弾を抱えながらも、恐怖心は無かったのかもしれない。
ふわふわと国立競技場の方へ戻っていると、バイブ音が鳴った。麻理亜は腕と顎とで積み上げた爆弾を支えながら電話に出る。
『紫埜、そっちは大丈夫か?』
「ええ。全部、無事止まったわ。流石、名探偵さんね」
『今回は、俺だけの力じゃねーよ』
そう言ったかと思うと、電話先から明るい声が流れ込んで来た。
『少年探偵団大勝利ですね!』
『歩美達、褒められるかなあ』
『うな重奢ってもらえるかな!?』
麻理亜は目を瞬く。
「子供達もいたの!?」
『ちなみに私もいるわよ』
『車で待ってるように言ってたんだけど……ま、今回は、結果オーライだな』
「そっか……皆、ありがとね」
競技場に戻ると、小五郎や目暮達が観客席で犯人の姿を探していた。停止した爆弾は、警察へと引き渡した。麻理亜が場内の爆弾を抱えている事に目暮らは驚いていたが、そこはお馴染みの「新一お兄ちゃんの指示」で誤魔化した。また子供に危険な真似をさせたのかと小五郎の怒りの矛先が彼に向いていたが、それぐらいは勘弁してもらおう。
コナンから聞いた事を全て新一伝いと言う事にして経緯を説明し終えた頃には、セレモニーも終わり観客達は続々と帰り出していた。
「それじゃあ、俺達も帰るとするか。警部、このガキも送ってもらえますか。博士達は一緒じゃないみたいなので……」
「ああ、構わんよ」
「あ……」
「お父さん!?」
帰りがけの蘭と園子が、ちょうど通り掛ったらしい。驚いたのは、父親の方も同じようだった。
「蘭!? お前、なんでここにいるんだ!? 映画に行くんじゃ……」
目を丸くする蘭の横で、園子がぎくりと身を竦ませていた。どうやら、彼女が嘘を吐いて蘭を誘い出したらしい。
「お父さんこそ、どうしてこんな所にいるのよ? 汐留アリーナは!?」
「犯人の狙いは今度もJリーグだったんだよ。ヨーコちゃんのコンサートはフェイクで……あー!! ヨーコちゃんのコンサート、もう終わっちまったじゃねーか……」
落胆し崩れ落ちる小五郎を尻目に、麻理亜はそっとその場を離れた。
人ごみに逆らい、競技場内、そして関係者専用通路へと潜り込む。選手達は、控え室へと向かっているところだった。
「タカにい!」
真田は振り返り、麻理亜の姿を見て目を丸くした。
「帰ったんやなかったんかい」
「帰らないわよ。逃げないって言ったでしょう」
「……せやな」
真田は軽く手を振って、仲間の選手達を先に行かせる。彼らの姿が見えなくなってから、ぽつりと呟いた。
「……ホンマ言うと、俺、もうアカンと思ったわ。何回当てても、掲示板光らへんし……でも、爆発はせぇへんかった。なんでやろな? 悪戯やったんやろか……せやったらアホらしーな。爆弾止めな思うて、何度もシュートのチャンスふいにしてしもて……」
「爆弾は悪戯じゃなかったわ。全部、警察に渡して来たもの」
「……は……? 警察に、て……麻理亜が……?」
真田は目をパチクリさせる。構わず、麻理亜は続けた。
「多分、いずれ知る事になるだろうから、言っちゃうわね。……ここの競技場だけ、爆弾解除の装置がダミーだったのよ。毛利さん達も来ていたから、多分彼を呼び寄せて最後に爆破させるつもりだったんだと思う。ここの爆弾の起爆装置と解除装置は、犯人の所にあった」
「ダミー……? ハ……何や、それ……」
真田は、へなへなとその場にしゃがみ込む。
「俺、何のためにやっとったんや……要らへんやん……」
「私は、タカにいだったからこそ、安心出来たわ」
真田は顔を上げる。麻理亜は微笑んだ。
「お疲れ様。頑張るタカにい、かっこよかったわよ」
真田の表情に、みるみると生気が戻る。差し伸べた麻理亜の手を取り、彼は立ち上がった。
「当然や。今回ので、比護さんみたいに女の子にもモテてまうかな!」
「うーん、それはどうかしら? 何も知らなければ、シュート外しまくってただけにしか見えなかったでしょうし……」
ジトッとした視線で真田は麻理亜を見下ろす。麻理亜はニヤリと笑った。
「冗談よ、冗談。今回の事件もニュースで知らされるでしょうし、そしたらあなた達のプレイだってシュートを決めるよりも凄い事だったんだって皆分かるでしょうし。お望み通り、モテモテになれるんじゃない?」
「大人をからかうなや。ホンマ、子供らしない生意気なガキやなー」
「生意気なのは、お互い様でしょ?」
麻理亜は軽く肩を竦める。そして、二人は笑い合った。
外はすっかり日が暮れ、星空が輝いていた。
「 Different World 第3部 黒の世界 」 目次へ
2013/04/28