「山本武が消えた状況について、裏が取れた。弥生が彼の父親から聞いた通り、該当する時間帯に近所の者や通行人が爆発音を聞いている。証言を聞いた限り、笹川京子らが消えた時の状況と類似の爆発物みたいだね。
 それで、弥生の方は学校で暴れていた群れや六道骸と会ったんだったね。――弥生?」
 名前を呼ばれ、ハッと弥生は我に返った。
「あっ。ごめんなさい……」
 週末明け、朝一番に弥生は風紀委員会の部屋である応接室へと向かった。週末の間に得られた情報は都度メールをしていたが、何か最新の手がかりは得られていないかという期待があった。
 弥生の方はと言えば、ヴァリアーの来訪、黒曜への協力要請。いずれも、出た結果は――
「えっと、まず金曜日にヴァリアーが来た話は送ったよね。そこでマーモン――ヴァリアーにいたフードの赤ん坊が、居場所を掴む能力を持ってるって話だったんだけど、その能力を使っても掴めなくて……六道骸の方も、獄寺を乗っ取ろうとしてみたのだけど、無理だったみたいで……」
 ――まるで、この世にいないかのように。
 脳裏に浮かんだ言葉は、声として発する事はできなかった。
「能力側の不足や条件外の可能性は? 第一、六道骸の方は、獄中のはずだろう」
「うん。でも、彼の剣で傷をつけてある相手を乗っ取るのは、可能みたい。話すので精一杯って言ってたから、憑依対象の能力を使ったりはできなそうだけど……。実際、目の前で犬――彼の仲間の声が大きい方に憑依するのを見たよ」
 そう、犬への憑依は可能だった。
 なのに、獄寺は。
「……弥生。君、今日、学校休むかい」
「……え? あっ……そうだね……。もう一週間も経ってるのに全然手がかり掴めてないし、授業なんて受けてる場合じゃ……」
「そうじゃない」
 恭弥は強い声で制する。
「授業も、調査もしないで、家で身体を休めた方がいいって言ってるんだよ。夜もまともに寝てないでしょ」
 一瞬、弥生は口を噤む。
 いつも通りに振る舞っているつもりだった。恭弥が弥生を突き放したのは、弥生のためだった。きっと、弱音を吐いたって嫌いはしない。きっと、優しく慰めてくれるのだろう。
 それでも。
「大丈夫、寝たよ。ちょっといつもより短いだけで……」
 お兄ちゃんに、頼られる存在になりたい。
 その想いは、彼の本心を知っても変わらない。こんな事で、挫けてなんていられない。
「……そう。気力はあっても、身体が持たなかったらここに寝に来てもいいよ。保健室は嫌でしょ」
「……うん。ありがとう」
 きっとこれは、彼の精一杯の譲歩だ。以前なら――黒曜での戦いより前だったなら、問答無用で家へと送り返されていた事だろう。
「話を戻すけれど、能力で見つけられなかった事に、本人達は何て言ってたの」
「え……」
 弥生は視線を落とす。
 手のひらが汗を掻く。握りしめた拳は、強く手のひらに爪が食い込んでいた。
「――この地球上に、存在しない……」
「何それ、じゃあ宇宙にならいるかもしれないの」
「え……どうだろう……」
 思いもしなかった返しをされ、弥生は戸惑う。言葉遊びのようだが、恭弥は茶化しでそんな事を言うような人ではない。至って真面目に言ってるのだ。
 確かに、その可能性はゼロではないかもしれない。何せ、額に炎を灯して空を飛んだりするような人達だ。
「どこまでなら能力の対象なのか、改めて確認しておいて。どちらの話?」
「えっと、ヴァリアーの方。黒川さんの話だと笹川さんのお兄さんが昨晩帰って来たみたいで、クロームも交えてヴァリアーと集まる事になるだろうから聞いてみるよ」
「六道骸の方は?」
「見つかりませんでしたって。まるで、この世にいないみたいに……」
 あれ程にも耐え難かった言葉は、今度はすんなりと口にする事ができた。
「彼の方は制限がある中だからね。本人もどこまで可能か分かっていないかもしれないけど、死んだ以外にも見つからないケースがあるか確認して」
「わ、分かった」
 弥生はうなずき、生徒手帳のメモページに書き留める。
 聞いたその場で、それぞれにこの質問ができていれば。そうすれば、各自の能力の対象外範囲の重なりから何か分かったかもしれない。動揺してしまって思い至らなかった事が悔やまれる。
