部屋の戸が叩かれ、外から声がした。
「私。美沙だよ。二人とも、いる?」
「うん、今開けるよ」
戸を開け、美沙を部屋に招きいれたのはアルだった。エドは、部屋に備え付けられたソファで眠っている。
「昨日今日と、本を調べたり運動したりしていたからね」
「ベッドがあるんだから、そっちで眠れば良いのに」
美沙は苦笑して、ソファの背に掛かっている赤いコートを布団代わりに掛けてやる。
それから、アルを振り返った。
「黒尾は一緒じゃないの? 私さっき帰って来たんだけど、いなくて」
「多分、買い物じゃないかな。ニーナに、明日もパンを作っていくって約束してたから」
「ニーナ?」
「タッカーさんの娘さんだよ。これくらいの小さい女の子」
そう言って、アルはニーナの身長を手で示す。
「良い子なんだ。お母さんは二年前に死んじゃって……最近じゃ、父親のタッカーさんも仕事で忙しいから、寂しいって……」
「……それで、『運動』って訳ね」
「ごめん、美沙も色々調べてるんだろうに……」
美沙は手をひらひらと振る。
「いいって、別に。それだと多分、黒尾も一緒になって遊んでる訳でしょ? 黒尾と私は同一人物なんだから、私がそっちに行っていても同じ行動を取ってるよ。
私もさ、あんまりお父さんと遊んだ事無いから。確か、アル達もだよね」
「何だか似てるね、僕達」
美沙は笑う。
成長すればその程度の寂しさなど大した事ではなくなるが、幼い子には辛いだろう。それが分かるから、ニーナは放っておく事が出来ない。
二日間共に過ごしている黒尾の方は、若しかしたら妹のようにさえ感じているかも知れない。そう、思えた。
No.9
翌日は、朝から暗雲が立ち込めていた。
黒尾は灰色の空を不安気に見上げる。何処か遠くから、ゴロゴロと低く雷鳴が聞こえてくる。
エドも同じようにして空を見上げた。
「今日は降るな、こりゃ」
「ハボック少尉、傘持ってきてくれるかね」
「何だ、黒尾も持ってきてないのかよ」
エドが、呆れたように言って隣の黒尾を見上げる。
アルは先に行き、玄関の呼び鈴を鳴らしていた。黒尾は口を尖らせる。
「持ってくるも何も、私の傘はリオール行く前に汽車に置き忘れたじゃない。忘れたの? その後、買ってないし……」
「昨日一昨日と買い物行ってたんだから、それぐらい買っとけよー」
「仕方ないでしょ、忘れたもんはさ。いつもドタバタしてるか軍の送り迎えなんだから、滅多に使う事も無いし。
――ん? どうした、アル?」
アルは扉を開け、中の様子を伺っていた。黒尾は階段を上がってその横まで駆け寄り、アルの顔の下から中を覗く。エドの顔が、同じようにして黒尾の下から中を覗いた。
呼び鈴を鳴らしたのに、タッカーは出て来ない。家の中に明かりは点いておらず、暗闇に包まれていた。ニーナやアレキサンダーのにぎやかな声も無く、しんと静まり返っている。
三人は顔を見合わせ、玄関の中へと入る。玄関の扉は、背後でぱたんと閉じた。
「誰もいないのかな」
エドは言って、きょろきょろと辺りを見回す。
アルもタッカーの名を呼びながら、奥へと進んで行く。黒尾とエドはその後に続いた。
「タッカーさ〜ん。エルリック兄弟と黒尾でーす……」
「ニーナ?」
リビングや書庫、幾つもある研究室など、三人は色々な部屋を見て回る。雷鳴や雨音は家の中までは聞こえず、気味の悪い程に静まり返っている。
ふと、半開きになった扉の前でエドが立ち止まった。その横まで行き、黒尾はその部屋の中にいる人物に目を留める。そして、ホッと安心したように息を吐いた。
「なんだ、いるじゃないか」
エドも同じように不安を感じていたのだろうか。声には、安堵の色が表れていた。
エドの声に、タッカーの肩が揺れる。
「ああ、君達か」
言いながら、タッカーは振り返る。廊下からの明かりに眼鏡が反射し、表情は口元でしか見て取る事が出来ない。
