「どうやら、ロンドンへ送り返される前にお付きの騎士団に見つけてもらえたらしいな」
 どうやら汽車で、ドラコとハリーは一悶着あったらしい。アリスはパンジーらと共にドラコの席を確保しながら、彼を探した。ドラコが大広間へと入って来たのは最後の集団の後だった。更にハリーはもっと遅く、服装もローブに着替えないまま、組分けも終わって皆が食事を取っている最中だった。
 ハリーの通り際に、ドラコは顔を踏まれ伸びるハリーの真似をしてみせる。二つも机を隔てた向こうを歩くハリーは、スリザリンのテーブルの方へは目もくれず、足早に席へと着いた。
 ドラコは汽車での武勇伝を語り大いに得意げな素振りを見せていたが、どこか無理をしているようにも見えた。
 ドラコとの会話の機会は、宴会が終わり、生徒達が動き出す中で訪れた。新入生相手に先輩風を吹かせる事にはどうやら去年で飽きたらしく、ドラコは寮への引率を五年生の監督生達に任せ、仲間と共に寮へ向かう事を選んだ。
「ドラコ、大丈夫?」
 他の皆には聞こえないように、アリスはこっそり声をかける。
 ドラコは一瞬、驚いたように目を見開き、それからすまし顔で答えた。
「何の話だ?」
「あなた、最後の方に大広間に来たけど……その少し前に、サラが入って来たわ。もしかして、一緒だったの?」
 ドラコの表情が強張る。口を真一文字に結び、アリスを振り返った。
 ドラコの足が止まる。アリスも立ち止まり、ドラコを見上げる。
「……何か、あったの?」
「……何も無いさ。サラはポッターがいないのに気付いて、汽車に戻って来た。それだけだ」
「そう……」
 やはり、二人で会っていた。ドラコはハリーを恨んでいるし、サラは当然、ハリーを助けようとしただろう。
 相反する立場。それは、親の事でも。
「……もし、何か話したい事があったら言ってね。私は、いつでも聞けるし協力できるから」
「無いよ」
 ぼそりと吐き捨てるような言葉に、アリスは目を瞬く。
「――君に話せるような事も、君が協力できるような事も、何も無い」
 言って、ドラコは離れてしまった仲間の後を追う。
 アリスは直ぐに追いかける事はできず、呆然とドラコの背中を見送っていた。





