「ほんとにほんとに、歩美、見たもん!」
「マジかよ、歩美!?」
 避難所で蘭、小五郎、和葉が話す傍ら、元太、光彦、歩美はヒソヒソと話し合っていた。
「本当にいたのか? 遊園地の姉ちゃんが?」
「うん! ビルの方に走って行ったよ!」
「確か、警察に連れて行かれましたよね……もしかしたらお姉さんは、警察だったのかもしれませんね。この事件に関わっているのかも」
 光彦はあごの下に手を当て、考え込みながら話す。
「それじゃ、事件調べたら姉ちゃんにも会えるんじゃねーか?」
「わあっ、歩美、お姉さんに会いたーい!」
「見つけた時に声掛ければ良かったのによ」
「だって名前も知らないし、お姉さんだと蘭お姉さんもそばにいるし、何て呼べばいいか迷ってる内に行っちゃったんだもん……」
「あ! コナン君ですよ!」
 光彦が声を上げる。コナンと平次が連れ立ってこちらへと歩いて来ていた。
 駆け寄る子供達の後に、和葉と蘭も続く。
「ちょっと平次! 今までどこ行っとったん?」
「あっ、ああ……ちょっとな……」
「コナン君もよ……。凄く心配したんだから……」
「ごめんなさーい……」
「麻理亜は一緒じゃねーのか?」
 元太が問う。コナンが愛想笑いを浮かべながら取り繕った。
「あ、うん……疲れちゃったから、先にホテルに戻ってるって……」





+++から紅の恋歌 II





「ここね……さっきの人たちが話していた病院は」
 浪花警察病院。事件があった日売テレビ本社から程なく行った所にある病院前で、麻理亜は腕を組み建物を見上げた。

 ニュースを見た麻理亜は、直ぐ様、大阪へと「姿現し」した。マグルには新幹線で数時間かかるような距離でも、魔法使いの麻理亜には関係無い。
 既に爆発から一時間近くが経過している事もあり、建物内にいた人達は避難を完了し、燻る煙が残っているのみだった。
 避難した人達と野次馬とが騒めく中、麻理亜の耳に一つの会話が流れ込んで来たのだ。
「会長は浪花警察病院に運ばれたらしいです」
「容体は?」
「本人は大丈夫言うてましたけど……。あと、それからこれ」
「皐月会のカルタやないか……! お前、あの中持ち出しとったんか?」
「いえ。持ち出してくれたのは、ビルに取り残されとった改方学園の……」
 麻理亜は、人混みの中振り返る。
 会話の主は、スーツを着た二人の男性だった。首からかけられた赤いネックストラップは、揃いの物。見回せば、ちらほらと同じネックストラップを首から提げた人々がいる。恐らく、日売テレビ内にいた人達だろう。
 改方学園……まさか。
「彼女は無事なんか?」
「自力で歩いてはいましたけど、腕を怪我したみたいで……彼女も会長と同じ病院に運ばれるそうです」
 麻理亜は駆け出す。人混みを抜け、車の陰に飛び込む。
 大きな破裂音が辺りに響き渡った。
「何や!? また爆発か!?」
 騒ぐ周囲の人々の声は、「姿くらまし」した麻理亜の耳にはもう届かなかった。

「お嬢ちゃん、どうしたの? 一人?」
 入って直ぐ、麻理亜は声をかけられた。案内板の横に立つ女性が、中腰になって麻理亜に視線の高さを合わせていた。
「お母さんがこの病院に運ばれたの。テレビ局で怪我をしたって……」
「診察室なら、そっちの――」
「ありがとう、お姉さん!」
 麻理亜は、女性が指差す方へと駆けて行った。
(えっと……診察室、診察室はっと……)
 女性がついて来ない事を確認し、麻理亜は歩を緩め辺りを見回す。
 そして、一つの曲がり角で「あっ」と声を上げ足を止めた。右手の通路の先、角を曲がって行った制服姿は警察ではないだろうか。
 ――爆弾事件の関係者の所へ向かうのか。
 後を追うようにして通路に入る。角まで辿り着く前に警察官は戻って来たが、伴っているのは男性が二人と女性一人で、改方学園の学生服姿は見られなかった。
 すれ違う五人を見送っていると、聞き慣れた声が廊下に響いた。
「口挟まんといて!」
 ――この声。
 麻理亜は角へと駆け寄り、そっと覗き込む。
 いた。和葉、コナン、蘭、小五郎、元太、光彦、歩美。皆、無事なようだ。
 見知った顔ぶれの他には、和葉達と同じ年頃と思われる女の子が二人。その内の一人は改方学園の制服を着ていて、腕に包帯を巻いていた。すると、怪我をして運ばれた改方学園の女子生徒とは、彼女の事だろうか。
 もう一人、紫のワンピースを来た女の子が、フッと含み笑いを浮かべた。
「幼馴染で恋愛ごっこ……ホンマ、なごみますわ……。ほんなら、こうしましょか? 明後日の大会、優勝した方が平次君のお嫁さん第一候補! 先に告白して平次君をゲットする。これでどないです?」
 麻理亜は口元に手を当て、目を瞬く。なんだか、とんでもない場面に鉢合わせてしまったようだ。
 改方学園でも、平次は人気があるようだった。多くは当人同士の気付いていない感情を察し温かく見守っていたが、ライバルが現れても不思議は無い訳だ。
 しかし、彼女の顔に麻理亜は見覚えがなかった。西の方の訛りはあるようだが、改方学園の生徒ではなさそうだ。
(……あれ?)
