ミセス・コールとの話を終え、ダンブルドアはトム・リドル本人と面会した。
 トム・リドルの顔立ちは、ゴーント一家の者達とは似ても似つかず、父親の血を強く受け継いでいた。リドル家の方はサラとは何も繋がりがないはずだが、それでも彼の姿がどこか小学生の頃の自分を見ているように感じるのは、ミセス・コールの話を聞いたからだろうか。
 幼きトム・リドルには、日記で見た五年生の彼のような余裕も、表面上を取り繕う術も、まだ持ち合わせていなかった。警戒を露わにし、高圧的に話す。彼は、ダンブルドアを精神病院か何かから来たのだと思い込んでいた。
「あいつは僕を診察させたいんだろう? 真実を言え!」
 彼の語調には、ひどく覚えがあった。強く思い、発露する。すると不思議と、相手が言う事を聞く事があった。――魔法使いでなければ。
 ダンブルドアにその術が効かないと知り、リドルは驚き、そしてより強く警戒していた。
「……あなたは誰ですか?」
「君に言った通りだよ。私はダンブルドア教授で、ホグワーツという学校に勤めている。私の学校への入学を勧めに来たのだが――君が来たいのなら、そこが君の新しい学校になる」
 ダンブルドアが丁寧に説明しても、リドルは信じなかった。きっと、これまでも疑われ、疎まれ、過ごしてきたのだろうと想像に難くなかった。
 ダンブルドアは、根気強く説明を繰り返していた。ゴーント家でのボブ・オグデンを、サラはふと思い出した。
「ホグワーツは、特別な能力を持った者のための学校で――」
「僕は狂っちゃいない!」
「君が狂っていない事は知っている。ホグワーツは狂った者の学校ではない。魔法学校だ」
 それまで反発し喚き続けていたリドルが、ぴたりと押し黙った。
 サラは、ぞわりと背筋が寒くなるのを感じた。
「魔法……?」
 リドルは、囁くように繰り返した。
「じゃあ……それじゃ、僕ができるのは魔法?」
 言語こそ違えども、それは、五年前、サラがつぶやいたのと同じ言葉、同じ反応だった。





No.17





「君は、どういう事ができるのかね?」
「いろんな事さ」
 リドルは興奮気味に答えた。
「物を触らずに動かせる。訓練しなくとも、動物に僕の思い通りの事をさせられる。僕を困らせる奴には、嫌な事が起こるようにできる――」
「目を逸らしてはならん」
 あまりにも同じ事を言っていて。あまりにも同じ事をしていて。
 見ていられなくて、視線を逸らそうとした時だった。サラの隣に立つダンブルドアが、厳しい口調で言った。
「見届けるのじゃ。彼が、どういう人物であったか。何をしていたか。君は、知らねばならん。向き合わなければならん」
 サラは眼球がその場に縛り付けられたかのように、幼きトム・リドルと若きダンブルドアを見据えた。隣でハリーがこちらを見た気がしたが、サラは何も言わず、彼を見ようとはしなかった。
 リドルはベッドの上で膝を突き、自分の両手を見つめていた。
「――そうしたければ、傷付ける事だってできるんだ」
 サラは、違う。
 殺してしまわないように、加減していた。そうしたくて、していた訳ではない。そうしなければ、自分で身を守らなければならなかったから。
 ――本当に?
 一矢報いて、清々しい気持ちになっていなかったか? 自分に仇なす者たちの怯える顔を見て、面白がっていなかったか?
