イギリスの北西部、マグルも、魔法使いでさえも寄り付かない森の奥に、一軒の小さな家があった。家の周辺には古くからその森を棲み処としているケンタウルスの一族がいたが、彼らでさえも、この家がいつからあるもので、住人がいつからそこにいるのか知る者はいなかった。ケンタウルスとは得てして人族とは関りを持とうとしない種族であるが、それでも自分達よりもずっと前からそこに住み、星も教えてくれない「人の形をした何か」には少なからぬ興味を抱いていた。
 一年のほとんど、その家には人影がなく、ひっそりと木々の間に佇んでいた。夏の間だけ住人が帰って来ているようだが、家族も友達も恋人もおらず、ただ一人で、彼女の声を聴く事もなかった。
 それが、どうした事だろう。今年の夏は、二人の女の子の笑い声が木漏れ日の下、溢れていた。
「ただいまーっ」
「おかえりなさい、マリア」
 返って来る声に、麻理亜はクスクスと笑う。新しい同居人は、怪訝そうに首を傾げていた。
「どうしたの?」
「ただいまって返って来るのなんて、長い間ずっとなかったから……何だか、くすぐったくって」
 彼女は大きな瞳をパチクリさせ、それからクスリと笑った。
「そう。私も……家族が帰って来るのがこんなに嬉しい事だなんて、しばらく忘れていたわ。
 シチューでいい? もう直ぐ出来るわ」
「ありがとう」
 麻理亜は上着を脱ぎ、食卓の席へと着く。
 彼女はキッチンへと向かい、養母から盗んだ杖を振り鍋を掻き混ぜながら、麻理亜に問うた。
「最近、忙しいのね。毎日出掛けているみたいだけど、何処へ行っているの? 新学期の買い物って訳でもなさそうだし……」
 麻理亜の身長は伸びない。教科書や道具も、一年生から七年生まで一通り揃っている。新しく教科書が変わった場合や、魔法薬の材料のような消費物を買い足す以外、買い物は必要なかった。とても毎日出掛ける必要があるようなものではない。
 麻理亜はにやりと笑みを浮かべる。
「本当は、きちんと決まってからと思っていたのだけど……もう、いいかしら。あのね、九月からあなたもホグワーツに通えないかって交渉していたの。それでね、今日は校長とお話しして……考えてくれるって」
 ピタリと彼女の動きが止まる。カランと音を立て、杖がその手から落ちた。
「……本当に?」
「本当よ。あなたは十七歳だから、七年生になるわよね。でも六年生までの授業を受けていないから、その辺りをどうするかの調整はこれからになるけど……授業の合間に、補習かしら。それとも、ちょうど私が今ふくろう学年だから、一緒の方が都合がいいかしら? 六年生以上の授業には、ふくろうの結果も必要になってくるし……」
 彼女はくるりと振り返ると、麻理亜へと駆け寄った。麻理亜の手を取り、強く握りしめる。その瞳には、涙が浮かんでいた。
「ありがとう、マリア……本当にありがとう……! 夢みたい……!」
「明日、新学期の準備に行きましょう。ダイアゴン横丁でお買物。これも、あなたがずっとやりたかった事でしょう?」
「でも、どうやって行くの? ここは、姿あらわしも煙突飛行も出来ないのでしょう? マリアの箒に二人乗り?」
「さすがに、ここからロンドンまで箒で行くのはつらいわね。そうね……空飛ぶ馬車でも作りましょうか」
「作る? 馬車を?」
 彼女は目をパチクリさせる。麻理亜は悪戯っぽく笑ってうなずいた。
「ええ。欲しいものがそばにないなら、面白そうだと思ったなら、作ってしまえばいいのよ。やりたいと思う気持ちがあるなら、何だって出来るわ。私たちには、魔法があるんだもの」
