「元太ー!!」
他の建物とはやや離れた一画。木々の間、開けた場所に警察が集まっていた。
見えるのは、半壊した小屋の残骸。
「これ以上、近づいたらアカン!」
「ねえ! 小学生の男の子を見なかった!?」
行手を遮る警察官に、コナンは尋ねる。警察は困惑顔で首を振った。
「いや、見てへんなぁ。迷子かい?」
(クソッ……バッジの応答も無くなっちまったし……)
眼鏡の縁を操作し、DBバッジの位置を確認するが、点滅は四つ。元太の物は無い。
「元太ー! いるなら返事しろー!」
叫んでみるも、応答は無い。辺りを見回すも、いるのは大人ばかり。
「おい、工藤! おったか!?」
「いや……」
遅れて来た平次の問いに、コナンは首を左右に振る。
「いったい何事や!?」
「警部!」
綾小路警部も到着し、警官は現場状況を説明する。
見つかった遺体は一名。激しく損壊していて、身元は確認できていない。
「一人……? 大人!? 子供!?」
「大人やで。もっとも、あんまり小さい子やったら……」
コナンの問いに答えかけ、彼は続きを言い淀む。
「……ま、大人でも損壊が酷いようやったら、小っさい子供なんて一溜りもないやろなァ……せやけど、あの坊主はそこまで小さいとは言えへん……」
「何かあったんですか?」
警官が、平次と警部へと尋ねる。コナンはふと、彼の後方に見える地面へと目を留めた。
警官達が調べる足元。木材の奥に見える、柔らかそうな素材。目線の違いか、大人達は誰も気付いていない。
コナンはそろりと、警官の足元をすり抜ける。ハンカチを出し、瓦礫の下へと手を突っ込む。ハンカチに包むようにして取り出したそれを見て、コナンは口元を歪めた。
「こら! 何してんねん!」
「うわっ」
首根っこを掴まれ、コナンは慌ててハンカチごとそれをポケットに突っ込む。
「ご、ごめんなさーい……」
笑顔で取り繕って、平次達の方へと駆け戻る。その途中、ふと目についた木にコナンは足を留めた。木の幹に埋まった大きな指輪。まるで、強い衝撃で吹き飛ばされてきたかのように。
平次は、子供が一人行方不明だと説明していた。
「平次兄ちゃん! 元太、見つかったよ!」
そして、警察官へも笑顔を見せる。
「お騒がせしてごめんなさい。もう大丈夫です。それより、これ! 見て!」
「おい、工藤……あの坊主、どこおったんや?」
しゃがみ込みヒソヒソと尋ねる平次に、コナンはさらりと答える。
「いや、場所は分かってない」
「ハァ!? せやったら、無事かどうかも――」
「いや、無事だよ」
そう言って、コナンは口の端を上げて笑って見せた。
「――白いイルカが一緒みたいだからな」
+++から紅の恋歌IV
「――元太くん……! 元太くん! 大丈夫!?」
一瞬の熱と轟音。そして、衝撃。
必死に名前を呼ぶ声に、元太は恐る恐る目を開ける。
目の前には、心配そうに見つめる、透き通るようなオッドアイ。
「遊園地の姉ちゃん!?」
元太は叫ぶ。彼女は、少し困り顔で笑った。
「大丈夫? どこか痛い所は無い?」
「あ、ああ……姉ちゃんが助けてくれたのか?」
遊園地での一件が、元太の脳裏に浮かぶ。観覧車の待合列から落下した元太を、彼女はまるで仮面ヤイバーのような身のこなしで助けてくれた。彼女なら、あの一瞬で爆発から元太を守る事も可能だろう。
「へへっ……また助けられちゃったな」
元太はキョロキョロと辺りを見回す。
ついさっきまで目の前にあったはずの建物は見当たらず、二人は木々に囲まれた中、木の根が露わになった崖の下に座り込んでいた。
「どこだ、ここ?」
「あなたを連れて咄嗟に森の方へ跳んで……崖になっていたみたい。あの建物は、この向こうよ」
そう言って、彼女は崖の上を仰ぎ見る。視線を辿って見れば、崖の向こうの空に、ちらちらと立ち上る黒い煙があった。