『類稀な能力、己の敵に抱く感情――サラ・シャノン、お前は薄々気づいていたのではないか? お前の居場所はそこではない。こちら側へ来るべきなのだと』
 思わず挙げたサラの手が、首元で空を掴む。
 ……また。苦い思いと共に下ろそうとした手が、ネクタイに触れた。赤地に金のライン。グリフィンドールの色。
『お前さんは正真正銘、ちゃーんとグリフィンドールだ。帽子は何にも間違っちゃいねえ』
 ……信じて、良いのだろうか。
 彼らが信じてくれる、自分自身を。自分は、彼らを裏切ろうとしているのに。この手を汚そうとしているのに。
 ダンブルドアはリドルの「魔法を使ってみせろ」という要望に応え、彼の洋服箪笥を炎上させていた。リドルは飛び上がり怒鳴ったが一瞬の事で、箪笥は元通り無傷の状態だった。
『あなたが何者であるかを決めるのはあなた自身だし、あなたはヴォルデモートとは違う。それを私たちは知っている』
 ――私が何者であるかを決めるのは、私自身。
 校長室へ来る前、ハーマイオニーに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。ついさっきの出来事のはずなのに、遠い昔のように感じられた。
「魔法の力に溺れてしまうのは、君が初めてでもないし最後でもない。しかし、覚えておきなさい。ホグワーツでは生徒を退学させる事ができるし、魔法省は法を破る者を最も厳しく罰する。新たに魔法使いとなる者は、魔法界に入るにあたって、我らの法律に従う事を受け入れねばならない」
『じゃが、言うておこう。君が今まで使ってきた魔法は、本来ならば許されぬ使い方じゃ』
 サラも、入学前に言われた言葉。
 そして今、サラは同じ事をしようとしている。
 ――おばあちゃんの仇を取るために。
「トム!?」
 叫ぶ声と共に、部屋の扉が勢いよく開かれた。入って来た小さな姿に、サラは息を呑む。
 一瞬、小学生の頃の自分かと思った。しかし、彼女の髪はナミのような金色で、頭にカチューシャは無い。その代わりに、瞳がサラのカチューシャと同じラベンダー色だった。
「……おばあちゃん」
 つぶやいたサラの声は、掠れていた。
 部屋へと飛び込んできた幼いリサは、リドルを見て、それから見覚えのない客人がいるのを見て困惑していた。
「トムの叫ぶ声が聞こえて……トム、えっと、この人は?」
「ダンブルドア先生だ」
 リドルは素気なく答えた。そして、リサへと手招きする。
「おいで。扉を閉めて。いつまでもそんな所に立っていたら、また男子部屋に来たのがバレるよ」
 リサは扉を閉め、ダンブルドアを見つめながらリドルへと小走りに駆け寄る。彼女がリドルの手を取り、その隣に座るのを、サラはハラワタが煮え繰り返るような気持ちで見つめていた。
 幼いリサは、リドルに対して警戒など皆無だった。リドルもリサに対してはそれまで感じさせていた壁を見せる事なく、身を寄せ合って座る様はまるで兄妹のようで、サラはその光景に吐き気がした。
「何があったの? 大丈夫なの?」
 ダンブルドアとリドルを交互に見つめながら、リサはリドルを見上げて訪ねた。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
 リドルは少しすましたような顔で、何でもないかのように言った。
「あっ」
 ベッドの上に置かれた箱を見て、リサが声を上げた。
「このヨーヨー、ビショップのだよね? なんでトムが持ってるんだ? それにこっちは、この前エイミーが自慢して来た指貫……」
「彼はこれからそれぞれの持ち主に謝って、きちんと返す。そうだね、トム」
 リドルは苦虫を噛み潰したような顔でダンブルドアを睨む。リサの前では良いお兄さんでいようとしていたのが明らかだった。
「少し借りてただけだ」
 リドルは早口でリサに言って、それからダンブルドアにこれ以上口を挟ませまいとするように続けた。
「先生。彼女はリサ・シャノン。僕と同じ、この孤児院で暮らしている――彼女も、僕と同じなんです。僕ほど慣れてはいないけれど、でも、他の人にはできない事ができる」
 リドルは期待に満ちた目をダンブルドアへと向けていた。
 リサはサッと顔を蒼くし、リドルの腕を掴む。
「トム」
「大丈夫。彼は、僕たちと同じ世界の人なんだ――僕らは、魔法使いだ。彼は、魔法使いのための学校へ、僕らを勧誘に来たんだ」
