全長635メートル、かの東都タワーをも凌ぐ新しい塔からは、東京の町を一望できた。東都タワーに隅田川、東都ベルツリーラインの鉄橋、遠くに目を向ければ麓の方に霞がかったような姿の富士山をも視認できる。
 穏やかなオープニングセレモニーの光景は、一発の銃弾によって恐怖と混乱に包まれた。
 背広を着た男性の背中から鮮血が噴き出す。倒れた男性の胸元は、真っ赤に染まっていた。そばに立つ蘭の悲鳴。コナンが、隣に立つ哀をかばいながら叫ぶ。
「狙撃だ! 皆、伏せろ!」
 人々が伏せたり中央へと逃げ惑ったりする波に逆らい、麻理亜は窓へと駆け寄っていた。
 この高さへの狙撃。できる場所なんて、限られている。案の定、隅田公園に面した高層ビルの屋上に、その姿はあった。
「江戸川!」
 振り返れば、コナンは追跡メガネのズーム機能を使い、窓の外を確認していた。彼も、犯人の姿を確認したようだ。
「紫埜は皆を頼む!」
 コナンは博士から車の鍵を受け取ると、エレベーターへと駆けて行った。





+++異次元の狙撃手





 ベルツリータワーを中心とする辺り一帯の縮小模型。子供たちと一緒に作る事になった夏休みの宿題のため米花図書館へと向かった麻理亜は、そこで思わぬ人物と遭遇した。
「やあ。確か君は、コナン君達とよく一緒にいる……紫埜さん、だったかな」
「……ええ」
 一瞬強張らせた表情を緩め、麻理亜はにっこりと笑う。
「夏休みの宿題を、調べに来たの! 世良のお姉さんも、調べ物?」
「まあね」
「あ、もしかして、この前の事件の?」
 麻理亜は背伸びをして、机の上をのぞき込む。そこに広げられているのは、女性誌だった。
 子供のような動作をする麻理亜を、世良はじっと見つめていた。
「今日は、彼女は一緒じゃないんだね」
 麻理亜は顔を上げ、キョトンと世良を見つめる。
「ほら、灰原哀って子。君達、いつも一緒にいるから。仲がいいよね。……昔からなの?」
 世良の問いに、麻理亜は首をかしげて見せる。
「昔?」
「博士の家に来る前からって事。君達二人とも、あの家に住んでるんだろう? 転校して来たのも、二人同時だったそうじゃないか」
「ええ。親の仕事の都合で。あの子は、私の大切な家族よ」
 そばの窓から差し込む西日。館内には、『蛍の光』が流れ出す。
 世良は、ぽつりとつぶやいた。
「家族……ね……」
 視線を落とし、少し寂しそうな、自嘲するような、意味ありげな笑みを浮かべる。それから、麻理亜を見た。その顔からはどんな笑みも消え、真剣な表情だった。
「君は――」
「あの……そろそろ……」
 図書館の係員が、控えめに声を掛けてきた。
「あ、はい。すぐに片付けます」
「私、この本借りるのー」
 麻理亜は、手にかかていた本を係員へと差し出す。
「それじゃあ、こっちで貸出手続きしようか」
「うんっ。じゃあね、世良のお姉さん」
 麻理亜は小さく手を振り、係員の後について行く。
(……悪い子では、なさそうなんだけどね……)
 コナンに対しては好意的なようだし、頭も切れる。組織への敵対においては、強力な味方にもなり得る。
 しかし、彼女が妙に哀を気にしているのは確かだ。一体何を企んでいるのか。彼女の真意が分かるまでは、気を抜く訳にはいかない。





 狙撃事件は、一度では終わらなかった。ベルツリーで狙撃された藤波宏明。自宅で、コナンと世良の目の前で狙撃された森山仁。そして更には、彼らの殺害容疑をかけられていたティモシー・ハンターその人自身までも。
 銃社会でもない日本で、立て続けに起こる狙撃事件。容疑者の死亡で捜査は難航し、次の被害者の予測もつけられなくなってしまった。
 何の進展も見られない事件に無責任なマスコミは無差別殺人だと騒ぎ立て、東京の街はパニックに陥った。
「コナンのやつ、今日もまたサボりかよ」