 だけど、これから聞けばいい。そして、何らかの手がかりに繋がるかもしれない。それは、一つの希望だった。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 恭弥はきょとんとした顔で弥生を見つめ返す。
 予鈴が響き、弥生は立ち上がる。
「あ。それじゃあ――」
「待って、弥生」
 言われて、弥生はその場に立ち尽くす。続く言葉に狼狽の声を上げたのは、それまで黙って戸口に控えていた草壁だった。
「弥生、脱いで」
「委員長!?」
 弥生はフッと兄から視線を逸らす。その場から逃げ出す事は、彼の眼光が許さない。
「弥生」
 気まずげな咳払いが戸口の方から聞こえた。
「席を外しますね……」
「なんで。別にいいよ」
「そう言う訳には……弥生さん!?」
 ブレザーのボタンを外し出した弥生に、草壁が声を上げる。
 ブレザーを脱ぎ終えるなり、恭弥が弥生の手を取った。手のひらを上にされ、袖も肘まで捲り上げられる。上着だけだと察し、戸口の方から安堵の溜息が聞こえた。
「……これは」
 責めるように問う口調に、弥生はうつむく。
 動きに支障が出る程の怪我ではない。しかし手の平も、腕も、治りかけとは言え無数の切り傷に覆われていた。
「誰にやられたの」
「……ヴァリアーの、ベルフェゴールって人」
 金曜日の急襲を思い出しながら、弥生は答える。もっとも、彼としては遊びのつもりだったようだが。
「――でも、一方的にやられた訳じゃないよ! これは、捕まえるためにわざと彼のワイヤーに引っかかって……!」
「弥生、予定変更」
 床に落ちたブレザーを拾い、弥生に投げ渡しながら、恭弥は言った。
「彼らとの集会、僕自身が行く」





No.38





 声が聞こえる。強い口調で話していてもどこか優しさが滲み出る、聞き慣れた声。
 そうか、自分は助かったのかと獄寺は状況を把握する。
 横たえられているのは、白い清潔なベッド。恐らくは、ボンゴレ地下アジトの医務室。
「十代目……すいません……」
「獄寺君!」
 口の辺りも切れているのか、唇を動かすと痛みが走った。それでも、一言、一言、獄寺は贖罪の言葉を重ねる。
 こうなってしまったのも、全て自分のせいなのだから。
 右腕右腕と、言葉ばかり立派に名乗って。山本が言う通り、協力すべきだった。更に言えば、弥生に言われた通り、待機しているべきだったのかもしれない。
 全てに逆らって、結果が、このザマだ。
「俺……本当は、こっちの世界に来て……ビビってたみたいっス……テンパって山本にあたって、あんな事に……」
「山本もそう言ってたぞ。いっぱいいっぱいで、獄寺に言わなくていい事まで言っちまったってな」
 リボーンの言葉に、獄寺は息をのんだ。
「じゃあ、山本は!」
「生きてるよ! 結構元気に!」
 綱吉が笑顔で返す。
 ――生きていた。
 γガンマの電撃を喰らって。既にズタボロだと言うのに獄寺への拷問を止めようとして、トドメを刺されて。
 助けに入った弥生も、γガンマを仕留める事はできなかった。γガンマの言う通り山本を連れてそのまま逃げれば良かったろうに、獄寺の事も助けようとして。逃げる事すらできなくなって、もう駄目だと思った。
「――ちぇっ」
 獄寺は大きく悪態を吐く。
 ……これで良い。これで良かった。
(テメーが俺に心配されるなんて、んなの性に合わねぇんだよ……)
 結構元気にという綱吉の言葉からして、またいつものアホみたいな笑顔ぐらいは見せたのだろう。アイツは、ずっとそうであればいい。
「お前らは経験不足で不安定で、直ぐに血迷ってイタイ間違いを犯しやがる」
「そ……そこまで言うか!?」
 いつもながらのリボーンの辛辣な言葉に、綱吉がショックを受けつつも抗議の声を上げる。
 リボーンは続けた。
「だが今は、死ななきゃそれでいいんだ。イタイ間違いにぶつかる度にぐんぐん伸びるのが、お前達の最大の武器だからな」
 獄寺は黙ってリボーンを見つめる。
 ……もし、もう一度、同じ事が起こったら。いや、きっとそもそもの始まりからして起こらない。だけど、例えとしてもし同じ事が起こったとして、きっと同じ過ちは犯さないだろう。