 数百年ぶりの家族だった。
 家族もなく、仲間達もとうの昔に亡くし、ずっと一人で生きて来た麻理亜。
 両親を殺され、極端な純血主義の伯母の下で、近所のマグルの子供達には嫌われ、学校にも行かせてもらえず、閉ざされた世界で人形のように生きて来た彼女。
 二人の出会いは運命的で、互いにかけがえのない家族であり友達で、毎日がキラキラと輝いて見えた。これからはホグワーツでその日々が続くのだと、ずっと思っていた。麻理亜は内緒で彼女の杖を作ってもらっていたが、サプライズで渡そうと思ってその話は伏せていた。

 ――結局、彼女がホグワーツへ通う事はなかった。

 戦いの爪痕が残る家の中、麻理亜は一人佇んでいた。テーブルの上には、渡す事の出来なかった一本の杖。
 彼女は行ってしまった。もう会う事は出来ない。麻理亜が彼女を追えば、彼女の伯母にも彼女の居場所を知らせる事になりかねない。それにそもそも、学期が始まれば麻理亜はホグワーツを離れる事が出来ない。
 ホグワーツを守ると誓った。覚悟の上で、契約の魔法をかけた。破る者が現れない限り、麻理亜はそこを離れられない。ホグワーツ生ではない彼女は、麻理亜の守りの外の存在になってしまうのだ。
「イゾルト……どうか、元気で……」
 持ち主に渡らなかった杖をそっとなぞりながら、麻理亜は小さくつぶやいた。
 ――1620年。今からもう、300年以上昔の事だった。





No.4





 麻理亜とグレイブスは、同時に杖を抜いた。
「インカーセラス!」
 横っ飛びに地面へと転がり、呪文を放つ。麻理亜の背後にあったランプが、赤い閃光を受けてパリンと砕け散った。
 一回転で姿勢を立て直し、盾の呪文で攻撃を弾く。続けざまに放った失神呪文は、同じくあちらの盾の呪文によって弾かれる。呪文と呪文がぶつかり合い、光が弾ける。
「マリア・シノ。君を傷付けたくない」
「よく言うわね。そちらから失神呪文をかけようとしておきながら」
 不意に、闘いの場に一羽のふくろうが飛んで来た。麻理亜もグレイブスも、思わずその茶色いふくろうに目を奪われる。
 ふくろうは一通の封筒をグレイブスの頭上へと落とした。封筒はグレイブスの目の前まで落ちて来ると一人でに開き、女性の声が流れ出た。
「逃亡者二人を発見。ブラインド・ピッグ・バー。急行せよ」
 グレイブスの瞳が、崩れ行く手紙越しに麻理亜を見下ろす。麻理亜は咄嗟に地面を蹴り、彼へと距離を詰めた。彼の杖腕が下がり、身体が傾く。
 麻理亜は彼のコートの裾を掴み、そして二人は共に「姿くらまし」した。

 降り立ったのは、混乱の真っ只中だった。外とは打って変わって、薄暗い。皿の割れる音、椅子の倒れる音。叫び声や呪文が壁や窓に当たる音。人が倒れる音。
 麻理亜は直ぐに杖を抜き、盾の呪文を唱えた。グレイブスの放った呪文が、麻理亜の盾に弾かれる。グレイブスは続けざまに呪文を放つ。麻理亜は近くの机の後ろに隠れながら、周囲を見回した。
 そこは、どこかの酒場だった。コートに帽子、手には杖。銀行でも見かけたマクーザの者達が、店にいる者達を捕まえんとしていた。客も店員も逃げまどい、ある者は姿くらましし、ある者は呪文に当たってその場に倒れ込む。
 ――彼らは?
 姿勢を低くし、飛び交う呪文を避けながら、店内に目を走らせる。ニュート、ティナ。逃亡者とは、恐らくあの二人の事だ。
 ふと、麻理亜への攻撃がやんだ。見れば、グレイブスは別の方向へと杖を向けていた。その先にいるのは、黒髪の女性。
 ――させない!