「爆発……しちまったのか……?」
「ええ。止めるような間なんてなかった」
「じゃあ、犯人は……」
元太は彼女を振り返る。彼女の返答はなく、ただ目を伏せていた。
元太は唇を噛む。もっと早くあの男を見つけていれば、もっと早く、建物に着く前に声を掛けていれば、何か違ったのだろうか。
「……元太君が気に病むような事じゃないわ」
優しく声を掛けるその姿は、遊園地や病院で会ったあの時と何ら変わりなかった。
「そうだ! 光彦と歩美にも連絡しねーと! 二人も、姉ちゃんに会いたがってたんだぜ。――あれ? あれ……? 探偵団バッジ、どっかに落としちまったかな……」
「爆発現場かしら。……っ」
立ち上がろうとして、彼女は痛みに顔を歪める。見れば、足首が大きく腫れ上がっていた。
「怪我しちまったのか!? えーと、絆創膏? 包帯?」
どちらも持っていない。光彦や歩美なら何か対応できる物を持っていたかもしれないし、コナンや灰原なら更に応急処置の方法も分かったのかもしれないが……。
「あっ! 歩美のハンカチならあるぞ!」
元太は、見様見真似で彼女の足首にハンカチを巻き付ける。キュッと結び、彼女を見上げる。
「……どうだ?」
「ありがとう。痛くなくなったわ」
彼女はクスクスと微笑っていた。ホッと元太は息を吐く。
「でも、この足じゃここを登るのは無理そうね……」
元太は再び、崖を見上げる。張り出した木の根や岩を伝えば、彼女なら元太を抱えて登る事も可能だったかもしれない。
さすがに怪我をした彼女に無理はさせられない。
黙り込むと、小屋のある方向から幽かに人の声が聞こえていた。
「……人がいるぞ! 警察が来たのかも!」
おーい、と叫ぼうとした元太の腕を、彼女が掴んだ。元太は目をパチクリさせて、座ったままの彼女を見下ろす。
彼女はハッとした表情をして、手を離し顔を背けた。心なしか、その顔色は蒼い。
彼女と最後に会ったのは、警察病院だった。高木刑事に連絡して、会わせてもらって。
その最中、目暮警部達とはまた別の警察が来た。色々な事件現場でも、見かけた事のない人達。元太にはよく分からないが、目暮警部でも逆らえない偉い人達のようだった。
彼女は何かの事件に関係しているとか何とかで、彼らに連れて行かれた。
潜入捜査をしている、警察側の人間なのかもしれない。光彦はそう言っていたが、彼女は明らかに、警察を呼ぶのを躊躇っていた。
「……姉ちゃん、悪いやつなのか?」
左右で色の異なる瞳が、元太を見上げる。
そして彼女は、寂しそうに微笑った。
「――ええ、そうね……」
阿知波会館に激しい爆発音が響き渡ったのは、光彦と歩美が煙の方へと向かっている途中だった。
森の間に作られた道。その先に見える湖の向こう――皐月堂。
「も、燃えていますよ!!」
「あそこって、和葉お姉さん達が……」
観客用の建物を出る時、通りすがりに試合結果を耳にした。
決勝進出は、遠山和葉と大岡紅葉。決勝戦は、皐月堂で行われる。
ビー、ビー、とバッジの受信音が鳴る。
『光彦! 歩美! 聞こえるか!?』
「き、聞こえるよ、コナン君! どうしよう! また爆発があって、和葉お姉さん達が……!」
『ああ、分かってる』
同じ子供とは思えない落ち着いた声。
いつも抜け駆けばかりされるのは腹が立つけど、やはりこう言う時彼は頼りになる。
『手短に話すぞ。まず、元太は無事だ』
光彦と歩美は、パアッと表情を輝かせ、顔を見合わせる。
『爆発現場の近くにいるだろうから、見つけてやってくれ。西の森の方だ。ただしくれぐれも、警察には見つからないように』
「わ、わかりました!」
どうして警察に見つかってはいけないのか。疑問は残るが、今は急を要する。彼がこう言うのだ。きっと、何か事情があるのだろう。