 和葉と謎の少女のやり取りに気を引かれていたが、麻理亜はふと気が付いた。キュラソーの姿が見えない。
 診察室の並ぶ通路、壁沿いに並んだベンチ、麻理亜と同じ姿をしているはずその姿は、どこにもなかった。麻理亜は背後を振り返る。さっきすれ違った女性を思い起こすが、顔も体型もキュラソーとは異なる。怪盗キッドほどの変装術でもなければ、変装中に捕まったと言う事もないだろう。ロビーにも、それらしき姿はなかった気がする。
 余所見をしていた麻理亜は、角の向こうから人が近づいて来ている事に気づかなかった。
「きゃっ」
「わっ……」
 尻餅を着いた麻理亜の前に、手が差し伸べられる。先ほど、和葉に宣戦布告していた少女だった。
「ごめんなさい。余所見しとって……」
「あ、いえ、私も……」
「あ! 麻理亜ちゃん!」
 ドキリと麻理亜は角の向こうを見る。正面の少女の肩越しに、歩美と目が合った。
「ヤバ……」
 立ち上がり、踵を返す。足音で、歩美達が追って来るのが分かった。
 まずい。キュラソーが今どこにいるのか分からないが、今ここで歩美達に捕まったら。本物の麻理亜があの子達と話しているところに、キュラソーが戻って来たりでもしたら。
 ロビーまで駆け戻り、麻理亜はベンチの陰に隠れる。そばに座る人が訝しげに麻理亜を見下ろしたが、幸い、声をかけて来るような事は無かった。
「あれー? 麻理亜ちゃんはー?」
「本当に見たのか?」
「僕も見ました! ロビーに走っていく後ろ姿ですが……」
 ベンチの下から、立ち止まる三人の足が見えた。
「じゃあ、なんで逃げてんだ?」
「さあ……」
「わかった! かくれんぼだ!」
「よーし、それじゃ見つけてやろうぜ!」
(やめて!!)
 心の中の叫び声は、三人には届かない。
 距離はあまり遠くない。隠れられる場所も限られている。このままでは、見つかるのも時間の問題だ。
 いっそ、ここでキュラソーが戻って来てくれれば、子供達も探すのをやめるのだろうが。キュラソーはいったい、どこへ行ったのだろう。
「蘭姉ちゃんいたよ! あっち!」
 コナンの声が聞こえて、麻理亜はぎょっと身を竦ませる。
 しかしコナンが見つけたのは、麻理亜ではなかったらしい。コナンと蘭と思われる足が、麻理亜の隠れるベンチの後ろを通り抜けて行った。
「紅葉さん! ちょっと待って!!」
 コナンと蘭が駆けて行く先には、例の紫のワンピースの少女がいた。どうやら彼女は紅葉と言うらしい。
 二人の呼ぶ声も虚しく、紅葉を乗せた車はロータリーを出て行ってしまった。
「おい、お前ら病院で何やってんだ」
 小五郎もロビーまで来たようだ。子供達は捜索の手を止める。
「麻理亜ちゃん、どこかに隠れちゃったみたいなの」
「麻理亜って、もう一人のあのガキか……見間違いだったんじゃねーのかぁ? 先にホテルに戻るって言ってたじゃねーか……」
 呆れたように言って、小五郎もコナンと蘭の後を追って外へと出て行く。外には、紅葉と入れ替わりに平次がいつものバイクで到着していた。
「蘭! 落とし物は届けたのか?」
「あっ、うん……」
 蘭は両手を後ろに回した状態でそろそろと横歩きに小五郎の横をすり抜け、診察室の方へと駆け戻って行った。
「ったく……何だ? 蘭のやつ……」
「何っ!? 京都府警から!?」