No.8





 授業初日の朝、朝食の前にハリーはコンパートメントで聞いた内容をサラ達に話した。
「だけど、あいつはパーキンソンにかっこつけただけだよな?」
 そう言って、サラとハーマイオニーに同意を求めたのはロンだ。ロンは既に、昨晩の内にハリーから聞いていたらしい。
「そうねえ……分からないわ。自分を偉く見せたがるのはマルフォイらしいけど……でも、嘘にしてはちょっと大き過ぎるし……」
「そうだよ。サラはどうだ? 昨日、マルフォイと会ったんだよね? 何か気付いた事はあった?」
 ハーマイオニーが目を丸くしてサラを見る。
「昨日? いつの間に――」
「ハリーが出て来なくて、探しに行った時よ。トンクスから聞いたのね?」
 ハリーはうなずく。
「……いつもの、あなた達もよく知るドラコ・マルフォイだったわよ」
 権力を笠に着た、嫌味な態度。
 元々、そういう性格だった。特に対立するハリーには、そういう態度ばかり取るのを幾度も目にして来た。
 ――それでも、自分に向けられるのは初めてだった。
 その事にショックを受けている自分がいる事に、サラは動揺していた。自分には向けられないと、本気でそう思っていたのだろうか。もう、彼とは何も無いのに。彼は、敵対する立場でしかないのに。
 コンパートメントで見た光景。パンジーの足に頭を乗せていたドラコ。
 彼がまだサラを想っているなどと、本当にそんな期待を抱いていたのだろうか? 彼は、祖母の仇なのに。
 談話室に生徒が増えて来て、それ以上その場で話を続ける事はできなかった。今や生徒達の誰もが、ハリーやサラを見るとヒソヒソこそこそと笑ったり聞き耳を立てたりしていた。去年に比べれば好意的な視線のようだが、だからと言って気持ちの良い物とは思えなかった。
「それから昨日、ハグリッドと会ったんだ」
 大広間で朝食を取りながら、ハリーは気まずげに切り出した。
「授業で僕達と会うのを、凄く楽しみにしてた。ウィザウィングズもいるって……」
「だけど、私達が『魔法生物飼育学』を続けるなんて、ハグリッドったら、そんな事ある訳ないじゃない! だって、私達、いつそんな素振りを……あの……熱中ぶりを見せたかしら?」
「サラは見せてたかもな」
 ロンが言った。
「授業で一番努力をしたのは僕達だろうけど、ハグリッドが好きだからだよ。だけどハグリッドは、僕達があんな馬鹿馬鹿しい学科を好きだと思い込んでる。N.E.W.Tレベルで、あれを続ける奴がいると思うか?」
「あら、私は続けるわよ」
 サラが答えた。ロンは目を大きく見開く。
「正気か? いもりだぜ? い・も・り! 君、闇祓いになりたいって言ってなかったか? レタス食い虫の世話なんてしたところで――」
「いもり学年でも、息抜きは必要だと思うの。広大な土地で色々な生物に触れられる機会なんて、学生の内だけでしょう。
 それに、闇祓いはもう無理よ。魔法薬学でOを取れなかったもの」
「あー……それじゃ、次の志望進路は魔法生物学者か?」
 ロンがからかうように言う。サラは平然と答えた。
「それも悪くないかもね」
「それ、マジで言ってる?」
 朝食後、六年生は皆そのまま大広間に残った。マクゴナガルが生徒達の間を周り、一人一人、O.W.Lの合否を確認しながら時間割を配った。
 ハーマイオニーは当然のように全ての授業の継続を希望していて、もちろん成績もクリアしていた。
「一限目は古代ルーン文字ね」
「私は占い学」
 サラの返答に、ハーマイオニーはポカンとサラを見た。
「占い学? 続けるの? N.E.W.T学年で?」
「予見者になるには必要だもの」
「そう……アー……それじゃあ、私、授業に行くわね」
「ええ。行ってらっしゃい」
 サラも同じ授業を取るものと思っていただろう事は明白だった。ハーマイオニーは物言いたげながらも口をつぐみ、古代ルーン文字のクラスへと去って行った。
 サラとて、通常時のトレローニーの「予言」については信憑生が乏しいと思っている。しかし、進路に必要となれば、どうしようもない。せめて、フィレンツェが教職を継続してくれると良いのだが。
「なぜ『魔法薬学』を続ける申込をしなかったのですか? 闇祓いになるのが、あなたの志だったと思いますが?」
 マクゴナガルはハリーの時間割を確認していた。
「そうでした。でも、先生は僕に、O.W.Lで『O』を取らないと駄目だとおっしゃいました」
「確かに、スネイプ先生がこの学科を教えていらっしゃる間はそうでした。しかし、スラグホーン先生はO.W.Lで『E』の生徒でも、喜んでN.E.W.Tに受け入れます。『魔法薬』に進みたいですか?」
「はい」
 ハリーは即答する。
 スラグホーンは、闇の魔術に対する防衛術の教師ではなかった。彼が教えるのは、魔法薬学。魔法薬学教授だったスネイプが遂に悲願の闇の魔術に対する防衛術教師に君臨したのは、昨日のダンブルドアの話の中でも最も衝撃的なニュースだった。
 サラは時間割に目を落とす。
 O.W.Lで「O」を取らなければ、魔法薬学を受ける事ができない――そう言われていたから、サラも諦めていた。サラも、魔法薬学の試験結果は「E」だ。N.E.W.Tでの授業を受ける事ができる。
 しかし、魔法薬学の最初の授業は、今日の午後から。魔法生物飼育学と丸被りしている。
(――今更、また、闇祓いを目指すの?)
 既に、魔法生物飼育学の希望で提出しているのだ。ハグリッドだって、あんなに楽しみにしている。サラが履修を変えたら、本当に誰もいなくなってしまう。
「サラ。あなたも、『魔法薬学』を申し込んでいませんね。あなたの成績なら、スラグホーン先生の授業を受ける事ができますが、どうしますか」
「私……」
 闇祓いかつ予見者だった祖母。自分が何者であるかを知ってから、祖母のようになるのが夢だった。
 祖母の仇は討つ。祖母のようになる。どちらも、ずっと志して来た事。
「――私も、魔法薬学を受けたいです」