 リサはぽかんとリドルを見つめていた。目を瞬き、リドル、そしてダンブルドアを見つめる。ダンブルドアはにっこりと穏やかに微笑んでいた。
「魔法――? ちょっと待って、トム、いったい何を言ってるの――」
「この前の遠足で、水の上を歩いただろう? ほら、あいつらに追われた時――それに、萎れた花を咲かせた事もあった」
「あれは別に、私がやった訳じゃ――」
「君がやったんだよ。僕はやってない。花だって、他の連中は誰も気にかけてなかった」
「でも……」
 リサは、自分が魔女だという話が受け入れられない様子だった。一方でリドルは、リサも同じだと信じて疑っていなかった。
「先生、リサも同じなんだ。だから彼女も、その学校には通えるんですよね?」
「左様。彼女の名前も、ホグワーツに入学する事になる名簿に載っている」
 リドルが嬉しそうにリサの肩を叩く。しかし、続くダンブルドアの言葉で彼の表情はこわばった。
「しかし、ホグワーツに通えるのは十一歳を迎えてからだ。彼女が入学するのは、二年後という事になる」
「二年――二年?」
 リドルは聞き返す。
「リサにはそんな時間、必要無い。彼女なら、今年からだってやっていける」
「友達と一緒でないと、不安かね?」
「そうじゃない」
 少しからかうようなダンブルドアの言葉に、リドルはムッとして言った。
「ここの連中は、とにかく酷いんだ……酷いんです。リサを一人で置いていくことはできません。僕がいなくなったら、誰がリサを守る? 二年も……そんなに、リサをここに一人にする事なんてできません」
「トム、私なら大丈夫だよ。遅れて入学するだけなら、別に一生のお別れって訳ではないんでしょ?」
「君は何も知らないからそう言えるんだ!」
 リドルは怒鳴り、それからハッと我に帰る。そして、ダンブルドアに向き直った。
「……お願いです。何とか、リサと一緒に通うことはできませんか?」
「我々の世界にも、決まりはある」
 ダンブルドアは無情にも言った。
「それに、君が心配するほど、彼女は弱くはない。君がいなくても、彼女はここの人達と上手くやっていけるだろう。思うに、二人だけの世界に閉じ籠らず、それぞれに他の人と交流する時間を作るのも、それはそれで大切なことではないかな」
 リドルはダンブルドアを睨む。
 下手に出て懇願しても、睨んでも、ダンブルドアがリドルの願いを受け入れる事はなかった。一方でリサの方は、リドルと二年間離れ離れになるという事実をあまり深刻には捉えていない様子だった。
 きっと、リドルがリサに降り掛かる悪意も露払いしていたのだろう。リサは、知らないのだ。同じ力を持って、一緒に暮らして。だけど、彼ら二人に見えている世界は、異なっている。
 サラは、魔法界の話をだんだんと受け入れ輝いていくリサの横顔を見つめる。小学生の頃、動物を操るサラを見て「凄い」と喜んでいたエリの顔が脳裏をよぎった。
 リドルのマグルへの仕打ちの一部は、きっとリサを守るためのものも含んでいる。だけどきっと、リサも受け入れないだろう。リドルが、彼女のために行った「報復」を。

 サラ達の時は、ハグリッドがダイアゴン横丁での買い物に付き添った。リドルの場合はダンブルドアがそれを申し出たが、リドルは断った。ダンブルドアも無理強いはせず、ダイアゴン横丁への行き方を伝えていた。
「ダイアゴン横丁は、リサも行ってもいいの?」
「問題ない。ホグワーツへ行けないのは、まだ入学年に満たないというだけじゃからの。ダイアゴン横丁は、学校とは別の、商店街でしかない。リサも楽しむが良い。リサが望むなら、何度でも」
 リサの顔がぱあっと明るくなる。リドルも嬉しそうな表情でリサと顔を見合わせる。ミセス・コールが話していた危険な疑惑など結びつきようもない、あどけない子供の表情だった。
「バーテンのトムを訪ねなさい――君と同じ名前だから覚えやすいだろう」
 リドルの顔に、再び苛立ちが表れた。
「『トム』という名前が嫌いなのかね?」
「トムっていう人はたくさんいる」
 吐き捨てるようにつぶやく。リサが、少し慌てたように口を抑えた。
「そうだったの? 私、ずっと……」
「リサはいいよ」
 リドルは、リサの頭を軽く撫でながら答える。それから、ダンブルドアに聞いた。
「僕の父さんは魔法使いだったの? その人もトム・リドルだったって、皆が教えてくれた」
「残念ながら、私は知らない」