「コナン君、どこ行ってるんだろ……お外、危ないのに」
 歩美が、つけっぱなしにされたテレビを見ながら呟く。テレビ局はどこも、連続狙撃事件のニュースばかりだ。
「まったくです! 今日、ここへ来るのも、家族に止められそうになって……」
「歩美も。今日はお父さんとお母さん遅くなるから、ずっと家にいた方がいいんじゃないかって……」
「それじゃ、いっそ皆でここに泊まる? 夏休みの宿題合宿! ……なーんて、どう?」
「わあっ。いいの?」
「面白そうですねえ!」
「サボりのコナンは抜きだな!」
 麻理亜はくるりと台所の方を振り返る。
「博士ーっ。いいー?」
「おお、かまわんよ。親御さんに連絡はちゃんとするんじゃぞ」
「やったーっ!」
 子供たちは歓声を上げる。
「合宿までするんだから、すっげー出来にしようぜ!」
「コナン君をビックリさせてやりましょう!」
 子供たちはノリノリで、大きな模造紙を取り囲む。模造紙には略地図が描かれ、いくつかの模型が置かれていた。
 哀は麻理亜の隣に立ち、フ……と口の端を上げて笑う。
「上手く乗せたわね」
「ま、ねー。また抜け駆けとか何とか言って暴走始めたら、今回ばかりは危ないし」
「そうね……犯行現場も広範囲で、どこで巻き込まれる事になるか分からないし……」
 その時、哀のスマートフォンが鳴った。画面に出ている文字は、江戸川コナン。
「噂をすれば、ね……」
 少し微笑って、哀は電話に出る。
 また何か調べものだろうか。そして情報を聞き出すなり都合よく突然切るまでが、いつものお約束だ。
 そんな風に思っていた麻理亜は、哀の口から出て来た言葉に目を見張った。
「え……!? 狙撃された……!? あなた達が……!?」
 哀の言葉に、模型作りに取り掛かっていた子供達も、ケーキを用意するついでに何処からか出してきたドーナツをつまみ食いをしようとしていた博士も、こちらを振り返る。
「ええ……そう……。分かった……ええ、そう言っておくわ」
 うなずき、哀は電話を切った。
 電話先の声が聞こえないかと、子供たちと博士は周りに集まっていた。
「江戸川、何だって?」
「コナン君、撃たれちゃったの!?」
「彼は平気みたい。一緒にいた、世良真純……彼女が、彼をかばって負傷したそうよ。一命を取り留めて、今は病院で眠ってるって……」
「じゃあ、皆でお見舞いに行こうぜ!」
「今日はもう、面会時間は終わってるじゃろう。眠っている所に押しかけても、かえって迷惑じゃよ」
「それじゃあ、明日行きましょう。あの模型も持って!」
「そうだね! お姉さんに見せてあげよう!」
「博士、箱か何かあるか?」
「それなら、確かこっちに……」
「ドーナツをまとめ買いした時の箱が、台所にあるんじゃない?」
 哀の言葉に、博士はギクリと振り返る。
「ど、どうしてそれを……」
「気付いてないとでも思ったの? もちろん、没収だから」
「トホホ……」
 博士は、ガックリと肩を落とした。





 翌朝、麻理亜達は世良の入院する病院へと赴いた。
「まさか、志保も来るなんてね……」
 広い廊下を博士や子供たちの後に続いて歩きながら、麻理亜は小さくつぶやく。
「工藤君をかばって狙撃されたんだもの。来ない訳にいかないじゃない」
「おっ。あの部屋だな!」
 横開きの茶色い扉へと、元太が駆けて行く。
「おーい! 見舞いに来てやったぞー!!」
「ちょっと元太君、声が大きいですよ!」
 光彦が慌てて後を追う。
 病室には、コナンの姿もあった。蘭や園子の姿が見えないから、事件の話でもしていたのだろう。
 机の上に広げた模造紙に建物を配置している間に、二人は帰って来た。それ、君達だけで作ったのかい?」
「うん!」
「夏休みの宿題なんだぜ」
「まだ完成はしてないですけど……。建物の形は違いますけど、サイズや配置は合ってるんですよ」