「和葉お姉さんは? どうするの?」
『――そっちの方は、俺達に任せろ』
話す彼の背後で、エンジン音が聞こえた。
元太は黙り込んでいた。
やがて声や足音は少なくなり、辺りが闇に沈む頃には、何も聞こえなくなった。
終ぞ、彼は助けを呼ぶ事は無かった。
警察に助けを求めようとした彼を、キュラソーは咄嗟に止めようとしてしまった。
しかし、元太がここから助けてもらうには、警察の手を借りるしか無いのだ。止めてはいけない。そう思って、手を引っ込めた。何も言わなかった。なのに。
「……良かったの?」
「だって、姉ちゃんは他の人と会いたくないんだろ?」
元太はあっけらかんと答える。純真無垢な笑顔が、キュラソーには心苦しかった。
「……お姉さんは、悪い人なのよ。あなたが気に掛ける必要なんて無い。警察を呼べば、あなたは助けてもらえたのに」
「本当に悪い奴は、自分で悪い奴だなんて言わないって母ちゃんが言ってた」
あまりにも純真な言葉。暗がりで見えずとも、きっと、いつもの笑顔なのだろうと分かる。
この笑顔に、この言葉に、何度救われて来ただろう。
「暗くなってきちまったな」
そう元太が呟いた直後、パッと白い明かりが点いた。突然の明るさに一瞬腕で目を覆い、ゆっくりと慣らす。
元太の腕時計から、一筋の明かりが上に向かって伸びていた。
阿笠博士の発明品。腕時計型ライトだ。
「良かった、これは壊れてないみたいだな!」
ザッザッと足音がして、キュラソーと元太はギクリと崖の上を見上げる。フッと横で明かりが消えた。
「や、やべっ。もう人いないと思って……」
キュラソーも元太も、息を殺して押し黙る。
……どうにか、元太だけでも引き上げてもらって、その内に逃れられれば。ここまで暗くなれば、上手くすれば上からは顔を見られずに済むかもしれない。
やがて、頭上に二本の白い光の筋が現れた。続けて聞こえた声は、よく知っているものだった。
「光彦君、危ないよ!」
「わっ、が、崖ですか……ありがとうございます、歩美ちゃん。変ですねぇ……この辺りに明かりが見えた気がしましたが……」
キュラソーは、元太のいる辺りを見下ろす。パッと再び元太が明かりを点ける。白い光の中に浮かび上がった顔は、輝いていた。
「ま、まさか、お化けだったんじゃ……」
「へ、変な事言わないでくださいよ! だいたい、お化けなんて非科学的なもの――」
「おーい! 光彦! 歩美! ここだー!!」
「元太君の声です!」
元太が上に向けた明かりの中に、ひょこひょこっと光彦と歩美の顔が現れた。
二人とも眩しそうに一瞬顔を覆い、それから下へと自分たちのライトを照らしてくる。
「無事で良かったです、元太君!」
「お姉さんも一緒だー! お姉さーん!」
歩美が嬉しそうに手を振る。キュラソーは小さく片手を上げて応えた。
しばし、崖の上で相談がなされているようだった。
やがて、するすると縄が崖沿いに降りて来た。歩美が顔を覗かせる。
「どう? これで登れそう?」
「私は大丈夫だけど……これ、支えは? 光彦君の力じゃ……」
「大丈夫! こっちの端は、木に結び付けてるの!」
「僕は念のため、結び目を見張ってまーす! 危なそうだったら知らせますね!」
こんな縄まで持って来ていたとは、用意周到な事だ。コナンからの指示があったのだろうか。
「それじゃあ、元太君、お先どうぞ。万が一の時は、下で受け止めるから」
「でも、姉ちゃんも足……」
「大丈夫」
キュラソーはくすりと微笑う。
「これぐらいなら、片足でも登れるわ」
宣言通り、縄さえあればキュラソーには造作無い行程だった。
元太は一時、あわやと思われる場面もあったが、何とか踏み留まり、ゼエゼエ言いながらも登り切った。
「やった! 二人とも無事で良かったです!」
「お姉さん! 会いたかったー!」