その口元に浮かべた笑みに合うやや嬉しげな声で、タッカーは言った。
「見てくれ、完成品だ。……人語を理解する合成獣だよ」
その言葉に、三人はぽかんと呆気に取られる。
黒尾は、タッカーの隣で大人しく座っている獣をまじまじと見つめた。白く長い毛並み。犬に似た容姿だが、手足は異様に大きい。黒尾が今までに見た事のある通常の獣とは、全くもって異なる風貌だった。
唖然としている三人の目の前で、タッカーは「見ててごらん」とその獣の前に座り込む。そして、獣に話しかけた。
「いいかい? この人はエドワード」
そう言って、エドを指差す。
「えど、わーど……?」
「そうだ、よく出来たね」
「よく、でき、た?」
頭を撫でられながらも、合成獣はタッカーの言葉を繰り返す。エドは前へ踏み出し、タッカーと合成獣の所へと近づいていった。アルも後に続いてやや近付くが、黒尾はその場から動く事が出来ない。
……この奇妙な感覚は、一体何なのだろう。この訳の分からぬ恐ろしさは、一体何故なのだろう。
「信じらんねー。本当に喋ってる……」
エドはタッカーの横に並び、合成獣を覗き込む。何の疑いも持たない、驚きながらも好奇心旺盛な、無邪気な表情だった。
タッカーはホッと息を吐く。
「あー……査定に間に合って良かった。これで首が繋がった。また当分、研究費用の心配はしなくて済むよ」
タッカーが最近忙しそうにしているのは、査定の為もあったのかも知れない。その査定が済むと言う事は、これからは少しはニーナとも遊んでやれるのかも知れない。そう思い、黒尾は微笑む。
手に持った籠に視線を落とし、黒尾の表情は強張った。ニーナの為に、焼いて来たパン。また作ってくると、約束したから。ニーナは、楽しみにしていると言った。……ニーナは、何処だ?
合成獣は、「えどわーど」と何度も繰り返していた。黒尾は廊下に出て、辺りを見回す。いつもなら、真っ先に玄関まで迎えに来るのに。
「タッカーさん」
突然聞こえて来たエドの声は、低く静かだった。何かを押し殺すような声。
黒尾は廊下の真ん中に呆然と立ち尽くし、顔をそちらに向ける。開け放された扉の前で、エドはタッカーに背を向けたまま尋ねた。
「人語を理解する合成獣の研究が認められて資格取ったの、いつだっけ?」
「ええと……二年前だね」
「奥さんがいなくなったのは?」
畳み掛けるように尋ねるエドの言葉に、タッカーは少し間を置く。
「……二年前だね」
「もう一つ質問良いかな。……ニーナとアレキサンダー、何処に行った?」
ぞっと全身の毛が逆立つのを感じた。心臓を鷲掴みにされたような、恐ろしい感覚。
その言葉の意味を、考えたくない。その質問の答えを、聞きたくない。
「……君のような勘の良い餓鬼は嫌いだよ」
途端、エドはタッカーの胸倉を掴み、壁に押し付ける。
「兄さん!」
叫ぶアルの声は、同じくその考えに至った事を知らせていた。
黒尾の思考は停止していた。嫌だ。聞きたくない。知りたくない。
「ああ、そういう事だ!!
この野郎……やりやがったな、この野郎!! 二年前はてめぇの妻を! そして今度は、娘と犬を使って合成獣を錬成しやがった!!」
黒尾はその場に崩れ落ちる。
籠の落ちる音が廊下に響き、中に入っていたパンが転がり出た。ただ呆然と、目の前にいる白い獣を見つめる。
「そうだよな。動物実験にも限界があるからな。人間を使えば楽だよなあ、あ゛あ!?」
「は……。何を怒る事がある? 医学に代表されるように、人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろう? 君も科学者なら――」
「ふざけんな!!」
信じられないようなタッカーの言葉を、エドの怒鳴り声が遮った。
「こんな事が許されると思ってるのか!? こんな……人の命を弄ぶような事が!!」
「人の命!? はは!! そう、人の命ね!