「哀ちゃんがチェックしてくれたんだよねーっ」
「よしっ! これで最後だ!」
 元太が最後の模型を置き、満足げに机の上を見下ろす。そこには、小さな東京の街が出来上がっていた。
「誰かさんは、未だになーんにもしてないけどね……」
 哀は、薄笑いを浮かべ、コナンを横目で見る。少しバツが悪そうに哀を見つめ返す彼の両肩に、麻理亜は背後から両手を置いた。
「ま、その『誰かさん』には最後の仕上げを頑張ってもらいましょう。まだ色塗りが残ってる事だし」
「十分よく出来てると思ったけど、そっか。色も付けるのね」
「でも、この前、ベルツリーに行った時、西側しか写真撮れなかったから、ビルの色が分からなくて困ってるの……」
「塗り始める前に、また登っておきたいんですが……」
「じゃあ、もう一回行ってみる?」
 軽い調子で、園子が言った。
「修理は済んだけどまだ再開してないから、今なら貸し切りよ!」
「マジかよ!」
「本当ですか!?」
 ふと、コナンが机へと歩み寄った。真剣な顔で、じっと模型を見つめる。
「江戸川? どうしたの?」
 コナンは答えず、何か考え込んでいるようだった。
「なんだぁ? 何か見えんのか、コナン……」
 元太は、模型をよく見ようと机の横でしゃがみ込む。
「へえー、面白ぇーっ。こうやってしゃがんで見ると、俺達の作ったビルの高さが同じに見える場所があるぜ!」
 コナンと世良の顔色が変わった。
「コナン君!」
「うん! ――元太、悪ィ! 見せてくれ!」
 元太と場所を代わり、コナンはしゃがみ込む。光彦と歩美も、それぞれにしゃがみ込む」
「わー、本当だ!」
「面白いですねぇ」
「蘭姉ちゃん! 僕、忘れ物したから、先帰る!」
「……えっ。ちょっと、コナン君! ベルツリーに行かないの?」
「うん! 今日はやめとくー!」
 叫びながら、コナンはターボエンジン付きスケートボードを片手に病室を飛び出して行った。
「それじゃ、私達もベルツリーに行きましょう。世良さん、また明日来るね」
「うん。ありがとう」
 園子の号令で、皆立ち上がり、出て行く準備をする。
 机の上の模型を片付け始める最中、麻理亜はパンと思い出したように手を叩いた。
「あーっ!」
「どうしたんですか、麻理亜ちゃん?」
「いっけなーい。ベルツリー周辺調べるために借りてた本、返却期限が今日までなの忘れてた! ごめん、私も今日はパス! 返して来るね!」
 麻理亜は早口で言うと、慌ただしく病室を出て行った。
「この時間って、図書館もう開いてないんじゃないか?」
「返却ポストに返すなら、後でも大丈夫だよね……」
 子供たちは首をかしげる。哀は、真剣な瞳で麻理亜の去って行った戸口を見つめていた。





 パァンと言う大きな音が広い家の中に響く。
 阿笠邸へと「姿現し」した麻理亜は、真っ直ぐに寝室の棚へと向かった。引き出しから取り出したのは、犯人追跡メガネの予備。
 眼鏡をかけ、スイッチを入れる。緑色の点は、浅草の方へと猛スピードで向かっていた。
「……よしっ」
 麻理亜は眼鏡をかけたまま、箒を取り阿笠邸を飛び出す。手にした箒にまたがると、夜空へと舞い上がって行った。

 眼下に広がる東京の夜景。ビルがぷっつりと途切れ、川が姿を現わす。その向こうに見えるのは、イルミネーションに彩られた高い鉄塔――ベルツリータワー。
 不意に、タワーを青い光が遮った。光は一つのビルへと一直線に吸い込まれて行った。
 ――間違いない。キック力増強シューズで蹴られたサッカーボールだ。
「工藤……!」
 あの軌道ならば、放たれたのは――
 麻理亜は箒の柄に胸が当たるほど身をかがめると、コナンのいるビルの屋上へと真っ直ぐに飛んで行く。
 ビルの屋上に、小さな砂煙が上がった。
(狙撃……!)