「母さんは魔法を使えたはずがない。使えたら、死ななかったはずだ」
 入学準備や入学当日についての事務的な連絡をいくつか告げて、ダンブルドアは立ち上がった。
 別れの握手に応じながら、リドルは言った。とっておきの切り札とでも言わんばかりの語調だった。
「僕は蛇と話ができる。リサもだ。遠足で田舎に行った時に分かったんだ――向こうから僕を見つけて、僕に囁きかけたんだ。魔法使いにとって当たり前なの?」
「……稀ではある。しかし、例がない訳ではない」
 事もなげに答えつつも、ダンブルドアは興味深そうな視線をリドルとリサへと向けていた。
 明るい青色の瞳と、暗い黒色の瞳が、互いを見つめ合う。そして、握手が解かれた。
「さようなら、トム。ホグワーツで会おう。リサも、二年後にきっと」
「もう良いじゃろう」
 隣で声が聞こえた。途端に辺りが闇の中に消え去った。





 校長室に着地した途端、吊るされていた糸が切れたかのように、ぐにゃりと膝の力が抜けた。傾いたサラの身体をハリーが咄嗟に支え、ソファへと座らせた。
「大丈夫?」
 ハリーの問いかけに、サラは答える事ができなかった。
 たった今見てきた光景が頭の中でぐるぐると回っていて、今にも吐き出したい気分の悪さだった。
 おばあさんによく似ている。魔法界に足を踏み入れたその時から、繰り返し言われて来た。
 容姿は似ているかもしれない。不安定とは言え水晶玉に未来を見る事ができる以上、その能力も受け継いでいるのだろう。
 だけど、他は。
 ホグワーツ入学前のリサは、あどけない子供だった。警戒も知らず、自分達に悪意を向けた者達でさえ、彼らの所有物がリドルの手元にある事を気にする。
 サラは、リサとは似ていない。サラが似ているのは、むしろ――
「あいつは、僕の場合よりずっと早く受け入れた」
 ぽつりとハリーが言った。サラは顔を上げ、ハリーを振り返る。
「あの、先生があいつに、君は魔法使いだって知らせた時の事ですけど。僕は、リサ――サラのおばあさんと同じだった。ハグリッドにそう言われた時、最初は信じなかった」
 ――羨ましい。
 そんな感情が、サラの胸の内に湧き出でる。
 きっと、「それ」が普通なのだ。リサや、ハリーのような反応が。サラは違った。「普通」にはなれなかった。
「私は……リドルと、同じだった……」
 自分で言葉にするのは、そこはかとない嫌悪感と劣等感を刺激された。
 だけどあんな過去を見て、もう目を逸らす事はできなかった。祖母に対する感情だけではない。何もかもが、あまりにも彼とサラは似通っていた。
 だけど、そこまで全てを言葉にする事はできなかった。その事実を思うだけでも嫌悪感が募り、とても声に出して話せる状態ではなかった。
「リドルは完全に受け入れる準備ができておった。つまり自分が――あの者の言葉を借りるならば――『特別』だという事を。サラ、君もそうだったね?」
「私はっ、『特別』だなんてそんな風には……っ」
 サラは身を乗り出す。ダンブルドアは、穏やかな表情でサラを見つめていた。その青い瞳から目を背けるように、サラは俯く。膝に置いた手は強く握り、肌に爪が食い込んでいた。
「……『違う』とは思っていました。だって、それは、どうしようもない事実だったから。私には、他の人達にはできない事ができた。だから、私は『化け物』だった――」
 守ってくれる人などいなかった。自分で自分を守るしかなかった。
 きっと、あの頃のトム・リドルも同じ。
「サラは『化け物』じゃないよ」
 力強い言葉に、サラは顔を上げる。緑色の瞳が、真っ直ぐにサラへと向けられていた。
「化け物なんかじゃない。人間だ。確かにあいつと似たところもあるのかもしれない。だけど、同じじゃない。君は、あいつと違う寮を選んだ。あいつみたいに人を殺したりなんてしない。そうだろ?」
 サラは言葉を失う。
 サラはまだ、人を殺していない。
 確かにそれは、その通りだ。しかしそれは、ただ、成し得る機会が巡って来なかっただけの事。
「ハリーの言う通りじゃ」
 ダンブルドアが言った。
「自分が何者であるかを決めるのは、何を選ぶかじゃよ、サラ。ヴォルデモートと同じ道を行く事を嫌悪するならば、君にはまだ、己の道を選ぶチャンスが残っておる」
 ダンブルドアの顔を見る事はできなかった。
 あの全てを見透かすような青い瞳を見つめ返す勇気が、今のサラには無かった。