鋼の錬金術師!! 君の、その手足と弟!! それも、君が言う『人の命を弄んだ』結果だろう!?」
エドの拳が、タッカーの横顔を殴りつけた。
眼鏡が飛ばされ、口を切っても、タッカーは続ける。
「それに黒尾! 君達の人体錬成の日と、彼女がこの世界に紛れ込んだ日は、同じ! 君達はそう話した! だから、調べる物は同じなのだと!
つまり、黒尾は君達の人体錬成に巻き込まれたんじゃないか!! 君も、それに気付いているんだろう!? 君達は自分自身だけでなく、全く関係無い者まで巻き込んだんだ!! 『人の命を弄んだ』事によってね!!」
そう言って、タッカーは笑いを漏らす。
「同じだよ。君も、私も!!」
「違う!」
「違わないさ! 目の前に可能性があったから試した!」
「違う!」
「例えそれが禁忌であると知っていても、試さずにはいられなかった!」
「違う!!」
叫びながら、エドは再びタッカーを殴りつける。そしてそのまま、何度も、何度も、タッカーを殴りつけた。怒り、悲しみ、悔しさ、憎しみ、溢れ出る感情に任せて、拳を食らわせる。
「俺達錬金術師は……! こんな事……俺は……俺は……!!」
振り上げた拳は、タッカーに届く事は無かった。
アルはエドの手首を掴んだまま、静かに言う。
「兄さん。それ以上やったら、死んでしまう」
エドは猶もタッカーを睨みつけていたが、項垂れ、タッカーの胸倉を掴んだ手をゆっくりと離した。
タッカーは壁伝いに崩れ落ち、乾いた笑い声を漏らす。
「綺麗ごとだけで、やっていけるかよ……」
「タッカーさん」
アルの静かな声が、静まり返った部屋に響く。
「それ以上喋ったら、今度は僕がブチ切れる」
タッカーは言葉を詰まらせる。
アルは、合成獣の傍にしゃがみ込み、手を伸ばす。
「ニーナ……。ごめんね。僕達の今の技術では、君を元に戻してあげられない」
ごめんね、ごめんねとアルは繰り返す。
合成獣はアルの手元を離れ、黒尾の方へと歩いてきた。そして、床に転がったパンを嗅ぎ、口をつける。
「め、ろん、ぱん。あり、がとう」
黒尾は、直ぐ傍で自分を見つめている白い獣を見つめ返す。
「ありがとう。やくそく。ありがとう。ありがとう」
雫が頬を伝う。
黒尾はただ見つめているだけで、動く事が出来なかった。触れる事も、抱きしめる事も、出来なかった。
降り頻る雨に、音は無い。
美沙はただ黙って、エドとアルの横に座っていた。抱きしめても反応は無く、寧ろ拒絶するように、ずっと自分の膝を抱え込んで座っていた。やがて、美沙は二人を放した。掛ける言葉など見つからず、隣にいる事しか出来なかった。
黒尾はいない。彼女は、一人宿へと帰った。相当ショックだったのだろう。暗い目をしていて、打ちひしがれた様子だった。
ふと、音の無い世界に声と足音が割って入った。それは、段々と近付いてくる。声は、マスタングの物。足音は、彼とリザの物だった。
「――人の命をどうこうすると言う点では、タッカー氏の行為も我々の立場も、大した差は無いという事だ」
「それは大人の理屈です。大人ぶってはいても、あの子はまだ子供ですよ」
「だが、彼の選んだ道の先には、恐らく今日以上の苦難と苦悩が待ち構えているだろう。無理矢理納得してでも進むしかないのさ。……そうだろう、鋼の」
美沙達の座るやや上の段まで来て、マスタングは少し立ち止まる。
「いつまでそうやってへこんでいる気だね」
「……五月蝿いよ」
エドはぽつりと呟く。
美沙はマスタングを見上げた。美沙が口を開く前に、彼は再び歩を進め話し出す。
