表では笑っているけれど。
 時々ふと、寂しくなる。怖くなる。
 私はここにいてもいいの? 私は一体、誰なの?

 私の居場所は、何処ですか――?





No.1





「久しぶりー。ハリー、起きてる〜?」
「あら、マリア! 久しぶり!」
 奥の部屋から、リリーが笑顔で駆け寄ってきた。
 マリアはホグワーツに通っている為、新学期が始まるとなかなかこの家へ来る事が出来ない。リリー達に会うのも、二ヶ月ぶりだった。
「ハリー、今寝ちゃった所なのよ。住み着いてる野良犬だったら、起きてるけど」
 話しながら、リリーに続いて居間に入る。
 部屋の奥にあるベビーベッドではハリーが眠っていて、その傍らに大きな黒犬がベッドの柵に前足をかけて立っていた。
「あら。本当に犬なんだ」
 犬はマリアの言葉にピクリと反応し、振り返った。みるみると形が変わり、そこには一人の男が立っていた。
「誰が犬だ!」
「でも、ハリーはきっと犬の姿の方が覚えてるんじゃないかな」
 意地の悪い事を言いながら、奥の部屋からジェームズがやってきた。リーマスも一緒だ。
 リーマスは満月が近付いているからか、顔色が悪い。

「あら? ワームテールは今日もいないの?」
 何故かピーターは皆より忙しいようで、夏休み中も滅多に会う事が出来なかった。
「あいつの事だからな。皆と同じ量の仕事でも、こなすのに時間がかかるんじゃないか」
「ピーターと言えば。昨日の夜、貴方達、一体何を話してたの?」
 リリーが、ジェームズとシリウスを振り返って尋ねた。
「ああ、あれね。どうせだから、今話すよ。ちょっと、来て――」
 ジェームズは、リリーを連れて居間から出て行った。
 リーマスが時計を見て、言った。
「僕、そろそろ行かないと。シリウス、君もだろう? マリアは一緒かい?」
「騎士団の? 私は行かないわ。一応活動はしていても、公の騎士団員って訳じゃないし。だって、そうでしょう? こんな子供の姿じゃ、他のメンバーに怪しまれちゃう。
今日はホグズミード行きの日だったから、それでこっちに来られたのよ。夕方まではここにいるつもりよ」
 私は肩を竦めて言う。
 「それじゃあ」と二人は軽く手を挙げ、出かけていった。





 二人が出て行くと、マリアはハリーの傍らに立った。
 マリアは気づいていた。自分には、騎士団の中での極秘事項は伝えられないという事に。
 当然、マリアが騎士団の会議に参加する訳にはいかない。マリアが子供ではないと知っているのは、限られた者達だけだ。それ以外の者達にとっては子供でしかないのだから、怪しまれてしまうのも確かだ。
 マリアにはホグワーツを守るという使命がある。ホグワーツの校長だけは、マリアの秘密を知るようになっていた。マリアは校長を通して、魔法界の上層部に干渉できるのだ。
 ヴォルデモートが猛威を振るう昨今、マリアは死喰人達を相手に戦っていた。情報は、アルバスを通して入ってくる。
 ところが、ここ半年ほど、重要な内容は隠されるようになった。

 アルバスは気づいているのだ。リリーやジェームズの周りに、闇の陣営のスパイがいるという事に。

 マリアが疑われるのは必至だった。ヴォルデモートの学生時代、マリアは彼とつき合っていたのだから。
 彼は、ヴォルデモートとして戻ってきてからというもの、マリアを取り戻そうと何度も接触してきているのだから。
 マリアは闇の陣営に組する事を拒み続けているが、果たして本当に寝返っていないのかどうか、それはマリア自身にしか分からない事だ。

 数日前から、この家は「忠誠の術」によって守られている。
 マリアがその事を知ったのは、アルバスの事後報告によるものだった。今朝知ったばかりだ。シリウスにしては繊細な字で書かれたここの住所を見て、それでここに入る事が出来ている。
 若し事前に相談されていれば、マリアが「秘密の守人」になる事を申し出ただろう。マリアは何百年も生きているし、戦闘の経験もある。
 だが、アルバスはマリアが守人になる事を防ぎたかったのだ。だから、事前に相談する事はしなかった。





 暫くして、リリーとジェームズは戻ってきた。
「シリウスとリーマスは、騎士団の会議に行ったわ。ねぇ、ちょっと寝てもいい? ここんとこ、死喰人の集団襲撃で夜中に呼ばれる事が多かったもんだから……」
「ええ、いいわよ。どれぐらい寝る? クッキーでも焼こうと思ってるんだけど」
「ほんの三十分程度でいいわ。それじゃあ、ベッド借りるわね」
 マリアはそう言って、奥にある寝室へと向かった。
 杖は、荷物と一緒に今に置いたままだった。