ギュッと抱きついてくる歩美の頭を、そっと撫でる。――この子達にはいつも、救われてしまう。
この子達が爆発に巻き込まれなくて良かった。元太を助けられて良かった。本当に。
「麻理亜ちゃんが持って来てくれたロープのおかげですね! ――あれ?」
「え?」
キュラソーは顔を上げる。
光彦は、誰もいない虚空を振り返っていた。
「おかしいですね……ついさっきまで、ここにいたんですが……」
キラリと視界の端に光る物を見つけ、キュラソーはそっと立ち上がる。
ロープが結ばれた木の根元に、小さなリュックサックと小瓶が置かれていた。あの遊園地で、託されたポーチに入っていたのと、同じ形の小瓶。同じ色の液体。
そして、その小瓶とリュックサックと共に残された紙切れ。手帳を破ったような紙に、急いだような走り書きがされていた。
短く、「ごめんね」の四文字だけ。
(まったく……)
これは、麻理亜からの置き土産に間違いないだろう。麻理亜は確かに、ここにいたのだ。光彦と歩美に助言し、そしてどこかへと去った。
ごめんね。そんなの、こちらの台詞だ。麻理亜の姿を、麻理亜の居場所を貰ってしまって。彼女はキュラソーとNOCリストを守るため、一人危険な道を選んで。
(でも……良かった)
彼女は、無事だったのだ。
光彦と歩美に託した後、燃え盛る皐月堂を木の葉の隙間から眺めながら、麻理亜は歯噛みしていた。
百人一首大会の最終決戦の場である皐月堂は、湖の向こう。崖の中腹に建っていて、箒でも無ければ舟で渡って備え付けのエレベーターで上るしか無い。
皐月堂は火の手が上がり、今にも燃え落ちそうな状況。箒を探すような時間も、舟を漕ぐような時間も無い。そもそも、唯一用意されていた舟も、和葉達が乗って行って皐月堂の麓。万事休すだ。
麻理亜は、じっと皐月堂を見据える。
……炎と煙に包まれ、どこが着地可能か分からない。一か八か、火傷覚悟で姿現しをしてみるか。怪我をしたってすぐに治る身体だ。火傷も、致命傷には至らないだろう……たぶん。
回転しようと木から飛び降り、構えたその時、少し先の崖から何かが飛び出した。
あれは――バイクだ。荷台には、小さな子供の姿。
「ウソ!?」
平次とコナンだ。もちろん、魔法使いでもない彼らが空飛ぶバイクなんて持っているはずがない。マグルの、普通のバイクのはず。
猛スピードで飛び出したバイクは、黒煙の中へと消えて行った。
間も無く、滝の向きが変わり出した。奇妙な角度に滝が折れ曲がっている下側――煙と水しぶきとで見えにくいが、あれは、博士が作った膨らむサッカーボールではないか。
「さすが、やるわね、あの二人……」
危険な賭けをする緊急性は無くなったようだ。
麻理亜は崖沿いを、可能な限り皐月堂の近くへと走る。
(絶対に……絶対に、死なせたりするもんですか……!)
ギイイ、と嫌な音が響いた。麻理亜は駆ける足を留め、近くの茂みから崖の方を覗き込む。そして、息をのんだ。
皐月堂が大きく傾いていた。あれでは、崩れるのも時間の問題だ。
杖さえあれば。魔法さえ使えれば、彼らを助けられるのに。
ドオンと轟音が響いた。耐えられなくなった柱が折れたのだ。
歪んだ柱の中腹から、四角い箱のようなものが飛び出す――エレベーターか。
エレベーターの陰から、何かが飛んでいった。部品の一部だったのだろう。崖と皐月堂との間に渡されたワイヤーに吊るされるようにして、水面に直撃する前にエレベーターは宙で弾み、やがて停止した。
救助ボートがエレベーターの下へと着けられる。少し離れた位置の水面から、コナンが顔を出した。やはり、あの部品を飛ばしたのはコナンだったらしい。
麻理亜はホッと息を吐く。これで一件落着か。
エレベーターの扉が開けられる。救助の手を借りながら、順番に降りてくる人々。紅葉と――
(え……?)