 今度はきっと、最初から手を組んで。弥生の事は信用し切れなくても、情報収集を優先して慎重に行動して、山本の協力も拒まず受け入れて。
 ――きっと。
「――そうだ、弥生!」
 飛び起きようとしたものの、少し背を浮かせるだけで痛みが全身に走った。
「だっ、駄目だよ、無理に起きちゃ!」
「十代目! あいつ、やっぱり指輪持ってました! 使えないって話でしたけど、γガンマとの戦いで使おうとして――それに、γガンマの持っていたリングが――」
「隼人!」
 声に、獄寺は戸口へと目を向ける。
 アジトを発った時と同じ、外出用と思われる薄紫色の着物と上着に身を包んだ弥生が、そこに立っていた。少し遅れて、兄の雲雀恭弥も顔を覗かせる。
「良かった……! 目が覚めたんだね」
「会いたかったぞ、雲雀」
「僕もだ、赤ん坊」
 リボーンと雲雀が静かに再会を喜ぶ中、獄寺は歩み寄ろうとする弥生を睨めつけていた。
「近寄るんじゃねぇ!」
「ごっ、獄寺君!」
「十代目、俺、見たんです。こいつ、やっぱり嘘を吐いてます。リングを使えないなんて言いながら、実は隠し持って――」
「弥生の持っていたリングなら、全て僕が回収した」
 雲雀がスーツのポケットへと手を入れる。出された手の平の上には、四つの指輪があった。
 あの一つだけではなかった。こんなにも、隠し持っていたなんて。
「精製度Eの雲系リングが二つに、Cの霧系が一つ。全部だと言って最後まで出そうとしなかったリングに至っては、精製度Bだ。どこで拾ったんだか」
 そう言って、鋭い視線を妹に向ける。弥生は誰とも目を合わせようとはしなかった。
 戸口に顔を覗かせたジャンジャーニが、場の空気に戸惑うように視線を巡らせる。
「マーレリングってのが無かったか?」
「え?」
 弥生が獄寺を見た。何を言っているのか分からない、と言いたげな表情。
 十年前の彼女なら、そんな器用な事はできなかっただろう。
 だけど、ここに立つ彼女には、あれから十年もの時が流れている。スキー板を履いた状態でザコに囲まれて震えるような事もないだろうし、兄との連絡も取っていない。嘘だって簡単に吐けるのだろう。実際、リングは使えない、持っていないと嘘を吐き続けていた。
「とぼけた顔したって無駄だぜ。俺は、少し前にも一度、十年後に来たんだ」
 思うように身体が動かないこの状態で弥生を問い詰めるのは、ベストではない。
 だけど、動けるようになるまでに弥生を放置して、それで手遅れになってしまったら。山本だって、あの怪我だ。状態は獄寺と大差ないだろう。獄寺も山本も綱吉のそばにいられない状況で、こいつを野放しにするぐらいなら、せめて雲雀恭弥もいるこの状況で詰めた方がマシだ。
「その時は通常通り五分で帰れたけど……その時に聞いたんだよ。テメーが『マーレリング』って奴を持ってるってな。――同じリングを、敵の隊長が持ってやがった。どういう事だ?」
「マーレリング……?」
「ミルフィオーレの中でも精鋭である六人が持つリングだよ。精製度はA以上。マーレリングを持つ者達は、六弔花と呼ばれている」
 綱吉の問うような呟きに答えたのは、雲雀恭弥だった。
「まあ、弥生にAランクのリングなんて持たせれば、この基地丸ごと吹っ飛ぶかもしれないね。そんなの、僕が許さないけど」
「な……っ。何なんだよ、いったい!? 弥生がリングを使えないって言ってたのは、アニキに禁止されてたせいだとでも言うのか? そんな馬鹿みたいな話――」
 獄寺はハッと我に返る。危うく、雲雀のペースに持っていかれるところだった。
「ボンゴレの奴が『雲雀弥生のマーレリング』つってたんだよ! マーレリングが敵の精鋭が持つリングだってんなら、弥生がその『六弔花』って事に――」
「それは違うわよ、ハヤト。六弔花の中に、弥生の名前は無い」
 否定の言葉と共に現れた顔に、獄寺の容体は限界に達した。
「ふげ!!」
「ビアンキ! それに、もしかしてフゥ太!?」
「情報収集に出ていた二人が戻ったと、伝えに来たんですよ」
「リボーン! ああっ! もう放さない!! 愛しい人!!」
 先ほどまでの緊張感はどこへやら、周囲の騒ぎ声が遠ざかっていく。