「エクスペリアームス!」
 ポンと、グレイブスの手から杖が弾かれる。自分の元に飛んで来る彼の杖には目もくれず、麻理亜は机を飛び越え彼らの方へと走る。
 ニュートとティナ。それから、ジェイコブと、もう一人知らない女性も一緒だった。ジェイコブが、横に立つゴブリンの顔面にパンチを食らわせる。
 肩を強い衝撃が襲い、麻理亜はその衝撃に押されるようにして前のめりになり、机の上から転げ落ちた。ちらりと見た背後では、グレイブスが白い杖をこちらに向けていた。――もう一本、持っていたのか。
「工場の上司に似ていたんだ。――あれ、マリア?」
 カクテルグラスを片手に持ったジェイコブが、目の前に滑り落ちてきた麻理亜に気付く。グラスに入っていたのは笑い酒だったらしく、一気にあおったジェイコブの口から甲高い笑い声が漏れる。金髪の女性が、麻理亜とジェイコブの手を取る。ニュートとティナが駆け寄って来る。
 そして、五人は混乱する酒場から「姿くらまし」した。





 人通りのない大通りに、麻理亜達は「姿現し」した。
「ここは?」
 麻理亜が四人を見上げて尋ねる。
「どうしてマリアがここに?」
 ニュートが尋ねる。
「この子も仲間なのね」
 金髪の女性がほとんど確信しているように三人へと問う。
「五番街よ。残る動物の目撃報告がここであったの。彼女はマリア・シノ。彼らと一緒に動物探しをしていたみたいで、マクーザの牢屋で一緒だったのよ。彼女は、クイニー。私の妹よ」
 ティナが、麻理亜とクイニーの質問に答える。
 笑い酒の効果がまだ残るジェイコブが、引き笑いのような笑い声をあげた。
「大変。怪我をしているわ」
 大きく引き裂かれた麻理亜のコートの肩部分を見て、クイニーが杖を出す。
「大丈夫よ。ちょっと掠っただけだから」
「こんなにズタズタで、そんなはず……」
 ティナが麻理亜の隣にしゃがみ込み、コートの裂け目を覗き込んだが、肌を見て言葉を失った。そこにあるのは麻理亜が言う通り、紙で切ったかのような小さな切り傷だけだった。
「ね? 運が良かったみたい。冬場で厚着していたのが、幸いしたのかしら」
「傷の治りが早いのね? 昔から?」
 麻理亜は目を見開き、クイニーを振り返る。
「彼女は心が読めるんだ」
 ニュートが手短に説明した。その視線は麻理亜もクイニーも見てはおらず、何か異常はないかと通りをくまなく見回していた。
「それで、マリアはどうしてここに? 釈放されたの?」
「私も同じ。脱獄よ。それじゃあ、あのベルはあなた達が脱走した事への警戒だったのね?」
「ええ。私達、死刑を宣告されて、死の部屋に連れて行かれて……」
「死刑!?」
 麻理亜は目を丸くする。ティナはうなずいた。
「私が殺されそうになったのを、ニュートが助けてくれたの。スウーピング・イーヴルで――」
「待って。死刑が決まって、即日処刑されそうになったの? ティナから? ……ねえ、何だか色々とおかしくない?」
「おかしいって?」
 ようやく笑い酒の効果が切れたジェイコブが問う。
「だって普通、死刑って決定から執行まで期日があるものでしょう? それに、魔法動物を持ち込んだのはニュートよ。殺人を魔法動物のせいと見なすなら、ニュートから処刑するのが道理じゃない?」
「ティナが命を狙われているって、そう考えているの?」
 厳しい表情で問うクイニーに、麻理亜はうなずく。
「ティナは、闇祓いだったのでしょう? もしかしたら、その頃に何かまずいものを見ちゃったのかも――何か、心当たりはない?」
 麻理亜、ジェイコブ、クイニーの視線が、ティナへと集中する。
「そう言われても……」
「――いた!」
 ずっと黙り込んでいたニュートが、不意に声を上げた。四人には目もくれず、百貨店へと駆けていく。麻理亜達は慌ててその後を追って行った。