 占い学の授業は、トレローニーとフィレンツェでの分担となるらしい。初回はトレローニーの授業で、今年もサラは突発的で悲惨な死を迎える事を予言された。
 授業はタロットカードを用いたものだった。カードに意味付けがされているのでお茶の葉に比べれば読みやすいが、果たして「心眼」とやらで見る事ができているのかは自信がなかった。
 授業が終わると、次は闇の魔術に対する防衛術だ。サラが北塔の天辺から着く頃には、ハーマイオニーもハリーとロンも既に教室の前にいた。
「ルーン文字で宿題をいっぱい出されたの。エッセイを四十センチ、翻訳が二つ、それにこれだけの本を水曜日までに読まなくちゃならないのよ!」
「こっちも似たようなものだわ。毎日の占い結果と、タロットカードに関するレポート」
「ご愁傷様」
 ロンが他人事だとばかりに欠伸しながら言う。ハーマイオニーがピリピリと言った。
「見てらっしゃい。スネイプも、きっと山ほど出すわよ」
 スネイプの授業は、魔法薬学の時と同じく長い語らいから始まった。その語りようと言ったら、サラ達がこれから教わるのは「防衛術」ではなく「闇の魔術」の方なのではないかとすら思えた。
「これから諸君は、二人一組になる。一人が無言で相手に呪いをかけようとする。相手も同じく無言でその呪いを撥ね返そうとする。始めたまえ」
「サラー!」
 生徒達がペアを組み始める中、エリが大きく手を振りながらやって来た。
「あたし達、五人なんだ。一人あぶれちゃって。そっちもだろ? 一緒に組もうぜ」
 入学前は呪文を知らずに魔法を使っていたのだから、無言呪文はサラにとっては苦ではなかったが、どうやらそれは少数派らしい。エリはただ力むばかりで何も起こらず、しまいにはヒソヒソと呪文を囁いていた。そしてそれは決してエリだけの話ではなく、授業時間内に成功させたのはサラ以外にはハーマイオニーだけだった。
 授業開始前のハーマイオニーの嫌な予言は、見事に当たった。三限目はサラもハリーとロンと同じく空き時間であったが、全てを宿題に費やしても終わらず、昼食の後にも取り掛からねばならなかった。





 魔法薬学も全ての寮での合同授業となっていた。闇の魔術に対する防衛術に比べて、生徒数は格段に少なかった。グリフィンドールからはサラ達四人、スリザリンとレイブンクローも四人、ハッフルパフからはエリとアーニーの二人のみだ。スリザリンの四人の中には、ドラコの姿もあった。
「おーい、ハリー!」
 サラ達に気付いたエリが駆けて来る。アーニーもその後を追うようにしてやって来て、ハリーへと手を差し出した。
「今朝は『闇の魔術に対する防衛術』で声をかける機会がなくて。僕はいい授業だと思ったね。もっとも、『盾の呪文』なんかは、かのDA常習犯である我々にとっては、むろん旧聞に属する呪文だけど……やあ、ロン、元気ですか? ハーマイオニー、サラ、君たちは?」
 サラ達が答える間もなく、スラグホーンが教室から出て来た。
 地下牢教室は、既に煮立った大鍋が並べられていた。自然と、寮の仲間同士で一つのテーブルを囲む。ハッフルパフだけはエリとアーニーの二人きりだった。
 サラ達のテーブルの近くには、金色の大鍋があった。紙とインク、それから洗濯したてのシーツや整髪剤の香りが漂って来る。――彼のと、同じ。
 サラは眉根を寄せ、大鍋を見やる。そして、ハッと息を飲んだ。
 ハートにも見えるような、独特の螺旋状を描く湯気。光沢のある、紫色の液体。
 本で読んだ事がある。アモルテンシア――魅惑万能薬だ。
 ――その香りは嗅いだ者によって異なり、その者にとって魅惑的なものの香りとなる。
「……違う」
 違う。そんなはずはない。そんな事は、あってはならない。
 ――ならば何故、彼とパンジーを見て胸が傷んだ?
 ――何故、もしドラコが死喰人なら思い留まるよう言い諭すような事をした?
 ――何故、彼に冷たい態度を取られて傷ついた?
(違う、違う違う違う違う違う……!)
「残念ながら、二冊しか無いみたいだ」
 スラグホーンの言葉に、サラは我に返る。
 ハリーかロンが、教科書の事をスラグホーンに伝えてくれたらしい。スラグホーンは二冊の「上級魔法薬」を持って、サラ達のテーブルの前に立っていた。
「んじゃ、サラこっち来いよ。一緒に見ようぜ。作った事ある奴だったら、あたし見なくても調合できるし」
「私も教科書の内容なら覚えてるわ」
 教科書の暗記と言えば、ハーマイオニーの十八番でもある。対抗心が芽生えたのか、ハーマイオニーも名乗り上げる。
 サラは、エリの誘いを受ける事にした。
「エリの教科書を見せてもらうわ。三人ずつの方が、広さのバランスも良いでしょうし」
 言って、サラはそそくさとテーブルを移動した。少しでも、あの金色の大鍋から離れたかった。匂いの届かない所へ行きたかった。


Back  Next
「 The Blood  第3部 己が道を往く 」 目次へ

2021/07/31