 コナンはスケートボードに飛び乗り、狭い屋上をジグザグと走る。逃げ惑うコナンを追うようにして、連続する銃撃が襲う。
 弾の一つが、スケートボードのタイヤを襲った。コナンはコントロールを失い、地面へと投げ出される。――まずい。
「お願い……間に合って……!」
 矢のように飛ぶ。通り過ぎる視界が線のように曖昧な輪郭となる。ただ一点、座り込んだまま動かないコナンだけが、はっきりと鮮明に見えていた。
 あと十メートル――五メートル――三――二――一――
 麻理亜は箒から手を放し、コナンへと手を伸ばす。箒から飛び降りた麻理亜の背中を、衝撃が襲った。
「――紫埜!?」
 覆いかぶさるように、コナンを抱き寄せる。ダメ押しのように、それとも麻理亜の陰になったコナンを狙ってか、繰り返される銃撃。背中や頭を襲う弾は眼鏡の縁にも当たり、予備の追跡メガネを地面へと跳ね飛ばす。
 連続する狙撃は、突然終わった。
 射手が、別の者に狙撃されたのだ。
「あそこから!? なんで昴さんが、あんな所に……」
「う……」
 眼鏡のズーム機能で浅草スカイコートを見ていたコナンは、呻き声に我に返った。
「おい、紫埜! 紫埜!? 大丈夫か!?」
「……平気よ」
 麻理亜はコナンを解放し、むくりと起き上がる。銃弾が、コロコロと地面に転がった。
「私に普通の銃は効かない。知ってるでしょ?
 間に合って良かったわ。狙撃されたって事は、あなたはもう犯人に目をつけられている。いつまた狙われるか、分からなかったから……」
「バーロォ! 無茶しやがって……! もし、銀製だったら、どうするつもりだったんだ!? そもそもオメーは、もうちょっと自分を大事にしろ! 人より少し頑丈だからって、いつも危険な真似ばかりして――」
 コナンの説教は、電話の着信音に遮られた。
 幽かに聞こえて来た電話相手の声は、ジョディのものだった。FBIがベルツリータワーに駆け付けたらしい。
 息をのみ、麻理亜はベルツリータワーを振り返る。狙撃された角度からして、犯人がいるのは、ベルツリータワーの展望台。ついさっきまで、子供たちがタワーへ行こうと話していたではないか。
「工藤! 皆も、あそこにいるわ!」
 コナンはうなずく。そして、電話相手へと言った。
「ジョディ先生! その貸し切りって、蘭達だ! 事情を話して、展望台に上がって!」
 電話を終えると、コナンは続けて蘭へと電話を掛けた。新一の声で、撤退を促す。
 蘭との電話を終えて間もなく、薄暗い展望台で明るい光が明滅した。銃撃だ。
「野郎! まだ諦めてねーのか!」
「志保……!」
 その時、展望台の上辺りで爆発が起こった。フッとベルツリータワーのイルミネーションが消える。展望台も真っ暗だ。
 麻理亜は地面に転がった眼鏡を拾い、スイッチを押す。銃撃で壊れてしまったらしく、ズームも暗視カメラも作動しなかった。
「工藤! あなたの眼鏡を貸して!」
「どうするつもりだ?」
「私の魔法なら、一瞬であそこへ行けるわ! でもこのまま行ったんじゃ、何も見えないから――」
「じゃあ、俺を連れて行け! お前が行かなくても――」
「その足で何が出来るって言うの!?」
 この暗闇では、現場にいるFBIも身動きが取れなければ、沖矢が犯人を狙撃する事もできない。
「まずい! このままじゃ歩美を連れ去られちまう……!」
「でも、この暗闇なら犯人もこっそり去るぐらいしか……声を立てられないようにって考えれば、どこかで歩美は置いていくんじゃ……」
「いや! 犯人は暗視ゴーグルを付けてる! このままじゃ――」
 麻理亜は息をのむ。
 すると、暗闇の中、犯人だけは視界が効いているのだ。
「紫埜! このサスペンダーの端を、そこの柱に固定してくれ!」
「え……っ?」
 唐突な指示に目を瞬きながらも、麻理亜はすぐにうなずいた。
「分かった!」
 麻理亜はサスペンダーを持ち、柱へと走る。考えている場合ではない。彼に考えがあるならば、信じて従うのみ。
 コナンは、哀に電話を掛けていた。