 外から聞こえた声に、麻理亜は声の元を視線で追う。ガラス張りの窓沿いに、先ほど警察と共に去ったスーツ姿の男女がいた。小五郎が自動ドアの前に立っているおかげで、耳を澄ませば会話内容も聞き取る事ができた。
「うん、それで矢島君が何やて? ――何っ!? 殺された!?」
 コナンと平次は頷き合い、彼らの方へと駆けて行く。小五郎も二人に続く。
 そして、麻理亜の近くで声がした。
「――聞きました?」
「ああ」
「誰か殺されちゃったって……」
 元太、光彦、歩美の三人が、出入り口の直ぐそばに壁にぴったりとくっ付くようにして立っていた。どうやら、外の会話を盗み聞きしていたらしい。
 三人は顔を見合わせる。
「事件だな」
「はい」
「ということは……」
「少年探偵団、出動ー!」
 声を重ね、腕を突き上げる子供達。麻理亜はすっくとベンチの陰から立ち上がった。
「ダ・メ・よ!」
「麻理亜ちゃん!」
 歩美がぱあっと顔を輝かせる。
「ホテルに戻ったって聞きましたけど、具合はもう大丈夫なんですか?」
「なんでそんな所に隠れてたんだ?」
「大丈夫よ、ありがとう。気になって戻って来たんだけど、ホテルで寝てろって言われていた手前、見つかったら怒られるかと思って……」
 キュラソーがホテル、あるいは嘘をついて何か調べている最中なのであれば、一先ず今は姿を見せても問題ないだろう。彼女が戻って来る前に、この子達の前から姿を隠さなければならないが。
 それに、コナン。彼は今コナン達のそばにいる「紫埜麻理亜」がキュラソーである事を知っている。彼女を生き永らえさせるために、麻理亜は自らの名前と容姿を彼女に与えたのだから。彼女を生き永らえさせるために、麻理亜は自らの生存を組織に知らせ、哀達のそばを離れる事にしたのだから。
 本物の麻理亜が彼の前に姿を現そうものならば、彼ならば直ぐにそれが「どちら」であるか見抜く事だろう。
「なあ、麻理亜」
「なあに、元太?」
 麻理亜はきょとんと元太を見上げる。元太は、まじまじと麻理亜を見つめていた。
「なんだか、いつもと違わねーか?」
「えっ!?」
 麻理亜はギクリと身を硬くする。まさか、元太に勘付かれるなんて。
「服装や髪型が違うからじゃないですか?」
「そうかなあ……」
「そう言えばさっきと違う……着替えたの?」
「アー……ええ、まあ……避難する時に、汚しちゃって……」
 元太はまだ、腑に落ちない顔をしている。
「それに、まだちょっと本調子じゃないのかも。それでじゃないかしら」
「えーっ! それじゃ、やっぱりホテルに寝てた方が……」
「戻りましょう!」
「大丈夫、大丈夫! 寝てなきゃいけないほどじゃないから!」
 もしキュラソーが本当にホテルにいるのならば、今、戻る訳にはいかない。
「ほら、事件があったんでしょう? テレビ局が爆破されて、今度は誰かが殺されたって……」
「事件調べたら、また姉ちゃんに会えるかもしれねーしな!」
「お姉さん?」
「遊園地で会った、記憶喪失のお姉さんです!」
「テレビ局で会ったんだよ!」
 麻理亜は言葉を失う。
 ――キュラソーが、元の姿で子供達と会った? どうして? 警察からも組織からも隠れなければならない彼女が、不用意に元の姿でい続けるとは思えない。まさか、麻理亜の姿に戻れなくなっている?