「軍の狗よ、悪魔よと罵られても、その特権をフルに使って元の身体に戻ると決めたのは、君自身だ。これしきの事で立ち止まってる暇があるのか?」
「そんな言い方、無いんじゃないですか!?」
叫び、美沙は立ち上がった。
「美沙さん」
リザが、咎めるように名を呼ぶ。美沙はキッと彼女を睨んだ。
しかし彼女には何も言わず、マスタングに視線を移す。彼は歩みを止めようとはしなかった。
美沙は再び口を開いたが、言葉を発したのはエドが先だった。
「『これしき』……かよ」
美沙は、足元でうずくまっているエドを見る。
「ああ、そうだ。狗だ悪魔だと罵られても、アルと二人、元の体に戻ってやるさ。だけどな、俺達は悪魔でも、ましてや神でもない」
すっくと立ち上がる。雨に晒された顔は、悲しみと悔しさに歪んでいた。
「人間なんだよ。たった一人の女の子さえ、助けてやれない。ちっぽけな人間だ……!!」
「エド……」
マスタングは立ち止まる。振り返る事も無く、一言、言った。
「……風邪をひく。帰って、休みなさい」
そしてまた、歩を進める。リザは美沙の横を通り過ぎ、彼の後に従った。
彼らの背中を見送り、美沙は隣に立つエドに目をやる。ポンと彼の肩を叩き、まだ座っているアルに手を差し伸べた。
「……帰ろっか」
「……うん」
アルは美沙の手を取り、立ち上がる。エドは、先に立って歩き出した。
美沙はふっと息を吐き、灰色の空を仰ぎ見る。
「ホント……昨日、傘買っとくんだったねぇ……」
静かに降り頻る雨は、あまりにも冷たかった。
翌朝。軍部に出向いた黒尾は、その話を聞いて驚愕に目を見開いた。
……タッカーとニーナが、殺害された。
「そんな……なんで……誰に!!」
部屋を出て歩いていくリザを追いながら、エドは声を荒げて尋ねる。
リザは、至って冷静だった。
「分からないわ。私もこれから、現場へ行くところなのよ」
「俺も連れてってよ!」
エドは懇願するが、リザは静かに言葉を返す。
「駄目よ」
「どうして!!」
リザは立ち止まり、振り返った。エド、アル、そして黒尾を順番に見つめる。
「――見ない方が良い」
言って、リザは三人に背を向ける。そのまま、歩いて行ってしまった。
黒尾達は、呆然と立ち尽くしていた。
ニーナとアレキサンダーが合成獣にされたと言うだけでも、十分に衝撃的な事件だった。それが、殺されたと言う。残酷な事だが、タッカーについては大した衝撃は無かった。罪人、今やそれだけが黒尾にとって彼を表す言葉だったのだ。だが、ニーナとアレキサンダーについては、憤りを抑えきれない。何故、あの子達が殺されなければならない? 何故、ニーナがそんな目に遭わなければならない? あの子が、何をしたと言うのだ。
ただ唇を噛み、拳を握り締める。
『あり、がとう』
ニーナとはかけ離れた外見、かけ離れた声で紡がれた言葉。
黒尾はあの子に、何もしてやる事が出来なかった。抱きしめてやる事すら、出来なかったのだ。「ありがとう」と言われる事など、何一つ出来ていない。
ふらりと、エドが歩みを動かす。
「エド――」
「悪い、黒尾。少し放って置いてくれないか? ……行くぞ、アル」
「え……あ、うん」
アルは戸惑うように黒尾を振り返りながらも、エドの後について行く。黒尾は後を追う事も出来ず、ただ遠ざかる二人の背中を見送っていた。
――ああ、そっか……。
今朝、美沙が言っていた。二人に声を掛けたが、今黒尾が言われたのと、同じ事を言われたと。黒尾は美沙と違って、エドやアルと行動を共にしていた。ニーナと親しかった。約束をしていた。合成獣の件による衝撃は、多大なる物だった。