 営業時間を終えた暗い店内。鞄がひとりでにマネキンから外れ、ふよふよと宙を漂っていく。まるで、「見えない何か」に運ばれているかのように。
 麻理亜、ニュート、ティナ、クイニー、ジェイコブの五人は、物陰からその様子を見守っていた。
「デミガイズは大人しい。でも、怒ると噛みつくんだ」
 ニュートがひそひそ声で言った。
 ジェイコブとクイニーが、別方向から回り込もうと、そろりそろりと横歩きに離れて行く。
「予想しにくい動きを。あいつは、直ぐ先の未来を見る。予知する力があるんだ」
 ニュートの忠告に、二人はうなずく。
 デミガイズは、奥のスタッフ用階段を上って行く。麻理亜達は足音を忍ばせ、その後を追った。
 二階は、倉庫のようになっていた。在庫の箱が積み重なる中、デミガイズは立ち止まる。鞄から出したのは、赤ん坊をあやす時に使うようなガラガラと鳴るおもちゃだった。デミガイズは、ガラガラとそのおもちゃを鳴らす。
「僕のせいた」
 驚き呆れたように、ニュートはつぶやいた。
「彼は、子守をしていたんだ」
「子守って……」
 誰の、と言いかけたティナの言葉は途切れる。ティナも、麻理亜も、呆然としてそれを見上げていた。デミガイズがあやす先、暗闇の中からぬっと現れた大きな頭。青い羽毛を月明かりに美しく輝かせたその顔はまるで鳥のようだったが、その下に続く首は鳥にしては長く、まるで蛇のようだった。
 ニュートは、ゆっくりと鳥のような生物へと近付く。
「オカミーだ。一匹足りなかったらしい」
 突如、デミガイズが振り返った。麻理亜達が何か反応を示す間もなく、彼はジェイコブへと飛び掛かる。
 同時に、たくさんの事が起こった。
 薄暗がりの中、誰かの足元にあったらしい鈴が、チリンと高く鳴った。デミガイズに突き倒されるようにして、ジェイコブは床へと転がる。音に驚いたオカミーが、叫ぶかのように大きな嘴を開き、青い巨体をうねらせる。麻理亜は咄嗟に、棚の陰へと飛び込む。ジェイコブがいたまさにその位置に太い尾が打ち付けられ、棚に置かれた商品が雪崩となって降り注ぐ。
 部屋は今や、オカミーの尾に支配されていた。うねり打ち付ける尾をくぐり抜け、麻理亜は辺りを見回す。見えるのは青い羽毛ばかり。仲間たちの姿も、オカミー自身の顔さえも、どこにあるか分かりはしない。
「ニュート! どこなの!?」
 麻理亜は叫ぶ。
「どうすればなだめる事が出来るの?」
 混乱の中、ニュートの叫ぶ声が聞こえた。
「ティーポットに虫を!」
 麻理亜は、室内に目を走らせる。闇の中に目を凝らし――そして、見付けた。オカミーを挟んで向こう側にある棚の上から二段目。小さな白いティーポットだ。
「アクシオ!」
 杖を向け、唱える。白いティーポットは棚から浮き、麻理亜の方へとふわりと飛んで来る。
 しかし、波打つ蛇の尾がそれを妨げた。青い尾に打ち返され、ティーポットは真ん中辺りの棚へと転がり込む。
 ぴょんぴょんと飛んだり背伸びしたりしてみるが、尾に隠れて、どこに行ってしまったのか分からなかった。
 不意に、視界の端に青い尾が映った。ティーポットに気を取られてしまっていた。しまったと思った時には遅く、麻理亜は青い尾に打たれて地面に転がる。直ぐに起き上がろうとしたが、重い尾が身体を押さえつけ、身動きが取れなくなってしまった。
「任せて!」
 向かい側から麻理亜の動きを見ていたティナが、棚によじ登る。そして棚の中に転がるそれを掴み、振り返った。
「ティーポット!」
 しんと室内は静まりかえる。
 オカミーは動きを止めていた。麻理亜も息を殺して、頭上を見守っていた。
 青い尾に巻き取られ、表情を強張らせたジェイコブ。その直ぐ横にあるのは、オカミーの鋭い嘴。ジェイコブの背中にぶら下がるようにして抱き着いていたデミガイズが、すぅっと溶けるように消えて行く。