 それからダンブルドアは、今夜見た記憶で見たトム・リドルの特徴を振り返った。
 トムという名を嫌っていたように、凡庸となる事を嫌い、「特別」であろうと、悪名高くなろうとしていた事。
 ただし、リサだけはその名で呼ぶ事も、ダイアゴン横丁につきそう事も許していた事。ダンブルドアとの話の最中に現れたのも、追い出すのではなく、招き入れ手を引いていた事。ホグワーツに同年で入学できないかと食い下がっていた事。既に彼にとってリサは「特別」な存在であり、彼はリサに酷く執着していた。
「最後に――ハリー、眠いじゃろうが、この事にはしっかり注意してほしい――サラも、祖母に思いを馳せるのは後にしてよく聞くのじゃ――若き日のトム・リドルは、戦利品を集めるのが好きじゃった。部屋に隠していた盗品の箱を見たじゃろう。いじめの犠牲者から取り上げた物じゃ。殊更に不快な魔法を行使した、いわば記念品と言える。
 このカササギの若き蒐集傾向を覚えておくが良い。これが、特にのちになって重要になるからじゃ。
 さて、今度こそ就寝の時間じゃ」
 サラとハリーは立ち上がり、校長室の出口へと向かう。
 途中、ハリーが立ち止まった。彼の視線の先は、小さなテーブルだった。前回、マールヴォロの指輪が置いてあったテーブルだ。しかし今、そのテーブルには何も無かった。
「先生、指輪が無くなっています」
 ハリーは、どこか安堵したようにちらりとサラを一瞥して言った。何故こちらを見たのか分からなくて、サラはきょとんと目を瞬く。
「ハーモニカとか、そういう物をお持ちなのではないかと思ったのですが」
「なかなか鋭いのう、ハリー。しかし、ハーモニカはあくまでもハーモニカじゃった」
 ダンブルドアは静かに手を振る。サラとハリーは校長室を後にした。
 グリフィンドール塔へと戻る道すがら、サラとハリーはダンブルドアの言葉を振り返っていた。
「何だか意味深な言い方だったよね、サラ。ハーモニカはただのハーモニカだった……あと、何があったっけ?」
「ヨーヨーと指貫。おばあちゃんが、洞窟に入っておかしくなった二人の物だって指摘していたわ。……でも、重要なのはあのガラクタ自体ではないのかも」
 ダンブルドアの言葉を思い返しながら、サラは答える。ハリーは首を傾げた。
「どういう事?」
「ダンブルドアも言っていたじゃない? 蒐集傾向が、後々重要になるって。大事なのは物じゃなくて、彼がどういう人物であったか……子供の頃のあれでは終わらなくて、その後に集めた物が重要なのかもしれないわ」
「その日の記憶に関係した物が、あのテーブルに置かれるんだと思っていた」
「ああ……それでハーモニカがあるのかと思ったのね。でも、どうして私を見たの?」
「え?」
「指輪が無くなってるって言った時。一瞬、私の方を見たでしょう?」
「あー……」
 ハリーは視線をそらし言い淀む。
「……もしかして、自覚無い?」
「何の?」
「君、あの指輪を見た時の様子がおかしかった」
「え……」
「ぼーっとした表情で……魅入られていると言うか……あの指輪のそばにあまり君をいさせない方が良い気がしたんだ。先生もそう思って片付けたのかは、分からないけど」
 マールヴォロ・ゴーントの指輪。ぺべレル家の紋章が付いた指輪、とゴーントは言っていた。あの授業の後にぺべレル家について調べてみたものの、何年も前に途絶えた家系という事しか分からなかった。
「何か魔力を宿しているのかもしれないとは思ったけど……別に、大丈夫よ。魅入られてなんていないわ。そもそも私、アクセサリーとかそういう類にあまり興味がある訳でもないし」
「なら、いいんだけど……」
 何故か石が割れていた、ゴーントの指輪。ダンブルドアがどこからか入手したあの指輪は、今夜は無かった。いったい、どこへ行ったのだろう。
 あれは、マールヴォロ・ゴーントの所有物だった。ゴーント家に代々伝わっているのだと、そう語られていた。
 であれば現在の所有権は、サラにあるのではないだろうか。サラは、彼の長男の孫に当たるのだから。
 もし、ヴォルデモートがあの指輪の存在を知る事があったなら、同じように思うのかも知れない。サラは薄らとそんな風に思い、また自己嫌悪を募らせていた。


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2022/07/10