二人だけだった。
平次と和葉が、いない。
「まさか、まだあそこに……!?」
麻理亜は皐月堂を見上げる。
突如、皐月堂から何かが飛び出してきた――また、バイクだ。平次と、今度は後ろに乗るのは道着を着たポニーテールの少女。
(まったく、無茶をする……!)
麻理亜は姿くらましする。行先は、平次と和葉の着地点、そこへ流れ落ちる滝の上流。
「はあああああっ!!」
空中へと現れ、手に大剣を出現させる。落ちる勢いを利用し、川沿いに立つ太い木の枝へ。
切り落とされた枝が、川を堰き止める。落ちていく滝が細くなる。
麻理亜は崖から顔を覗かせる。遥か下方、滝の落ちる先だった池の淵で、間一髪、落ちそうになる和葉の腕を平次が掴んでいた。
「セーフ。今度こそ、一件落着ね……」
ほとんど水流の無くなった池の中、二人は何事か言い合い、平次は和葉に追い駆け回されていた。
いつもと変わらぬその光景に、麻理亜はフッと微笑った。
帰りの新幹線の中、元太、光彦、歩美の三人は不満露わな表情だった。
「お姉さん、またいなくなっちゃうなんて……」
「せめて、挨拶ぐらいしたっていいのによー」
「元太君はまだいいじゃないですか。僕たちが来るまでの間に話せたでしょうし。助けたと思ったら、いつの間にかいなくなってるんですから……」
「いなくなってたと言えば、麻理亜ちゃんもそうだよね。どこ行ってたの? お姉さんがいなくなった後、戻って来たけど……」
「皐月堂の方の様子を見に行ってたのよ……和葉お姉さんたちの様子が気になって……」
歩美の質問に答えるのは、キュラソーだった。
麻理亜が残したのは、例の姿を変える魔法の薬。リュックサックの中には、着替えが用意されていた。木陰で麻理亜の姿に戻り、再び子供達に合流したのだ。
「どうしていなくなっちゃったんでしょう。また会えるんでしょうか……」
「もっとお話したかったなー……」
仕方がない事とは言え、子供達の落ち込む姿を見るのは心が痛む。
「きっとまた会えるよ」
そう口を挟んだのは、車両の前のスペースから戻って来た蘭だった。
「『瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に あわむとぞ思ふ』
――今は会えなくても、いつかきっとまた会える。遠く離れていても心は繋がっているんじゃないかな」
言って、蘭は少し照れ臭そうに微笑った。
「……誰かさんの受け売りだけどね」
コナンが、ふいと窓の方へと顔を背ける。その耳は赤い。
キュラソーはフッと微笑んだ。
物に溢れた、コナンがいれば「ガラクタだらけ」と形容しそうなガレージで、阿笠は探し物をしていた。
以前作りかけたラジコンのコントローラーを使い回そうと思ったものの、見つからないらしい。哀は呆れて溜息を吐く。
「どうしてこんな所に……」
「いやあ、部屋に置ける場所がなくてのぉ」
「片付けないからよ」
言いながら、哀はガレージを出る。そしてふと、屋上に目をやった。
「あった! あったぞ、哀君!」
喜び勇みながら、阿笠がガレージから出て来る。じっと上を見上げている哀を見て、彼は首を傾げた。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、なんでも……」
哀は微笑み、屋上の方を一瞥して背を向ける。
「……気のせいね。
それで、着手できそうなの?」
玄関の方へと戻りながら、哀は問う。阿笠は意気込んで答えた。
「おお、ギネス記録に乗るドローンを作るぞ!」
ヘリポートにもなりそうな広い屋上。麻理亜はフッと微笑むと、そっと姿くらましした。
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ
(崇徳院)
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2021/06/21