 異常な気配に、マリアは飛び起きた。
 まだ、眠ってから十分と経っていなかった。部屋に、ハリーを抱きかかえたリリーが駆け込んでくる。
「リリー! 一体、どうしたの!?」
 リリーは今にも泣き出しそうな表情だった。それでも、ハリーを守り抜こうという意思が見える。
「ヴォルデモートよ! ジェームズが……っ」
 その先は言葉にならなかった。腕の中のハリーを、ぎゅっと抱きしめる。
 マリアは絶句した。
 この家には、「忠誠の術」をかけていたのに。裏切られたのだ。裏切り者は、シリウスだった。
「兎に角、窓から外へ――」
 言いながら、マリアは起き上がる。

 リリーが窓へ辿り着く前に、ヴォルデモートが部屋に入ってきた。
 マリアは応戦しようとし、さっと青ざめた。しまった。杖が手元に無い。
「ここまでだな、さあ、その子を渡すんだ……」
「ハリーだけは! ハリーだけは! どうかハリーだけは!!」
 リリーはハリーを背中に隠し、必死で繰り返す。
「退け、馬鹿な女め! さあ、退くんだ……」
 マリアは何も考えずに飛び出し、リリーとヴォルデモートの間に立った。リリーは「ハリーだけは」「私を代わりに」と叫び続けている。
「一体どういうつもり? ハリーみたいな赤ん坊を殺した所で、貴方には何の利益も無いでしょう! 怪我をしたくなければ、立ち去りなさい!!」
 ヴォルデモートは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「お前の杖は、この場には無いだろう。立ち去るべきは、お前の方だ。さあ、退くんだ二人共……」
「ハリーだけは! お願い……助けて……許して……」

 突如、マリアの手に長い剣が現れた。ヴォルデモートはパッと飛びのき、間合いを取る。
「忘れたのかしら? 六年生の時……一年生の時にも、これは貴方の前で出した筈よ……懐かしいわね。あの頃の貴方は、上級生に苛められるぐらいに弱かった」
 マリアの昔話が癪に障ったらしい。ヴォルデモートは杖を振り上げた。赤い閃光を、マリアは咄嗟に剣で払う。
 ヴォルデモートは猶も、攻撃呪文を繰り出す。マリアは避けつつ、払いつつ、リリー達を後ろ手に庇ってじりじりと後退する。
 外へ出れば、姿くらましが出来る。窓まで、あと三メートル……二メートル……一メートル――
 その時だった。
 緑の閃光がマリアを逸れた。背後でどさりと崩れ落ちる物音がした。
「リリー!?」
 思わず、マリアは振り返った。
 それから再び視線を戻したが、遅かった。緑の閃光が、真っ直ぐハリーへ向かう。

「やめてぇ――――――っ!!」





 アルバス・ダンブルドアは、崩壊した家の前で途方に暮れていた。
 ハリーは傷一つで助かり、ヴォルデモートは失墜した。ハリーをダーズリー家に手紙と共に預け、その足でここへと赴いたのだ。

 尋常じゃない。死の呪文で、こんなにも崩壊するなんて。

 崩壊したのは、家だけではなかった。
 辺りを見渡せば、ここら一帯が地割れや隆起、浸水を起こしている。
 これは、ハリーが死の呪文を跳ね返した事によるものなのか。それとも、別の理由によるものなのか。
 ホグズミードに行くふりをしてここへ赴いた筈のマリアは、何処にもいない。ホグワーツへは帰ってこなかった。
 ジェームズとリリーもここにいた筈だ。死体は無くとも、亡くなってしまったのは確か。
 例えマリアが老いずとも、彼女に「死」が無い訳ではない。
 受け入れなくてはならない。この非情な現実を。
 彼は悲しげにうな垂れ、首を振ると、ホグワーツへと帰っていった。










 麻理亜は、蒼白い闇の中で目を覚ました。
 ああ、夜が明けたのだ。自分は気絶したのだろうか。ヴォルデモートは、麻理亜を殺しはしなかったらしい。
 じわっと目頭が熱くなってくる。
 守りきれなかった。リリーは死んでしまった。恐らく、ハリーも。
 どんなに悔いても、もう彼女達が戻ってくる事は無い。

 麻理亜は暫くの間、泣いていた。
 声も立てずに、ただ虚ろな目でただぼんやりと朝靄を見つめたまま、涙を流していた。





 どれほど経っただろうか。麻理亜は、ゆっくりと起き上がった。体の節々が痛む。
 ホグワーツへ帰らなくては。きっと皆、心配している。
 起き上がり、辺りを見渡し、麻理亜は愕然とした。ここはゴドリックの谷ではない。潮騒が聞こえている。辺りは荒地で、少し先は断崖だ。
「なん、で……」
 麻理亜は恐る恐る、崖へと近付いていった。
 そっと下を見下ろす。真っ黒な海だった。海の遥か深海で、小さな光が点々と点っている。星空だ。海の下に、宇宙があるのだ。

 麻理亜はガックリと膝をついた。
「嘘でしょう……?」
 こんな海、麻理亜は知らない。
 思い当たる事は、一つだった。麻理亜はまたしても、異世界へ来てしまったのだ。
 何も、こんな時にトリップしなくてもいいのに。


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2007/05/07