 柱へとサスペンダーを厳重に巻き、カチッと金具を留める。振り返ると、再び暗闇の中に銃撃のフラッシュが明滅していた。ゴムを伸ばしながら、コナンの方へと駆け戻る。
「工藤。準備オーケーよ!」
「ああ」
 焦り顔で展望台を見つめていたコナンは、麻理亜の手からサスペンダーを受け取ると、屋上の淵から下をのぞき込む。
「――まさか!」
 コナンは受け取ったサスペンダーの端を腰に巻くと、屋上から飛び降りた。
 サスペンダーはみるみると伸びて行く。サスペンダーの長さが限界に達し、ピーと言う電子音と共にガキッと言う引っかかるような鈍い音がする。
 地面で、キック力増強シューズの虹色の光が光った。今度は、みるみるとサスペンダーが短くなっていく。
 伸縮の反動で跳ね上げられるようにして、コナンは空高く飛び上がった。
 ベルトから射出したボールに、宙で一回転しながら蹴りを打ち込む。
「いっけえぇぇー!!」
 ボールは光を伴って世闇の中を飛び――そして、ベルツリータワーの前で花火のように弾けた。
 光の中を突き抜けて行く一発の銃弾が、犯人の手元を撃ち抜く。
 麻理亜は、落下して来たコナンを抱き留める。コナンは眼鏡のズーム機能を使い、じっと展望台を見つめていた。
「どうなった!?」
「大丈夫だ。蘭が犯人をやっつけたよ」
 ホッと麻理亜は息を吐く。コナンも、長い溜息を吐いていた。
「ったく……容赦ねえんだから……」
 コナンは少し笑い、それから浅草スカイコートの方へと目を向ける。麻理亜も、その視線の先を辿った。
「……昴さんって、言ってたわよね? どうして彼が、ここにいるの?」
「昴さんも、サイコロの謎を解いたんだよ」
「そう言う話をしているんじゃないわ。どうして彼が狙撃なんてしているの? 彼はいったい……」
 ベルツリーの展望台の屋上。そこを狙える場所があるとすれば、建設中の浅草スカイコートのみ。浅草スカイコートもそれなりの高さだが、それでもせいぜい展望台と同じ高さになるだろうと言う程度だ。今は建設中なのだからもちろん、屋上となる高さまでは行けず、ベルツリーを狙えばどうしても見上げるような角度になる。
 そして何より、狙撃するには距離がありすぎる。この距離で正確な狙撃が出来る人物がいるとすれば、ただ一人。麻理亜が入る前に、組織にいたと言われている人物。
「まさか……彼は……」
「さっ、皆と合流しようぜ。博士がこっちに車を回してくれるってよ」
 コナンはスケートボードとサスペンダーを回収し、ひょこひょこ歩きで屋上を出て行く。麻理亜は腑に落ちないながらも、彼の後を追って行った。





「やあ、また会ったね。今日も、夏休みの調べもの?」
 米花図書館へと本の返却に訪れた麻理亜は、再び世良真純と出会った。
「世良のお姉さん……怪我は、もういいの?」
「うん。まあ、完治にはもう少しかかるみたいだけど、もう出歩いても問題ないってさ」
「そう、良かった……江戸川を守ってくれたのよね。ありがとう」
 世良は目をパチクリさせる。そして、フッと微笑った。
「彼の事、大切に思っているんだね。あの時、コナン君の後を追って行ったんだろ?」
「ええ。大切な友達だもの」
「そっか……」
 世良はしみじみとつぶやき、そして、手を差し出した。
 麻理亜はきょとんと、世良を見上げる。彼女は、小さな八重歯をのぞかせ、にっこりと笑っていた。
「まともな自己紹介はまだだっただろ? 僕は、世良真純。よろしくね、紫埜さん」
 彼女は、身を挺してコナンを守った。
 哀に対して何か思うところがあるらしいのは確かだが、悪い子ではないのも確か。彼女も、誰かを大切に思う気持ちは同じ。きっと彼女も、麻理亜に対してそう判断したのだろう。
「紫埜麻理亜。こちらこそ、よろしくね」
 差し出された手を握り返し、麻理亜は微笑んだ。


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2015/04/19