 ジェイコブは冷や汗を流しながらも、なだめるようにそっとオカミーの尾を撫でる。
「……ティナ」
 もう一方の手をかざしながら、ジェイコブは向かい側に声をかける。彼の手には、小さな茶色い虫が握られていた。
 ジェイコブは虫を握った手を大きく振りかぶる。オカミーの視線が、彼の手を追う。そして、虫はジェイコブの手から放たれた。
 投げられた虫を追うようにして、オカミーがするすると動く。尾から解き放たれ、麻理亜は杖をジェイコブへと向けた。
「アレスト・モメンタム!」
 同じく解放され落下して来たジェイコブの身体が、地面に衝突する前にピタリと止まる。そして、すとんと軟着陸した。
 ティナは虫をキャッチするべく、部屋の中央へと走る。大きな嘴を開けたオカミーも、虫を追ってティナの正面へと迫る。
 ティナは身を縮めるように頭を下げ、それでもティーポットを掴んだ腕はめいっぱい伸ばして虫の落下地点に固定していた。
 虫が、ティーポットへと落ちる。後を追い、まるで吸い込まれるようにしてオカミーの身体もティーポットへと入っていく。
 青い巨体がすっぽりとティーポットに収まると同時に、滑り込んできたニュートがティーポットに蓋をした。陶器の触れ合うチンという小気味良い音が部屋に響く。――捕らえたのだ。
「オカミーは伸縮自在だ。広い所なら大きくなるし、狭い所なら小さくなる」
 ホッと息を吐きながら、ニュートは説明する。ティナは厳しい表情をしていた。
「正直に言って。他に逃げた動物は?」
「これで最後だ。本当だよ」
 強張っていたティナの表情に、安堵の色が現れる。そしてようやく、麻理亜達も安堵の息を吐いた。





 全ての動物を捕獲し終えた麻理亜達は、再びニュートのトランクの中へと入った。デミガイズはずいぶんとジェイコブに懐いたようで、巣まで手を繋いで送ってもらっていた。初めてトランクの中に入るゴールドスタイン姉妹は、物珍しそうに辺りを見回していた。まるで、初めてトランクに入った時の麻理亜自身を見ているかのようだった。
 ジェイコブと麻理亜が岩場の下に姿を見せると、下を向かなくても匂いか気配で分かるのか、ムーンカーフ達が飛び跳ねるような動きで岩場を降り、集まって来た。
「懐かれているのね」
 ティナがクスリと笑った。
「たぶん、ニュートの餌やりを手伝っていたからだわ。餌をくれる人達だって認識されたんじゃないかしら」
「可愛いなあ。でも、ごめんよ。今はまだご飯の時間じゃないんだ」
 すり寄って来るムーンカーフを愛おしそうに撫でながら、ジェイコブは言う。
 ニュートとクイニーは、小屋の前で話をしていた。ティナがそちらへと向かう。麻理亜とジェイコブも、ムーンカーフ達に別れを告げ、ティナの後に続いた。
「何の話?」
「……学校」
 ティナの質問に、ニュートが歯切れ悪く答えた。ジェイコブが、ぱあっと顔を輝かせる。
「魔法使いの学校があるの?」
「ええ。イルヴァーモーニー魔法魔術学校。世界一の魔法学校よ」
 クイニーがうなずき、誇らしげに言った。麻理亜は、ハッとクイニーを見る。
 ぼそりとニュートがつぶやいた。
「世界一はホグワーツだ」
ホグワーシュって、豚の餌の事? それ、冗談?」
 クイニーが肩をすくめ、からかうように問う。
「二人は、イルヴァーモーニーの出身なの?」
「ええ。私はパクワジ。ティナはサンダーバード」
 何の話か分からず、ジェイコブはニュートと麻理亜を振り返る。しかし、二人も分からず首を傾げていた。
「イルヴァーモーニーの寮の名前よ。全寮制で、四つあるの。頭脳の学者ホーンド・サーペント、魂の冒険家サンダーバード、身体の戦士ワンプス、心の癒者パクワジ」
「ホグワーツと一緒だ」
 ニュートが言った。問うように振り返るジェイコブに、彼は説明する。