「でも、お姉さん、直ぐにいなくなっちゃったの……」
「もしかしたら、お姉さんは警察の人だったんじゃないかと思って。容疑とかって言われてましたけど、それはあの人達が知らないだけで、実は警察から悪い人達の中に潜入している捜査員だったんじゃないかと……この事件も、何か裏で大きな事件と絡んでいてお姉さんも捜査しているのかも知れません!」
(それはどちらかって言うと、安室さんの立場ね……)
 麻理亜は苦笑する。
(……でも、そっか。この子は、解ってるんだ)
 警察病院に運ばれたキュラソー。その後、どんな経緯があったかは知らないが、子供達の耳にもキュラソーが諜報員――あるいはその容疑がかかっているという話が入る事になった。
 そのまま全容は知らされる事なく、「お姉さん」は子供達の前から姿を消した。
 仲良くなった「お姉さん」が「悪い人」だなんて思いたくなくて。きっとまた会えると、無事だと信じたくて。
 麻理亜は光彦へと手を伸ばすと、そっとその小さな肩を抱きしめた。
「ま、麻理亜ちゃん!?」
 光彦の声が裏返る。麻理亜は光彦を解放すると、三人の顔を見回し微笑んだ。
「そうね。もしかしたら、会えるかも知れない。例え会えなくても、力に慣れるかも知れない。私達も事件を調べましょう。ただし、危ない事はなし。殺人現場へ行くのも禁止よ。そっちは江戸川達に任せて、私達は私達にできる事をしましょう」
「はーい!」
 三人は元気良く答える。
 彼らの笑顔を奪う事はできなかった。無理矢理でも希望を抱こうとするのを、止める事はできなかった。
 例え、それが残酷な嘘だと分かっていても。





 威風堂々と構える、日本古来の様式の大門。バイクの傍らに佇み、電話を終えた色黒の少年に、彼女は声を掛けた。
「服部平次君……よね?」
「アンタは――」
「……コナン君から、話は聞いていないかしら? どうやらあなたは、彼の事をよく知っているようだから」
「話て……」
「キュラソー……それが、かつて私が呼ばれていた名前」
 平次の目が見開かれる。
 やはり。
 元に戻れなくなってから、キュラソーは野次馬に紛れてコナン達の後を尾行していた。しかし、なかなか彼一人になる様子はなく、連絡を取れそうにない。しかし、一日様子を見ていて確信した。この少年は、江戸川コナンがどう言う人物であるか、そして恐らく今の紫埜麻理亜が何者であるかも知っている。
「アンタ……そない堂々とウロついとったらアカンのとちゃうか」
「そうね……。できれば私も早く戻りたいところなんだけど、そのための魔法の薬を爆発に紛れて失ってしまって。子供の彼には保護者がついてなかなか接触できないから、あなたからなら連絡してもらえないかと思ったの」
「そーゆーコトかい……ほんなら、工藤に電話を……」
 幽かに、しかしはっきりと聞こえた足音に、キュラソーは息を詰め振り返る。
 ふと、背後から帽子が目深に被せられた。
「大丈夫や。そいつでも被っとき」
 平次は軽く言って、キュラソーの前に出る。
 暗がりの中から門の前に現れたのは、肩にリスを載せた男性だった。
「来ると思てたで、綾小路警部……」
「考えてる事は一緒のようですな……。そちらは……」
 綾小路は、平次の背後に半ば隠れるようにして立つキュラソーに目を向ける。
 ――警察。もし、彼がキュラソーの顔を知っていたら。キュラソーが何者であるかに気付いたら。
「ああ、この姉ちゃんはくど……っ、あの坊主の知り合いでな。中野祐希っちゅーて、まー、協力者みたいなもんや」
「小さい探偵さんはいてはらへんのですか?」
「アイツには阿知波さんを見張ってもろてる……」
「なるほど……いいチームワークですなあ……」
 綾小路は、それ以上キュラソーの素性を探ろうとはしなかった。コナンも同等に扱っているらしい事と言い、それだけ、彼らへの信頼が強いと言う事か。
 不意に、キュラソーの背後の扉がギィと音を立てて開いた。中から出て来たのは、大岡紅葉と、従者らしき大男。男性の手には盆が携えられ、三つのティーカップが用意されていた。
 紅葉は、平次に向かってにっこりと微笑みかける。
「心配して来てくれはるなんて、嬉しいわぁ……さすが、ウチの未来の旦那さんや……」
 平次はギョッとした顔つきになる。
「え、いや、その話は……」
 困惑する平次に構わず、紅葉はキュラソーを振り返った。
「初めての方もおらはるようやから、ご挨拶せんとと思うて……ずいぶんと大人びた、綺麗なお人やねぇ……」
 キュラソーは目を瞬く。彼女の言葉自体は紛れもなく褒め言葉ではあるが、どうにもトゲが感じられた。