 ここで気絶してしまう訳にはいかない。どう言う事なのか、問い詰めなければならない。
 根性でどうにか意識を保ち、顔を上げる。
「ハヤトってば、こんなに酷い怪我――」
「ふがーっ!!」
 眼前に迫ったビアンキの顔に、獄寺は意識を手放した。





 どれくらい気絶していただろうか。
 次に獄寺が目を覚ました時には綱吉もビアンキ達の声もなく、医務室は静まり返っていた。
「あっ、良かった。目が覚めた?」
「十代目!」
「大事な話の途中で気絶しちゃったから、気になってると思って……」
「話はツナから聞いたぞ」
 ベッドの淵から、ひょっこりとリボーンが顔を覗かせる。そのままベッドの横に置かれた椅子へとよじ登り、獄寺に向き直って座った。
「十年後で、弥生に襲撃されたらしいな」
「は、はい……! 間違いなく、あいつの声でした! 殺気も……」
「一つ、確認しておきたい。襲撃にあった場所は洞窟みてーな場所だったそうだが、どう言う場所だったか、壁や天井の他に覚えてる事はねーか? 何だっていい」
「他に……ですか」
 獄寺は記憶を思い起こす。
 暗い場所だった。最初は部屋にいるのかと思った。
「……足元は、平らでした」
 獄寺はぽつり、ぽつりと話す。
「コンクリか何か……材質まではわかりませんが、地面ではなかったのは確かです。なので最初は暗い部屋だと思って……光源は、壁の窪みに置かれた蝋燭でした。だから、その周りが岩肌だと分かって……」
「壁際に大きな金庫のような物が無かったか? その周りには、木箱の山が」
「ありました! リボーンさん、どこだかご存知で……!?」
「ああ。イタリアにある、ボンゴレのいざという時の隠れ家の一つだ」
「じゃあ、その時、十年後の獄寺君はイタリアに……?」
 綱吉が問う。リボーンはニッと口元を歪ませた。
「分かるのはそれだけじゃねーぞ。獄寺、どうやらお前が行って来たのは、今のこの十年後とはまた別の世界だ」
「な……っ!?」
 綱吉が息をのむ。
「何度か十年後から来ていたランボも、二十年後から来たランボも、こんな目には遭っていないようだった。一つの出来事から、未来はいくつにも枝分かれする。恐らくランボが来ていたのはこことは別の未来からだったろうし、獄寺、お前が一度飛んだ、弥生が裏切ってる未来ってのも、こことはまた別の未来だろう」
「そんな! 冗談じゃないよ!」
 叫んだのは綱吉だった。
「皆が襲われたり、弥生ちゃんが獄寺君を襲ったり、そんな酷い未来がいくつもあるなんて……」
「今の俺たちには、その方が都合がいいはずだぞ。少なくともあの弥生は裏切っていない、信用しても大丈夫だって事になるからな」
「……どうして、場所がわかると別の未来だと分かるんでしょうか」
「ボヴィーノファミリーであるランボは、その避難所に行った事がないからな。サーバーに残っていた出入のログはジャンニーニが確認した。そもそもここ最近、あいつはずっと日本にいた」
「ここが正確に十年経っていないなら、これから起こるという可能性も……」
 獄寺の言葉に、リボーンは静かに首を左右に振る。
「その避難所は、もうねーんだ。ミルフィオーレの襲撃で潰されちまった」
 獄寺は黙りこくる。
 獄寺が飛んだ十年後には、ランボの姿もあった。しかし、「この未来」ではランボはその避難所に行っていない。件の避難所自体が潰れたのあれば、これから生じるという可能性も潰れる。
 リボーンの言う通り、獄寺が見た未来は「この未来」ではないという結論で間違いなさそうだ。
 だがしかし、だからと言って「あの弥生」を信じて良いのだろうか? 別の未来とは言え、ボンゴレを裏切り獄寺らを殺しにかかっていたような人物を。
「……お前ら、俺がどうして弥生をファミリーに勧誘しないのか、不思議に思った事はなかったか?」
「え……?」
 獄寺も綱吉も、リボーンへを目を向ける。彼はいつになく真剣な表情をしていた。
「弥生は強い。物覚えだって良い。ツナの部下に欲しい人材だろ」
「俺、別に部下とか欲しくないからな!?」
 一言言い置いてから、綱吉は考えつつ続けた。
「まあ、少し不思議に思った事は……でも、女の子だからかなって……」