「ホグワーツも、四つの寮がある。動物じゃなくて、四人の創設者たちの名前だけど」
「サンダーバードとワンプスは有名だし、見た目も人気があるから分かるけど、そこにパクワジが並ぶのって珍しいわね」
「ホーンド・サーペントは?」
 一つだけ抜かされた寮の名を、ジェイコブは問う。麻理亜は軽く肩をすくめた。
「その寮は、何となく起源が分かるから。創設者の女性って、パーセルマウスだったのでしょう?」
 ティナがうなずいた。
「そう聞いているわ。創設者は知っているのね?」
「……昔、友達がイルヴァーモーニーで教えていたのよ」
 麻理亜は曖昧に微笑む。
「四人の創設者が、それぞれに好きな動物を選んで寮の名前にしたのよ。その内の一人、イゾルト・セイアはパーセルマウスだったという話があるわ。彼女にはパクワジの友達がいて、彼女の話を気に入った夫のジェームズが選んだのが、パクワジなのよ。話に出て来るパクワジはウィリアムって言うんだけど、学校にも同じ名前のパクワジがいるのよね。もうずっと昔から。話に出て来るパクワジなんじゃないかって言われているわ。本人は否定しているけれど」
「そう……それじゃ、彼女は出会う事が出来たのね。永遠の友達に」
「何の話?」
 ティナは首を傾げる。麻理亜は軽く肩をすくめた。
「こっちの話。ホグワーツにも、そのパクワジとよく似た存在がいるわ。何百年も学校にいるの」
「そんな動物、いた? ハウスエルフの事?」
 ニュートが怪訝げに問う。麻理亜は苦笑した。
「覚えていなくても無理ないわ。こちらは人型なのよ。もし広く知れ渡ったりしたら、不老不死だの何だのって大騒ぎになっちゃう。だから、覚える人はいないの。学校自体に魔法がかけてあって、七年ごとに彼女に関する記憶は全てリセットされてしまう。引き継げるのは、校長と、その呪いを破った何人かだけ」
「マリア。あなたって――」
 響き渡る雷鳴が、クイニーの言葉を遮った。
 ニュートが、小屋沿いに走って行く。麻理亜達は顔を見合わせ、その後を追った。
 ニュートについて行った先にいたのは、白い巨鳥――サンダーバードだ。天候を操作するサンダーバードのいるその場所は、稲妻が走り荒れ狂った空模様だった。
「危険を察知している……」
 険しい表情で、ニュートはつぶやいた。

 すぐに麻理亜達はトランクの外へと出た。幸い、マクーザの者達に取り囲まれていると言う事はなかったが、もっと酷い事が起こっていた。
 ニューヨークの街を、暴走する黒い靄。靄は窓を割り、壁を砕き、車をひっくり返し、全てを破壊せんとするかのように暴れ回る。
 ――オブスキュラス。
 ビルのネオンの下から街を見下ろしながら、麻理亜は唇を噛む。怪しい行動を取っていたグレイブス。何故、彼から目を離してしまったのか。彼がこの事と無関係とは思えなかった。
 オブスキュラスを生むのは、子供だ。そしてそれを暴走させた者は、長くは生きていられない。――この状況が意味するのは、街の破壊やそれによる被害者が出る可能性も十分にあるが――一人の子供の確実な死。
 不意に、ニュートはティナへとトランクを渡した。
「僕が戻らなかったら、この子たちを頼む。必要な事は、この手帳に書いてある」
 小さな手帳を彼女に押し付け、ニュートは姿くらましする。
 すぐさま、ティナは隣にいる麻理亜へとトランクを渡した。
「この子達をお願い」
 そして、後を追うようにして姿をくらます。
 麻理亜はくるりと振り返り、クイニーへとトランクを渡した。
「任せるわね。手帳が必要でしょ。ティナったら、持って行っちゃうなんて。ついでに、二人とも連れ帰るわ」
 そして、麻理亜もくるりとその場で回転し「姿くらまし」した。


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2017/03/04