けれど、それでも黒尾は美沙と同一人物なのだ。
あの兄弟にとって、それは変わらない。「黒尾」も「美沙」も、共に旅をする世話焼きなお姉さんでしかない。一人になりたいと思った時に、そこに兄弟互いが入る事は許しても、自分が許される事は無いのだ。
傷ついている子供達を慰める事さえ、黒尾には出来ない。こんなにも、傍にいると言うのに。
『今は、そっとしておいて欲しいって……そう言われちゃったよ。でも、若しかしたら、もう私達に甘えたりなんてするような年じゃないのかもね……。自分達の力でぶつかって、砕けて、立ち直って、またぶつかって行こうって。そんなつもりなのかも知れない。
私のするべき事は、彼らにしつこく構う事じゃないんだと思う。私は、今私がするべき事をやるよ』
美沙はそう言って、黒尾達より先に軍部へと出かけて行った。元の世界に戻る方法を調べる事。「真理」のメカニズムを知る事。それが、黒尾らに課せられた仕事だ。美沙は、その手掛かりを掴もうとしている。何が起こったとしても、その手を休める理由にはならないのだ。
――私は……私は、何をすれば良いのだろう。
黒尾は顔を上げる。
ただこうして廊下に突っ立っていても、何も始まらない。美沙が猶も自分の仕事を続行すると言うのならば、黒尾にも出来る事はあるのでは無いだろうか。
もう、黒尾の目は空虚では無かった。その瞳には強い意志の色が表れ、正面を見据えている。
不意に、彼女は駆け出した。今ならまだ、間に合う筈だ。
すれ違う軍部の者が、何事かと驚いた顔で黒尾を振り返る。声を掛ける者もいたような気がしたが、黒尾は聞く耳など持たなかった。外へと駆け出て、雨の降り頻る中階段を駆け下りて行く。階段の下には軍用車両が止まっていた。その一人に目を留め、黒尾は呼び止める。
「ホークアイ中尉! 待ってください!!」
リザは足を止め、振り返る。
ふと、濡れた階段に足を滑らせる。
「あっ……」
手摺りなど無い。黒尾はそのまま、階段の下まで転げ落ちて行った。
一番下まで行き着き、黒尾は尻を擦りながら手を突いて身体を起こす。最近、階段から落ちてばかりいる気がする。
「痛た……」
「大丈夫ですか、黒尾さん!」
リザが慌てて駆け寄って来る。屈み込み覗くようにしたリザの腕を、黒尾は掴んだ。
「私も、連れて行ってください」
「見ない方が良いです。黒尾さんも、娘さんと親しかったのでしょう」
「私は子供じゃありません」
「一般の方を現場に入れる事は出来ません」
「私は通報者ですよ。関係者です」
黒尾はあくまでも食い下がる。
「弔いの感情から言っている訳ではありません。
彼らが誰に殺されたのか、どのようにして殺されたのか、私は知りたいんです。犯人逮捕に協力したいんです。現場に踏み込む事は出来なくても、せめて状況を教えてください」
暫し、二人の間に沈黙が訪れる。黒尾は視線を逸らす事無く、じっとリザを見据えていた。
やがて、リザはふっと息を吐いた。
「……お急ぎください。こちらへ」
黒尾はぱあっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます!」
礼を述べながら、リザの後に続き軍用車両へと乗り込む。
突然乗り込んできた一般人に、同席の軍人は驚いた顔をする。
「何だ、お前は!」
「参考人よ」
リザの一言で、男は黙り込んだ。軍部を後に、発車する。黒尾は、窓から進む先をじっと見つめていた。
――あの子達を殺した犯人を野放しになどしない、絶対に。
2009/07/05