「お助手さん? ウチの平次君をよろしゅうたのんます」
「はあ……」





「たくさん情報集まりましたね!」
「コナンのやつ、ビックリするぞ!」
「麻理亜ちゃんのおかげだね! 明日も一緒に調べられたら良かったのに」
 ホテルに戻った元太、光彦、歩美の三人は、コナンの帰りを今か今かと待ち続けていた。開け放した次の間では、和葉が蘭と共にカルタの特訓中だ。
 蘭も和葉も子供達だけで遊びに行くと言うのを心配したが、麻理亜が大阪の地理に明るい事、事件現場には近付かない事、陽が落ちる前には帰る事、の三つを約束する事で何とか許しを得られた。その後二人は、ずっとホテルでカルタの特訓をしていたらしい。
「ふぃ?っ、疲れたぜ……」
「おっ、コナン達が帰って来たぞ!」
 三人はバタバタと部屋の戸口へと集まる。しかし、そこにいるのは小五郎だけだった。
「コナン君はー?」
「一緒に帰りたいっつーから車に乗せてやったら、ホテル着くなり、今度は阿知波さんに話があるとか言ってついてったぜ……」
 話しながら、小五郎は畳の上に転がる。どうやら、相当疲れているらしい。
「僕たち、様子を見て来ます!」
「あいつ、部屋知らねーしな!」
「走ったり大声で騒いだりしちゃ駄目よ!」
「はーい!」
 大きな声で返事をして、三人は廊下を駆けて行った。

 ロビーまで降りてすぐ、コナンの姿は見つかった。広間の戸口に隠れ、中の様子を伺っている。三人はそろそろとその背後に近付くと、コナンの後ろから覗き込んだ。
「阿知波さんですね……」
「皐月会の会長だったよな……」
「殺されちゃった人も、皐月会だよね……」
「えっ!? うわっ、お前ら!?」
 コナンは驚いて振り返る。そして、声を潜めた。
「皐月会の会長って事はともかく、なんでオメーらが殺人事件の被害者の事まで知ってんだよ……」
「コナン君達が現場に行ってる間、僕たちも調べたんですよ!」
 光彦は得意気に言って、手帳を広げる。
「殺害されたのは、矢島俊弥さん……皐月会の一員で、紅葉さんの所属していた名頃会の解散を主張していた事がありました」
「名頃会?」
「あの姉ちゃん、前は別のグループだったらしいぜ!」
「紅葉お姉さんともう一人知らない人の二人で、名頃会から皐月会に移ったんだって」
「名頃会の会長が、会の解散を賭けて皐月会に勝負を仕掛けたそうなんです。だけど、当日敵前逃亡したらしくて……結果、不戦敗で名頃会は解散、行き場を失った紅葉さんともう一人――えーと、関根康史さんは皐月会に入会したそうです」
 コナンは顎下に手をあて、考え込む。
 元太が勢い込んで尋ねた。
「なあ、あのおっさんが怪しいのか?」
「いや、そういう訳じゃ……おっと」
 コナンは子供達を制止し、壁張り付くようにして隠れる。広間を出て行く阿知波の後ろ襟へと、発信器を飛ばした。一先ずは、これで移動すれば察知する事ができる。
「さて、戻ろうぜ」
「阿知波さんに聞き込みをするんじゃないんですか?」
「いや、用は終わったよ。……っと、電話だ。服部?」
「コナン君の師匠ですね!」
「その呼び方はやめろって……」
 苦々し気に言って、コナンは電話に出た。
「服部? どうした、何かあったか? こっちは今、ホテルに戻って子供達と一緒だよ」
 平次が口を滑らせる前にと、コナンはこちらの状況を伝える。平次の声は漏れ聞こえ安いし、どの道子供達は気になって聞き取る気満々だ。
「特に何があったっちゅー訳でもないんやけどな、さっき『紫埜』と会うて。博士に呼ばれて東京帰るっちゅー話やから、伝えとこ思て」
 平次の話す「紫埜」とはもちろん、キュラソーの事だろう。
「『こっちに紫埜はいられなくなった』って事だな? そっちに行ったのか? 後を任せられるか?」
「ああ。今夜は俺も京都に張り込みやし、協力者も得られて仲良うやっとくわ。日売で落とし物したっちゅー話やから、朝になったら大滝はんに聞いてみるわ」
「麻理亜ちゃん、京都に行ったの?」
「俺たちも病院出た後、さっきまで麻理亜と一緒に調査してたんだぜ!」
「な!?」
 コナンはホテルを飛び出す。
 平次の話からすると、キュラソーは恐らく爆破事件のあの後からずっと麻理亜の姿になれないでいる。
 その時間帯に子供達と一緒にいた紫埜麻理亜。当然、キュラソーではあるまい。
 ホテルの扉の前で辺りを見回すも、あるのは街頭の灯りと夜の闇ばかりで、白い子供の姿はどこにも見当たらなかった。


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2020/04/17