「マフィアには女だっている。戦闘員でも、非戦闘員でもな。俺があいつの勧誘をためらった理由は、性別じゃない」
 勧誘を躊躇った。そう、はっきりとリボーンは言った。
 ファミリーに入れたいという考えは、リボーンにはあったのだ。だが、それをしない理由があった。
 リボーンは綱吉、そして獄寺を順に見て、そして口を開いた。
「雲雀弥生……あいつをファミリーに引き込むのに、俺は裏切りのリスクを懸念していたんだ」
 獄寺は息を呑む。
 リボーンは最初から疑っていたのだ。マフィアなど知らない、中学生の頃の彼女を見た時から既に。
「な……ちょっと待ってよ! 弥生ちゃんは信用して良いって、そういう話だったんじゃ……! だいたい何だよ、裏切りのリスクって! そりゃ最初はちょっと怖いと思ったけど、弥生ちゃんはそんな子じゃ――」
「落ち着け、ツナ」
 リボーンに言われ、綱吉は黙り込む。
 綱吉の抗議には、獄寺も同感だった。妙に落ち着いてて保護者ぶってくる「この未来」の弥生は分からない。獄寺に殺意を向けて来た「あの未来」の弥生も分からない。
 だけど、中学生の弥生は。
 最初はいけ好かない奴だと思った。だけど、彼女も獄寺と同じ、ただ敬愛する人のために我武者羅なのだと知って。飄々としているようでいて、悩んだり落ち込んだり、慌てたり喜んだり、意外と感情豊かなのだと知って。
 獄寺のよく知る雲雀弥生が自分達を裏切り殺そうとするなんて、どうにも結び付かなかった。
「転校して来たばかりの頃の弥生は、兄のみへの執着が強過ぎたんだ。だからこれはファミリーに加えるのは危険だと判断した。
 ただ一つへの執着ってのは、依存だ。依存は危険を孕む。例えばもし、ボンゴレのせいで雲雀が命の危険に晒されでもしたら――例え直接的な原因ではなくとも、ボンゴレの存在との因果関係を誰かに示唆でもされたら……兄にだけ執着していた頃の弥生なら、ツナやボンゴレに牙を剥いただろうな。能力が高いだけに、内部に入れるのは危険だった」
 ――ツナにしか心を開かねーのは、ツナへの押し付けにしかなってねーぜ。
 γガンマとの戦いの最中に言われた言葉が脳裏を過り、獄寺は心の内で舌打ちする。よりによって山本なんかの言葉が、重なるなんて。
 だけど、同じなのだと考えると、リボーンの話は腑に落ちた。十年後の綱吉を銃殺したというミルフィオーレの連中を、獄寺は絶対に許さない。獄寺にとっての沢田綱吉が、弥生にとっては雲雀恭弥なのだ。
 綱吉は青い顔をしていた。
「でも……それじゃ、今も……」
「いや、弥生は変わった。今のあいつにとって大切なのは、雲雀恭弥だけじゃない。ツナ、お前だって今はあいつにとって大切な存在になってるはずだぞ。
 その証拠にあいつは、自らファミリーに加わりたいと言い始めた」
 リボーンはニッと笑みを浮かべる。
「兄が雲の守護者だからじゃねぇ。お前らと共に戦いたいから、お前らを守れるようになりたいから、入りたがってるんだ。
 最初から思ってたんだ。雲雀以外を理由に自らボンゴレに入りたいと言って来たら、引き込み時だとな」
「な……っ! あいつをファミリーに入れるんスか!?」
 つまり、今の雲雀弥生は信用に足ると判断していると言う事。
 それは良かったが、彼女をファミリーに入れるかどうかは話が別だ。
「とは言え、最終的に決めるのはツナだ。まあ、断られたらショックで闇堕ち……なんて事もあるかもしれねーけどな」
「それもうほとんど脅しだろ!!」
 付け足されたリボーンの言葉に、綱吉は突っ込む。
「とにかく、そう言う訳で、十年前の雲雀弥生については、俺は信用できると判断している。
 そしてビアンキやフゥ太にも確認してみたが、『この未来』の弥生も、自分からボンゴレに入ると言い出したそうだ」
 マーレリングについて詰問した時の、弥生の顔が思い出される。
 驚き、困惑した表情。あれが演技でなかったなら、彼女の心情は。
 医務室を後にする綱吉とリボーンをベッドから見送り、もやもやした罪悪感から逃れるように獄寺は目を閉じた。


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2022/09/09